第3話 ステダリー
夢にたびたび出てくる同年代の女の子がいた。会ったこともない。見たこともない女の子だ。
俺はいつからか、「この人が俺の運命の相手なんだろうな」と思うようになっていた。
おこがましいだろうか?
如月は普段一人でいるとき、すごく冷たい印象がある。目つきが少し鋭くて、表情をあまり変えようとしない。
けど実際に話してみるとそうでもない。意外にも話好きで、柔和な笑みを話の途中によく浮かべる。
あれ?こいつこんなに愛想よかったっけ?と思うことがあるが、それは俺が如月のことを何も知らなかっただけのことなのだ、きっと。
「そういう食事はよくないと思うよ」
屋上のフェンスにもたれながら昼食をとっていると如月がやってきた。
俺はウイダーを飲むのをやめる。
「今日も橘さんなし?」
「うん、私でごめんね」
謝れると罪悪感がでてくる。
ここ数日は愛好会の勧誘に如月だけが来ていた。
俺はまだあの夜の出来事がいまいち現実だと信じれずにいる。
「結局、お前らって何と戦ってんの?」
「・・・・・・橘さんに聞いてほしいな」
如月も知らないということだろうか。彼女の話では、奴らはたびたび夜に出現するということしか聞けなかった。
奴らは何で、その目的は何なのか。そして奴らと戦う彼女達がいったいどういう存在なのか。不透明もいいところだ。
「今日は来てくれる?」
「・・・・・・いかないかな」
俺は誘いを断った。
どうしてここまで俺は頑なに断り続けるのか、自分でもよく分からない。
「そう・・・・・・じゃあ、また明日ね」
しかし俺は数時間後、また彼らと再会することになる。
「先輩、よけろ!」
危機を察知して、咄嗟にしゃがむ。頭上を弾丸が通過して、俺に迫っていた巨大なアームを弾き飛ばした。
夜の校庭。整備された花壇を蜘蛛のような銀色の巨大エネミーが踏みあらす。
また俺はこの戦場にやってきていた。来たくて来たわけじゃない。目が覚めて気づけばまた巻き込まれていたのだ。
勅使河原が一定のリズムで銃撃しながら前進する。出すぎた俺のカバーに入ってくれているのだろう。
「・・・・・・戦いたくねえならもっと下がれよな」
勅使河原がそう独りごちた。
俺だって好きでこんなことやってねえんだよ。
苛つきながら俺は、向かってきた泥人形の頭部をリボルバーで撃ち抜いた。
敵に攻撃を食らうと痛かった。戦闘が終了してから、如月に保健室で治療してもらう。
手の甲を泥人形の刃がかすったのだ。
橘さんたちは武器をしまいに行っている。どこに収納しているのかはわからない。
「あ、これ」と如月が1枚のメモを渡してきた。
「橘さんに聞いてきたよ、色々と」
メモの中身を見てみる。
『敵の素性→不明
橘さんの所属する組織→名称不明。教えられないとのこと
敵の出現位置→利根川高校に固定、これは橘さん属する組織が意図的に誘導しているとのこと。
戦闘員の選択基準→これもシークレット。だがこの4人が最も最適な組み合わせらしい』
俺はため息をついた。
ほとんどわからないことだらけじゃないか。
「如月はさ。疑問に思ったりしないの?なんで戦わなくちゃいけないか、とかさ」
「それは思うけど、わからないし・・・・・・教えてくれないなら仕方ないよ」
「だからって反発もしないの?」
「うん」
如月は俺の手に包帯を巻きながらうなづいた。
「・・・・・・なんで如月はこんな戦い続けてるの?」
ふと彼女の手が止まる。でもすぐに元に戻った。
「なんでかな。わかんない」
「怖くないの?」
「怖いかな」
如月はただただ俺の質問に答え続けた。
ある時、昼の学校で盗み聞きをした。
勅使河原と橘さんが階段で話をしていた。
「別にあの人にこだわる必要ないでしょ。毎回毎回強制的に転送させられて先輩も困ってるじゃないっすか」
「上が彼を指名してるのよ。私にどうこうする権利ないわ」
「やる気ない奴いても困るんすよねー。そりゃ月宮先輩センスはあると思うんすよ?けどやっぱり戦う気がないんなら、いても邪魔なだけなんすよ」
「勅使河原くんの言い分はわかるけど・・・・・・」
「こないだだって下手すりゃ誰か死んでましたよ。それなのにあの人、まだこれがゲームだとかなんとか・・・・・・こっちはけっこう命がけでやってんのに」
「まあ・・・・・・ね」
「なんつーか、むかつきません?あの人。言っちゃ悪いんすけど、何に対しても無気力っていうか・・・・・・・・・」
無気力・・・・・・か。
リボルバーの弾倉を意味もなく回す。ジジジジジッと音がした。
夜の屋上、俺は一人リボルバーをもてあそぶ。
体育館の方で銃撃音がした。
橘さん達とは離れて、完全に戦闘には参加しない心持ちだった。
ヒトはいつか死ぬのにどうして努力するんですか。
昔の俺の言葉だった。
医大に向けて猛勉強していた兄が俺にはいた。だがその兄は医大に入って1年もたたずに死んでしまったのだ。死因は交通事故。トンネルで、原チャリに乗っていた兄に後ろから居眠り運転のトラックが突っ込み、そして兄はトラックとトンネルの壁に挟まれて死んだ。
死んだら終わりなんだ。
いくら勉強したって、いくらお金をためたって、現実はゲームじゃないから。
アイテムもスキルポイントも次回に持ち越せない。
だからこそ今この一瞬を大切にしよう・・・・・・とは俺はならなかった。その逆向きに俺はなってしまった。
ズダンズダンッッ!!
俺は虚空に向かって弾を発射する。弾を撃ちこんだ場所にスゥッと赤いシミが浮かび上がった。
なんと光学迷彩なるものを実装した泥人形が、透明の状態で俺に忍び寄っていたのだ。
「危ない、危ない」
ふと、透明な泥人形達に囲まれていることに気づいた俺は立ち上がる。
渋々、銃を構えた。
帰宅後、携帯に2通のメールが届いていた。
1通は如月からだった。
『件名⋮如月です
本文⋮大丈夫?今日は姿が見えなかったから心配で。怪我とかしてないかな。また明日会いに行くね』
返事をしてあげようかと思ったが、文章が思いつかなかったのでとりあえず空メールを送っておいた。
もう1通は
『件名⋮
本文⋮なぜ戦わない?』
誰からなんだ
『勅使河原か?』
俺のメッセージに対してすぐに返事は帰ってきた。
『違う』
じゃあ誰だよ。
『橘くんから聞いてるよ。戦闘への参加が消極的だそうだね』
もしかして橘さんのいう«上»の人だろうか。
俺はすぐに返信をうった。
『どうして俺が戦わないといけないのか。ちゃんとした説明がないと納得できません』
こう送っておこう。
『あちらが君を指名している』
え
『あちらって・・・・・・あの、敵のことですよね』
『そうだ。指名した8名の中に君の名前が含まれていた。残念ながらそれ以上のことは言えない』
あの化け物連中が俺を?
なんで・・・・・・というかそもそも奴らと対話が成立していること自体が驚きだった。
『8名ですか?4名ではなくて』
『敵の出現位置を2箇所に分散している。君たちとは別にもう一チームいる』
知らなかった。別の学校だろうか。それとも他県?
聞きたいことは山ほどあった。
しかし、すぐに相手は新しいメールを送ってきた。
『わけもわからない状況で戦えと言われて困惑していることはわかっている。だがそれでも私は君に戦ってもらいたいと思っている』
俺はそのメールを返さなかった。
なぜだろう。右目だけがズキズキと痛み始めた。
ある時それは起こった。
「勅使河原くん!勅使河原くん!」
橘さんが必死に叫んでいた。
地面で血を吐きながらのたうち回る勅使河原。
そんな彼めがけて来襲する泥人形。それを如月が必死に迎撃する。
俺はその光景をただ呆然と眺めていた。
ーーーーなんつーかむかつきません?あの人。言っちゃ悪いんすけど、何に対しても無気力っていうか・・・・・・ーーーー
俺のリボルバーから硝煙が上がっている。
泥人形を俺は確かに狙っていた。だが俺の発射した弾丸を泥人形が回避したのだ。そしてそのまま弾丸は勅使河原へ・・・・・・。
ーーーー何が楽しくて生きてるんでしょうね、月宮さんーーーー
ヘラヘラと笑う勅使河原。
泥人形に照準を定めた時、その直線上に勅使河原がいるのを俺はわかっていた。
それでも俺は引き金を引いた。
ーーーー戦う気がないなら、もっと下がれよなーーーー
違う!わざとじゃない!わざとなんかじゃないんだ!
その日、俺は嫌すぎる夢を見た。
血にまみれた如月を俺は腕に抱いていた。
顔はどんどんと青ざめ、声と息がか細くなっていく。
死が近づいていることは明白だった。
俺はただ震えていた。
何も声をかけてあげることができなかった。
そしてその夢は現実となった。
「如月!如月!」
誰かが如月を呼んでいて、同時に銃声がひっきりなしに鳴っていた。
俺だった。
俺が腕に如月を抱きながらリボルバーを撃ち続けている。
15体以上の泥人形が連携を取りながら俺たちを包囲していた。
撃っても撃っても、ダメージを負ったものから下がって再生していく。
きりがなかった。
橘さんはいない。
はめられた。
俺は今日、勅使河原を撃った罪悪感を感じて戦闘に参加した。
一人で校舎外の散策を任されていた時に何か違和感を感じた。
グラウンドに入った時、俺の下に閃光弾が投げこまれた。
強烈な光に俺は一時ダウンし、そしてその光に泥人形達が呼び寄せられた。
「橘さん!どこなんですか!橘さん!」
必死に叫ぶが返事はない。
だが俺は知っている。
眩い閃光が視界を包む直前、俺は彼女の姿を近くで見ていた。
冷たい視線を俺に送っていた橘さんを俺は覚えている。
「俺一人じゃ無理だ!橘さん!頼む!お願いだ!如月が死にそうなんだ!」
如月はいつのまにか俺の援護をしていた。背中合わせで敵を牽制していた。だが俺を庇って深手を負ってしまった。
くそッくそッくそッ!!
「なんでだよ・・・・・・」
俺はもうどうしようもなく、キレるしかなかった。
「どうして俺達が戦わなくちゃならないんだよ!!他にもいるだろ!もっと他にもいるのに、なんで俺たちなんだよ!!!なんで!なんで俺が!」
リボルバーを撃つ。
リロードを丁寧にやる余裕はなかった。
轟音につぐ、轟音。
耳から血が垂れる。
右目がズキズキと痛み始めた。
泥人形が口から針のようなものを発射する。
肩を射抜かれ、持っていたリボルバーが宙を舞う。
叫んだ。
痛すぎて叫んだ。
でも相手は待ってくれない。
額を針がかする。
血が目に入って視界がかすんだ。
歯を食いしばって俺はうなる。
如月の持っていたアサルトライフルを俺は片手で持ち上げ掃射した。
ストロボがたかれたように目の前がチカチカした。
薬莢が飛び散り、いくつかが服の中に入る。
熱さは感じなかった。
マガジンが空になるまで、ずっと引き金を引き続けた。
俺は兄貴とポーカーをしていた。
白い部屋、白い机。真っ白な世界で俺達はポーカーをしている。
兄貴はハンドが悪いらしく、ずっとカードを交換し続けていた。
「孝太郎。がんばれよ」
兄貴はそれだけしか言わなかった。それだけ言って、勝負の途中で寝てしまったのだ。
俺は兄の手札をこっそり見る。
勝負に出る最後のハンドはスリーカードだった。
なんだ。けっこう微妙じゃないか。
俺はツーペアのハンドを捨てて苦笑いする。
翌日、俺は勅使河原の見舞いにいった。
病室には橘さんもいた。
俺は気にせず彼のベッドに近づく。
「具合は?」
「上々っすよ」
勅使河原は耳にはめていたイヤホンを外して、音楽プレイヤーを止めた。
橘さんはただ黙々とリンゴを剥いている。なんてベタなんだ。
「俺、お前ら嫌いだ」
吐き捨てるように俺は言った。
「如月以外、死ねばいい」
「なんなんすか急に」
「でも戦うよ」
それだけ言って病室を後にした。
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