信じる力
第一部314話、321話、433話、536話などに出てくるカリンの話です。
(いや他にも出てるけど一応そんな感じです)
第一部読んでること大前提のお話かもしれませぬ。
どもです。
****************
王宮の端にある聖獣専用厩舎は、久しぶりに帰ってくると懐かしいというよりはよそよそしい気がした。
カリンがここへ戻るのは、役目を終えた時だろうと思っていた。
それが、道半ばでこうなった。
何が悪かったのか。
いや、何が悪かったのかは分かっている。カリンの主であるチコ=フェルマーが、非道な行いをしたからだ。
何の罪もない子供を殺せと命じたのだ。
我等はそれに逆らえない。
しかし、それはカリンの心を乱した。胸に苦しい命令だった。
その子供、シウは「主を選べないというのは可哀想だ」と、カリンに突きつけてきた。
チコを、良い主だと思ったことはない。
ただ悪い主だと感じたこともなかった。
カリンにとって、初めての主だった。だからそれが普通、当たり前のことだと信じ切っていた。
成績優秀だったカリンは成獣直後で少し早いとは言われたものの、当時功績を上げたチコに下げ渡された。
チコが伯爵位であったことや宮廷魔術師という職に就いていたことなどが考慮され、仕事という意味でパートナーとなった。
愛玩すべきもの、という認識は互いになかったはずだ。
主従契約を終えると、おざなりの講習を受けてからチコの屋敷へ向かった。
思えばこの頃からチコの行動を疑うべきだった。
本来であれば講習をもっと真剣に受けるものだし、カリンともっと打ち解ける努力を見せ、それから屋敷へ赴くものだ。騎士ならばそうしていた。
チコが知らないのなら、カリンから、チコに対してもう少し真摯に聖獣を知るよう伝えるべきだったのだ。
ただ、カリンは養成学校で成績優秀であったため、挫折を知らなかった。
壁に当たったこともない。
素直に育ちすぎたのだ。
そこで学んだ「聖獣に悪意を持って接する王侯貴族はなし」を当たり前のように受け取っていた。
カリンは、シウと出会うまで、あまりに無知で、愚かだった。
◇
人を殺せと命じられた時のことを夢に見て、カリンは獣舎の藁の中から起き出した。
気分が悪い。
シウは、あの時、こう言った。
「人を殺すなんて、魔獣と同じだ」
と。
時間が経つごとに思い出しては、吐き気がする。
魔獣のような悪しき存在と同列に語ったシウに、最初は反発しか感じなかった。
同時に本能的に分かってもいた。
言われたくないことを指摘されたから腹が立ったのだと。
王宮へ出戻りとなって最初に教えられたのは、チコが行ったことの大半が罪であるということだった。
命令違反、越権行為、殺人未遂、国家反逆罪……。
そして、国際希少獣規定法違反。
薄々分かっていたことだが、改めて教えられると、靄がかかっていた景色が晴れるように理解できた。
チコの人間としての罪については、誰も詳しくは教えてくれなかった。
が、聖獣であるカリンに対して行われた数々の罪については、調教師を含めカリンへも丁寧に説明された。
カリンはすでに、シウの後ろ盾だと名乗っていた飛竜乗りから、
「アホウめ。おかしいのはお前の主だ。よくもまあ、自分の大事な希少獣にそんなことをするもんだ。信じられん破廉恥野郎だ。お前、男娼扱いされたんだぞ?」
そう教えられていたため、説明の間はいたたまれない思いでいっぱいだった。
裸の女が寝室に潜り込んでくるのを、ただただ人間とはおかしなものだ、としか思っていなかった。
チコがカリンを利用して取引していたとは考えにもなかったのだ。
この件で、王宮の希少獣に関わる全ての人間に再教育が施され、世話をする調教師達は幼獣達への教育方法を変更した。
主を諌めるのも従の役目である。
聖獣は誇り高き生き物だから、嫌な仕事は断ってもいい。
裸の人間が同衾してきても相手にしないこと。そして主へ訴え出ること。改善されなければ王宮へ逃げ込むこと、などだ。
正当な理由なく人間を傷付けることも禁止された。
人間に罪がある場合は大抵が、同じ人間が罰するからだ。
万が一、他に誰もいない時に主が襲われた場合など、助けるためになら傷付けても良い。
主を守るためだから。
そうしたことを、カリンも含めて何度も教えられた。
◇
カリンは「希少獣が卵石から守り育てた人間とそのまま契約すると、何ものにも代え難い深い絆となる」という夢物語は信じていなかった。
幼獣学校で、どこからか覚えた知識を披露していた仲間達にも、そんな夢のような絆があるとは思わない方がいいと諭したほどだ。
事実、カリン達は卵石時代に集められ、王宮で大事に育てられていた。だから、そのような夢物語の具現を見る機会もなかった。
1対1の強い絆が生まれるということも、どうにも信じられなかったのだ。
だから、主従契約にも淡々と応じた。
カリンは聖獣としての仕事ができればそれで良かった。
そうすることが自身の生まれた意味だとも思っていたし、またそう教えられてきた。
けれど、シウとその騎獣の間には深い深い絆が結ばれていた。
でなければ、たかがフェーレースに我等が負けるということもなかったはずだ。
全く追いつけず、ようやく掠ったと思えばわざとギリギリのところを見せたのだと知った時の衝撃!
しかも、あのフェーレースは遊びであったのだ。
戦い終わりに、たのしかったー、と尻尾を振っていたのだから。
その時、獣王様の言葉を思い出した。
獣王様とお目見えすることはあまりない。
式典など、特別な時だけだ。
だからカリンも直々に言葉を交わしたのはその時が初めてだった。
そう、チコの下へ送り出された時、聖獣の王ポエニクスが立ち会ってくれた。
あまりにも強大で神々しい獣王には、畏れ多くて頭を下げるしかなかった。
獣王はカリンに「聖獣の誇りを忘れるなよ」と仰られた。
深く感じ入り、カリンは尊敬の念で獣王の姿を眼に収めたのだった。
カリンはフェーレースを前に、聖獣の誇りとはなんであるのかと、考えた。
獣王様のお言葉を、カリンは汚したような気がしたのだ。
その聖獣の王ポエニクスが、舞い戻ったカリンを心配して獣舎へ足を運んだという。
下男に知らされて、カリンは慌てて転変した。
シウにもらった腕輪のおかげで装備変更もすんなりいく。
今まで、幼獣学校では誰も彼もが裸で、気になどしたこともなかった。
希少獣は素直たる姿が一番大事なのだと習ってきたからだ。
しかし、考えるに獣王は人型でいることが多く、また人間の服を着ていた。
つまり、そういうことなのだ。
久しぶりに会う獣王は、困ったような顔をしてカリンを見つめた。
調教師は去り、少し離れた場所で獣王のお付きの近衛騎士らが立っている。
獣王はじいとカリンを見つめていたが、やがて口を開いた。
「我等は、人間の感覚を知らぬゆえ、通じ合えぬこともある」
「はい……」
「おぬしを送り出した時に、このような目に遭わされるとは思うてなかった。我がもう少し人間の営みを知っていれば良かったのだが」
「とんでもございません!」
カリンは獣王の優しい言葉に、頭を下げた。
「俺が悪かったのです。主のことを見抜けず、ただ命じられるままに動いていた。獣王様にも聖獣の誇りを忘れるなとお言葉をいただいたのに……」
恥じ入って項垂れていると、獣王はカリンの頭を撫でてくれた。
聖獣に、いや希少獣に親というものは存在しない。
けれど、人間の絵本に描かれている「あたたかくてやさしい」存在のものは、きっと獣王様のようなものだろう。
カリンは感動して、その場に平伏した。
「やりたくないことは、断っても良いのだ。罪なき幼子を殺せと命じられた、おぬしの心中を思うと我の胸も痛む。良いな、カリン。今後はおのれの考えで動くがいい。我等は、魔獣とは違う。悪しき心を持つものなど、いないのだから。その心のままに動くことが一番良いのだ」
「はい」
そう言えば、シウも同じことを口にした。
「やりたくないなら、やっちゃだめだよ。カリン、君、人を殺したくないんだろ?」
あの幼子は、最後までカリンを傷付けることはなかった。
カリンの他にドラコエクウスなど沢山の騎獣が襲いかかろうとしたのに、人間でさえも、傷付けることはしなかった。
そうした戦い方も、できるのだと、知った。
シウは聖獣であるカリンに、人間と交渉すれば良いのだと教えてくれた。
パレードの時に振り落とされたくなければ変な命令を出すな、という案には、思い出した今でも笑える。
そうだ。
カリン達は、もう少し賢くならなければならない。
与えられ、漫然としたまま成獣になって、命じられるまま動いていてはいけないのだ。
カリンは獣王様に、申し出た。
「俺は、今回のことで後悔しました。だから、他の仲間やこれから大きくなる幼獣らに、もっと人間のことを知るための勉強をさせてやりたい」
「うむ。良い考えだ。我からもヴィンちゃんに伝えておく」
「ありがとうございます!」
「カリン、おぬしは偉いものだ。まだ傷が癒えぬであろうに。しかし、無理をするでないぞ?」
「はっ!」
こんなにも気にかけてくれる獣王に、カリンは益々尊敬の念を抱いた。
そしてシウにも感謝した。
チコがおかしなことをしていたと教えてくれた人間だ。
裸でいることは良くないことだからと、装備変更の魔法を教えてくれ、覚えるまではと腕輪の魔道具までくれたのだ。
獣王様にもそれとなくシウの話を教えて差し上げたが、何故か少しムッとしておられたような気がする。
カリンは気になったものの、獣王様が拗ねるだとか想像もしていなかったので、そのときはそれで終わってしまった。
◇
後に、カリンは知ることになった。
聖獣の王シュヴィークザーム様がシウと仲良しになって、遊び呆けていることを。
甘味が好きで強請りまくって国王から怒られたこと。
カリンに妙な入れ知恵をしたから気に食わなくて、最初シウと会おうとしなかったことなどを。
そして、シウのシュヴィークザーム様に対する扱いがあまりにもぞんざいであることに。
主替えをして、シュヴィークザーム様の現在の主はヴィンセント殿下となっていたが、その彼が許しているのだから良いのだろうが、初めて見たときは驚いて他の仲間ともども唖然としたものだ。
それでも、シウの態度のそこかしこに、仲の良い相手への親しみが篭っていることは、人間の生態にまだ詳しくないカリン達でも理解できた。
そう、これは本能によるものだ。
カリン達は、自身の本能をもっと信じていいのだ。
最初にチコへ感じたあの違和感を、カリンはもっと信じてみれば良かった。
そうすれば、最初の一言が出せたに違いない。
「罪なき子を、殺める力は我等にはない」
と。
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