第四話 荒野にて、君を想う

第94話 新調


「これは……派手に壊しましたね、ウェイルーさん?」


 カーテンの向こう側には穏やかな農村の風景。カーテン越しに聞こえるはしゃぐ近隣の子供の声、鶏のけたたましい鳴き声。


「ああ、だが全壊する直前まで銀光ライラの動きに一切不備は発生しなかった。実用性と機能性、そして耐久性。全てが高水準だった、素晴らしい」


 椅子に腰掛ける金髪の美女、ウェイルー・ガルズは静かに賞賛の言葉を送る。服装はいつもの軍服ではなく貫頭衣、義肢装着手術およびその検査のため。

 その左腕は二の腕半ばから欠落していた。

 見渡す部屋には、無数の四肢が釣り下げられている。正確には人体を模した機械仕掛けの義肢だ。マトモな形をした四肢から、逆関節状の脚部や、手の先が斧や爪になったものまで様々な代物がある。


「お褒めにあずかり光栄ですけど……神経接続された義肢に高度魔術の過剰負荷オーバーロードは脳神経への損傷を起こす可能性があります。本来想定されていない状況での無理な使用は勧められません」


 ウェイルーの傍らで、溶けた|銀光〈ライラ〉の残骸を見つめる女性。三つ編みの金髪、そばかすの目立つ頬。丸メガネがトレードマークの二十歳そこそこ。服装は煤が目立つツナギの作業服。

 彼女の名はバレリー・アドホック。アドホック機工工房の跡取り娘だ。

 田舎娘としか思えない容貌だが、その義肢制作の技術やアイデアは卓越したものであると評判は高いらしい。ロベック団長からの紹介で自ら設計したライラをウェイルー用に調整し仕上げた。


「言いたいことはわかるが、相手が相手だった。さもないと溶けていたのは義手ではなく私と部下たちだったよ」


 アシュリー市でのミキシングとイレイザーとの三つ巴の死闘。莫大な死者と市内三分の一の壊滅を引き起こし終了したそれは、イドス国政府に驚愕と恐怖を与えた。

 北国、オルドラッド国は関与を否定し沈黙。政府は「勇者」への対策と方針構築を見直すこととなる。


──本来ならばここまでの損害を出した以上は私の降格とミキシング追跡任務離脱は避けられないはずだったが、まさかあのガランドが口を出すとはな……


 『ミキシングとの接触回数がもっとも多くかつ生存し、冷静な判断を下し続けた軍人はウェイルー・ガルズしかいない。彼女でなければ今ごろアシュリー市ごと無くなっていたかもな。彼女以上の適役は俺はいないと思うがね』


 五英雄筆頭の鶴の一声だ。他に立候補者も適任者も浮かばない以上は決まるしかない。

 事後処理の事情聴取と報告。あとは数回の雑談をした程度だが、そこまで買われる事になるとは思っていなかった。

 どちらにせよこれで政府の勇者への認識は大きく変わった。無軌道に放浪し、理由も動機もなく都市破壊を引き起こしかねない正真正銘の怪物が国内にいると再確認させた。


「……そうですか。しかしウェイルーさんの震動魔術、こちらも多用しすぎれば末端神経への損傷を起こす可能性があります。くれぐれも無理は」


 言葉が途切れる。バレリーがそばにあったレンチを持って窓へ駆け出した。


「こら! あんたらはまた工房の中覗いて!」


「うひゃあ! 魔女だ! おっかねぇ魔女が怒った!」


「こええ! 手ぇ切られちゃうよぉ! 壁に吊されちまうよお!」


 逃げ出す子供の声。どうやらバレリーは近隣の子供からは恐ろしい魔女扱いされているらしい。

 工房の中にはかなり生身に近い精巧なものもあり、手足を切り取る魔女と思われても仕方ないかもしれない。


「はぁ、はぁ、まったく、田舎の子供は礼儀を知らないから……あ、申し訳ありませんでしたウェイルーさん」


「子供では仕方ない。義手や義足の必要性などあの年齢ではわかるはずもないよ。この工房の義肢の技術はたしかに突出している、しかしこれは使用者でないとわかりにくいものだからな」


「どうも、父も喜びます……父はこの仕事は手足を失った人々がもう一度日常を取り戻すために必要な仕事だとよく言っていました。普通に歩き、走り、家族の手を握る。そういう人として当たり前のことを取り戻すために必要だと」


 バレリーは顔を上げた。彼女の心には父の意志が宿っている。精密な機工も、人体に則した造形も全ては人が人らしくあるために。


「まさにその通りだ。お父上の素晴らしい理念、それがバレリーの信念にもなっていると」


「いえ父はお父上なんて言われるほど上品な身の上ではなく絵に描いた職人そのもので……それに私個人としては父とはまた別の考えがありまして」


「ほう、それは一体」


「人体にィ! 人体ではない鉄や人工物の何かが接続されているってええ! すごくぅ……良いですよねっ!」


「え」


「その人工物が! 人体としての美しいラインを形成しつつ、大きく異物としての主張をし人体の一部として動き存在するっっ! その様に、そのメカニズムに私は魅了されていまして!!! ぶっちゃけ父の理念とかわりとどうでもいいです! 私の好きなものがとことん作れれば!!」


「え、あ、そうなのか?」


 父の理念をどうでもいいと言い切るか。


「そうなんですよ! その点ウェイルーさんの注文は非常に魅力的でして! 『通常時は剣を使えてなおかつ広範囲の攻撃手段も機能として持つ』特殊な義手の作成なんて……大好物でしたよそういうの! オマケにこんな美人! 神様ありがとう!」


 興奮すると声が大きくなる性質なのだろうか。彼女の声がだんだん狭い工房に響いてきた。


「あ、ああ、どうもありがとう……ここまで要求以上の代物ができるとは思っていなかったよ」


「前々からこういうの考えてたんですよ! だって造ったからテストさせてくれって言っても今まで誰も付き合ってくれなかったんですもん! なんででしょうかね!?」


 そりゃそうだろう。義手になってただでさえ戦うことにハンディがあるのに、激痛を伴う神経接続と脳に負荷までかけてそんな特殊な武装義手を使おうと思うやつはそうそういない。


「よっこらっしょっと!」


 バレリーがケースを持ち上げて台の上に置いた。外されていくロック。


「ご開帳おおおお!!」


 派手に開く。中には金属の左腕があった。


「とりあえず新しい義手は用意しました! 材質変更で硬度は18%、反応速度は19%、射程距離は二メートル上昇しています! その分重量が10%と使用魔力の若干の上昇があるのが難点ですが!」


「素晴らしいな。通常時の造形も崩れていない。ただ性能が上がるなら通常時が多少崩れても別に私は構わないが……」


「ダメです!!」


「お、おう」


 バレリーの手がウェイルーの肩をつかむ。ぶつかる寸前まで近づくそばかす顔。なにかマズいスイッチを踏んでしまったか。


「ウェイルーさんの美しい女性のラインの体に、調和するように作られた女性の義手! それが攻撃時には大きく変形し人体とはほど遠い異形となる! その! そのギャップが素晴らしいのに! これ見よがしに『義手でございます、変形しますよ』と無骨な外見をさせるなんて我慢できません! 圧倒的機能力! 日常生活に溶け込める人体模倣の美! これらの両立無くして何が義手か、人体延長機工か!? それができずしてなにがバレリー・アドホックか!」


「わ、わかった。君の能力と熱意は認める。こちらの要求さえ通せば後はなにもいわん、これからも好きにやりたい放題してくれ」


「はい! やはり私を信頼し理解してくれる方はウェイルーさんだけです!」


 そりゃそうだろう。正直ウェイルーさえよく理解できてないのだが。


「ところで……接続手術に本当に麻酔はいいのですか? 前回も麻酔無く行いましたが……麻酔の技術になにか信頼出来ない点でも……? 一応私は医者の免許は所持していますが」


 さらりと医師免許保持を告白するバレリー。言動はどうあれアドホックの才媛という話は本当らしい。義肢の神経接続に外科医療が必要なのだが、それも自力で行うために取ったそうだ。


「時間が惜しいんだ。麻酔を使うと慣らしのリハビリが遅れる。別にあなたの麻酔の腕を疑っているわけじゃない」


 時間はない。雪山にて無名機関ネイムレスと魔族の活動の確認、ミキシングと竜との戦闘が目撃され、さらに五英雄の一人クリィムと一戦を交わしたという。

 エクセルの証言、『カゲイ・ソウジは奴隷達を救わなければと言った』という言葉と、カゲイ・ソウジが飛んだ方角は国境際。

 竜を倒し、より強化された勇者は再び国境際へ向かっている。

 やつが何を考え、何を行うというのか。まだわからない。なにもわからない。

 ただ、やつを止めねばならない、何かを行う前に。


「……わかりました。あまり苦痛が長くならないようにこちらも努力させていただきます」


「ああ、頼む」




 △ △ △


 震える弦を指で止める。

 静かに、音が消えた。

 静寂が満ちる部屋で、男は密やかに息を吐く。額には僅かに汗。演奏にそれだけ力をこめた証。


 調度品は細工の細かい高級品ばかり。持ち主の生活が裕福さが伺いしれる。

 寝室の中央には、豪奢な寝台があった。天蓋が備えつけられ、部屋の持ち主がいる。

 痩せた老人だった。痩けた頬、増えた白髪。恐らくは病魔に侵されていたようだが、その表情は全てから解放されたように穏やかだった。

 しかしもう、その瞳に生の輝きは無い。


 燕尾服の男はゆっくりと楽器──白塗りのヴァイオリン──を左肩から下ろし、老人へ向かう。

 長身の、ともすれば痩せすぎにも見える男の体は、静寂を壊さないよう歩を進める。

 やがて、男の手が老人の顔に触れた。しばし動きを止め、やがて指は老人のまぶたを下ろした。

 胸元より取り出した白いハンカチ──端に『H・G』の刺繍──を、老人の顔にゆっくりと被せる。


 男は、片手にヴァイオリンを下げながらもう一つの手で十字を切った。僅かな時を、死にゆく者の安寧を祈るために使った。


 突如、派手な音が不作法に空間を割る。扉を開け放つ音、ドカドカと大量の人員が部屋になだれ込む音、そしてがなり立てる男の声。


「お前か! お前が『告死者』のハザル・グラースコか!」


 警察官の群れ、それと派手な背広姿の中年がいた。

 痩身の男は、背を向けたまま沈黙する。


「聞こえてるのかハザル! そこにいるのは俺の父か……? おのれ……よくも俺の父を殺したな!!」


 怒鳴り続ける中年。その声にはどこか喜色が混ざっていた。


「父はなぜ貴様のようなものになぜ財産を譲るなどと……よくも父を騙し、しかも殺すとは!」


 男は──ハザル・グラースコは背を向けたままだった。

 やがて、ゆっくりと長いため息を吐いて向き直る。


 整えられていない白い髪。痩せた頬に目立つワシ鼻。この世全てを雑音として聞いているような、不愉快を示す表情。

 そして、泥沼に沈みながら生きるがごとき暗き瞳。


 ただただ全てが不愉快で、つまらなく、煩わしい。そういう雰囲気を鎧のように纏っている男。

 それが楽剣士バイオリニスト、ハザル・グラースコという男だった。


「──ああ、つまらぬものだ」


 もはや全てを見ていない目で、男は呟いた。


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