第2話 プランチェンジ

懐かしい夢を見た。

 小学生の俺が森の中でエアガンを弾いている。

 ネットが使えなくなったあの日、俺達は森の中でサバイバルゲームをして1日中過ごしていた。

 それだけ。

 

 

 

 

 「まだ考え変わんない?」

 決まって昼休みになると橘さんが俺の教室までやってくる。

 ゲーム愛好会の勧誘のためだ。

 「別に俺じゃなくてもいいでしょう。ゲーム好きの2年生なら他にもいますよ」

 「誰でもいいわけじゃないの。月宮くんだから誘ってるのよ」

 それはいったいどういう意味なのだろう。女の人からそんなことを言われるとついつい期待してしまう。

 橘さんは肩幅が広く、女性にしてはがっしりとした体型だ。背も高いし何かスポーツでもしているかのような印象がある。だが顔立ちは綺麗で、おまけに胸がでかい。

 橘さんと目を見て話しているつもりが、いつのまにか視線が下がっていることなどしょっちゅう・・・・・・というかいつものことだ。

 「また今日も放課後プレハブに来てほしいな。如月さんもそう思うでしょ?」

 気づけば今日は橘さんの傍らにもう1人いるではないか。

 メガネをかけた大人しそうな女子生徒。フルダイブシステム的なゲームを体験したあの時の1人だ。

 実は以前こいつが隣の教室に入っていくところを見たことがある。

 「・・・・・・・・・はい」

 初めて彼女の声を聞いた。

 特に感想はない。

 「それじゃあ月宮くん。また放課後ね」

 いやだからいかねーよ。とは口に出さなかった。

 どうやって彼女達に発見されず学校を出ようか、そんなことを考えながら俺は昼休みの残りの時間を昼寝に費やす。




乾いた破裂音で目が覚めた。

 突っ伏していた机から顔を上げると夜の教室だった。

 驚きで思考が一瞬停止する。

 時計を見ると8時を指していた。

 んなアホな。

 ざっと計算して8時間も教室で睡眠をとっていたことになる。

 いくらなんでもこれはないだろう。誰も起こしてくれなかったのか。各教室が施錠される時間はとっくに過ぎているはずだ。警備員も気づかなかったというのか。

 俺は立ち上がって、ふと窓の外に目を向けた。

 思わずゴクリと息をのむ。

 グラウンドに佇む銀色のオブジェ。丸い球体を中心にそこから飛び出して地面に突き刺さっている数本のアーム。

 よく見ればミスターインクレディブルにあんなやついたよな、となるアレはあのリアルゲームに出てきた敵じゃないか。

 どういうことだ、なぜ奴が現実世界にいるんだ・・・・・・。

 そこで俺は合点がいく。

 そうか、ここはゲームの世界なんだ。きっと寝ている俺に橘さんが上からヘッドギアを無理やりかぶせたのだろう。

 となれば話は早い。

 「橘さん!聞こえてるんでしょ!まいりました!ゲーム愛好会に入りますから!ここから出してください!」

 返事はない。困ったな。

 銃撃戦の音が聞こえてくる。

 どうやら愛好会のメンバーが交戦したらしい。

 彼らと話をしてなんとか出してもらうしか・・・・・・・・・。

 廊下に出て、俺は何かに気づく。廊下の先、暗闇に何かがいる。

 なんだ。人じゃない。人にしては小さすぎる。1mもないんじゃないか。

 カタカタカタカタと音を立ててゆっくりとそいつは接近してきた。

 窓からさす月明かりに照らされて、ソレの姿があらわになる。

 おぞましい。

 感想は一言につきる。

 ねちょねちょとしたヘドのような赤黒い何かによって形成された上半身。

 足の代わりに爪のような鋭い刃が数本地面に刺さって体を支えている。

 ミートボールのような頭部。ぽっかりとあいたいくつかの穴はきっと目鼻口を象っているのだろう。

 まるで子供の作ったできそこないの泥人形。

 「な・・・・・・なんだおまえ!」

 思わず叫んだ。

 その瞬間そいつは飛びかかる。

 慌てて尻もちをついてしまった俺に泥人形は乗りかかる。

 幸いなのは奴の刃が自らに刺さらなかったことだ。

 しかし刃は地面に突き刺さり、俺は全く身動きがとれない。

 次の瞬間バシュンッと音がして泥人形の口(と思われる部分)から新たな刃が出現する。

 回転ノコギリだ。

 「やめろやめろやめろ!」

 ノコギリが俺の首を切断しようと下ろされる刹那、泥人形が突然吹き飛んだ。

 銃声の残響がする。

 「元気そうで何よりっすよ」

いつぞやの鼻ピアスが俺の腕をとって立ち上がらせる。

 「えと、きみ・・・・・・」

 「勅使河原っす」

 「ああ、うん。勅使河原くん・・・・・・あのさ俺ゲームから出たいんだけど・・・・・・」

 勅使河原は俺の話など一切聞かずに廊下の先をキッと睨みつけている。

 泥人形だ。

 先ほど撃たれて空いていた穴が、みるみるとふさがっていく。

 舌打ちが聞こえた。

 勅使河原が手に持つ銃器を再び構える。ジャコッと音がして、銃の異様に太かった先端部分がパカリと四方に広がった。

 「撃ちますよ」

 それは俺に言ったのだろうか。

 勅使河原が引き金を引く。

 爆竹のような音がして、次の瞬間泥人形が跡形もなく消え失せた。

 「で、なんです?」

 勅使河原がなめらかな動きでリロード。こちらには目も向けない。

 「いや、あのさ。俺ここから出たくて・・・・・・」

 ブシャリッ。

 勅使河原が物凄い速度でナイフを抜き放つと、背後に迫っていたもう一体の泥人形を串刺しにする。

 「ここから出たいんなら先輩も、ほら」

 そう言って勅使河原は俺に小型の銃を渡してきた。弾倉の部分が拳並みに大きいリボルバーだ。

 「援護頼みますよ」

 仕方なくだが、その後俺達は数体の泥人形を掃除しながら校舎を回った。




「おつかれー」

 運動場に出るとこれまた大きな銃器を持った橘さんが待っていた。

 傍らにはメガネをかけた女子生徒、如月がいる。

 あの巨大な敵はどうやら倒したみたいで、その姿はどこにも見えなかった。

 「月宮くんが無事でなにより」

 「あの。勝手にゲームの世界に俺を連れていくの止めてくれません?」

 その質問に一同がキョトンとした表情をつくる。

 「いや、だから。寝ている俺にヘッドギアをかぶせて・・・・・・」

 「かぶせてないよ?」

 橘さんが首をひねる。

 「いやいや。教室で8時間も爆睡かますやつなんていないでしょ。それにその銃だって、さっきの奴らだって・・・・・・」

 早口で俺はまくしたてるが橘さんの表情に変化はない。

 「あのさ月宮くん。前のはシュミレーション。訓練。でもこれは現実だよ。説明しても信じないと思うから受け入れて」

 それだけ言って橘さんは俺に背を向けて歩き始める。

 な、なんだよそりゃ!

 「ま、次も一緒にがんばりましょーや先輩」

 勅使河原もそれに続いた。

 俺は残った如月にすがるような視線を向ける。

 「あ、あの、うん。家に、帰ったらどうかな。銃は私が回収しておくね」

 そして、俺は帰宅した。

 ゲームの世界なのか現実なのか。

 わからないまま、俺は眠りについた。

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