第93話 いつか、殺し合う日まで 第三話 完


 赤く溶けた切断面を晒し、両断される竜核。勇者を囲む液体金属の触手の動きが止まる。瞬時に流体から結晶化し、崩壊。

 竜が、死んだ。機能を終えた竜の骸が、空中で枯れていく。


「くっ!」


 勇者は切り下ろしたスピードを殺さずに一回転。固体化プラズマの剣を彼方へ放り投げた。同時にオリアンティの腕で全面を覆い防御体勢。

 高圧磁場から解き放たれた剣が崩壊。本来の吹き荒れるエネルギーそのもの=陽イオンと電子が運動する電離した気体へと還る。

 それは例えるならば限界まで縮められたバネを解き放つようなもの。

 当然、巻き起こる大爆発。吹き飛ばされた山の斜面を更に削り取る。


 轟音と熱衝撃の中で、かろうじて残っていたオリアンティの残骸が完全に破壊されていく。わずかに残っていた装甲が吹き飛び、内部骨格フレームも砕ける。

 ナレインの剣が、その役目を終えた。

 

「はぁ、はぁ、防御……成功……しかしダメージは重いですよこれは」


 空中でむき出しになったソウジ。やはりその身体は重傷だ。左味のひざ下からの欠損。切創や打撲、内出血や骨折など損傷を上げればきりがない。プラズマジェットで飛んでいるのがやっとだ。

 しかし、勇者は竜に勝ったのだ。


「……な!?」


 竜から飛び出した銀色の液体金属。ゆっくりと滞留しながら、勇者の周囲を覆う。


「まだ、生きて……? いや、これは僕の操作を受け付けているのか……?」


 伸ばした手に応じてうごめく竜の肉。これこそが竜骸と呼ばれる竜から取れる成果。竜殺しの証。


 △ △ △


「あー、横取りされちゃったか。残念無念ね。さてさて」


 光の巨人、金属の女神の口元に魔術発光=音声拡大魔術の作動。


「そこの不審者、止まれ。氏名と所属、ここにいる目的を説明せよ」

 

 山に響き渡る凛とした女の音声。向こう側の勇者へ届くように。


「我が名は五英雄が一人、『光』のクリィム・ブリュレ・アルゾーン大公。この国を守護する者なり。

お前の身元を照合する。所属を名乗れ」


 竜を倒す魔術師は極めて少ない。それが五英雄との戦いの隙を縫ったものであったとしても。ならば、この青年は恐らく相当な魔術教育を受けた存在であるとクリィム・ブリュレは考えた。

 そんな限られた存在がこの山中にポンと現れるなどまずあり得ない。ならば確実になんらかの軍事目的でここにいるはず。


 クリィムの問いかけに、ソウジは無言で距離を取る。逃走の構え。


「説明せよ。これは警告である」


 望遠魔術でソウジの様子の観察しながら、


──ふぅん、わりとタイプな顔かな。悪くない感じ。


 血まみれの勇者の顔を見て、クリィム・ブリュレは思考を巡らせる。

 この顔は過去に見た王宮魔術学校、そのトップ連中の卒業生徒に見たことはない。やはり外国からの侵入者か。


「止まれといっているわよね」


 巨人の複眼が光る。同時に勇者の真横にある山が小爆発。竜と同じレーザーが発射されたのだ。


「次は当てるわよ。大人しく投稿しなさい」


「はじめまして、僕は」


「聞こえてるの? 止まりなさい」


「カゲイ・ソウジといいます」


 ゆっくりと、青年が名乗る。クリィムがその声に耳を傾けた。


「僕にはなにもありません。帰るべき場所も、居るべき場所も、僕を待つ人も、僕のそばに居る人も、語るべき言葉も、胸に燃やす理想も、誇るべき意味も、何も」


 ソウジの周辺、竜骸がさざめく。銀色の奔流が、魔術燐光を孕む。


──こいつ、もう竜骸の使い方が理解できたの……?


 静かに、銀の巨人の体に光が灯る。臨戦への構え。五十メートルの巨体に、再び重金属粒子が加速を始めた。


「カゲイ・ソウジ、ならばあなたは何のためにここにいるの?」


「勇者になるために、世界を救うために、弱者を助けるために。かつてそう交わした約束のために」


 静かな声。血にまみれ、ゆっくりと負傷を治しながら、それでも勇者の顔に怒りや敵意はなかった。どこまでも穏やかで、どこまでも無機質で、どこまでも透明に。それはまるで聖者のように。

 それゆえに、クリィムの直感が囁く。──彼は、世界の敵だと。

 致命的なほどに、純粋な、居てはならぬ狂った存在。竜を殺せる狂人など、始末するしかない。


 竜骸がうごめく。ソウジの周辺を覆い、伸びる職種がやがて一本に束ねられる。点滅する光が灯る。同時にクリィムの視界を覆う莫大な虹色=莫大な電力による巨大電磁波、荷電粒子加速の証拠。


「そう、でもね、その約束は叶わないわ」


 この男、クリィムが使った荷電粒子加速の魔術をもうコピーし始めている。

 今殺すしか、ない。彼女の殺意が動いた。


「私が叩き潰すから」


 伸びる腕、疑似重力のバレルが展開。膨れ上がる磁場。再び荷電粒子砲の発射体勢へ。


──私のほうが速い!


 カゲイ・ソウジはまだ発射できない。チャージに手間取っている。今なら仕留められる。


「さようなら勇者……!?」


 わずかに、巨人の体勢が揺れた。小爆発。


──な、に!?


 煙を上げる右足首。足首を囲むように輪状に煙があがる。切断には至らないが、表面に損傷=爆斬撃術式アナイアレイターによる攻撃。

 背を向けて脱兎の勢いで走る四つ腕の異形がいた。どうせ巻き添えで死ぬと無視したあの魔族ギィド


「今だぁ! やっちまえ、ソウジ!!」


「──害虫があああ!!」


 苛立ちで動かした右足。竜骸で構成された高密度筋肉により一瞬で音速を突破。衝撃波で周囲一体が抉れる。


「う、おおおおお!!?」


 またも吹き飛ばされるギィド。しかしその顔には「ざまぁみろ」という表情が浮かぶ。


「──しまった……!」


 慌てて荷電加速弾体発射術式ニルヴァーナを発射、しかしタイミングはソウジと同時だった。

 重なる光の奔流と光の奔流。それぞれの荷電粒子加速弾体が、それぞれの磁場と重力に影響しあい射線をゆがめ合う。ソウジの荷電粒子砲はクリィムよりも低出力だが、正面から当たれば互いの軌道は当然ズレる。

 大きくそれた火線が、巨人から離れた真横を直撃。吹き上がる爆発の中で、


「ちぃ!」


 巨人はまたも舌打ちした。ソウジの姿はすでにない。荷電粒子発射の反作用を加速に利用。そのまま国境外まで逃げられた。


「……やられたもんね、これは」


 あの青年、たしかに強い。初めてで竜骸を使いこのクリィムの魔術さえ見ただけで模倣したのだ。

 一体どこから来て、どこに行こうとしているのか。興味をかき立てられる。


「まあ、ああいう奴はちょっと捕まえておきたいわ」


 巨人が長い髪をかきあげる。銀色の奔流が、巨大魔術の激突により切り開かれた青空で輝いた。


「子供作っときたいわ。アレと」


 彼女はクリィム・ブリュレ・アルゾーン。幾代も優れた魔術師と血を重ね、次代を強化し続けた竜狩りの一族。

 男性頭首ならば子孫を多く残せるが、女性であるために彼女には出産に限界がある。ゆえにできるだけ厳選した存在と子供を作られねばならない責務があるのだ。

 優れた能力を持つ存在を、彼女はけして逃がさない。


 △ △ △


「う、うう」


「おう、気が付いたかギィド?」


 眼前を動く森林。デカい毛むくじゃらの背中に乗っている感触。


「お前か、オルボ」


「ああ、俺がバックアップに回ってて助かったな。後でメシ奢れよ」


 三メートルクラスの巨大な体躯の大ザルが木々の間を駆け抜ける。全身には鎧。背には力なく背負われるギィド。

 彼はオルボ。魔猿種の魔族兵士であり、ギィドと同じ部隊に所属する付き合いの長い戦友である。


「もうすぐ国境を抜ける。とっとと人族の国なんかとおさらばしたいぜ」


 枝を掴み、飛び、跳ねて突き進む。森林地域出身のオルボには山の中は庭のようなものだ。


「レーションも食いあきた。故郷の爆弾焼きが食いてぇな……おい、どうした、泣いてんのか?」


「うるせぇなサル野郎、泣いてなんか、ねぇよバァカ」


 悪態をつきながら、それでもギィドの目尻には涙があった。


 誰も救えなかったという、失望があった。ナレインも、アリッサも、それぞれがそれぞれの理由を胸に、死んでいった。

 わかっていた。アリッサは我が身を犠牲にしても復讐を果たすつもりはあったが、けして無関係な人間を巻き込もうとは思ってなかったことは。

 出なければ、小屋を砲撃されることをギィド達に知らせなければ自分たちごとナレインを殺すことができたから。


 彼女達は、けして冷酷でも残酷でもなかった。ただ、償いと、それでもなお許せなかった憎しみが互いの死に繋がっていった。


──悪りぃなソウジ、俺には助けられなかった。誰も救えなかったよ。


 休暇が取れたなら、海を見に行こう。ナレインが見せたかった、アリッサが見るべきだった、海の光景を、自分が代わりに。


 

 △ △ △


 魔族国ダギオールで、ギィドはブラックボックス内に記録された内容を見ることとなる。

 それは、戦友ブランクド最後の死闘。上空数千メートルに現れた脅威。

 それは、ひょっとしたらギィドが友と呼べたかもしれない男の姿。心のどこかで、気づいていた勇者の正体。


 もう一度、ギィドは彼に出会うことになることを確信する。

 それは近い時期か、あるいは遠い未来か、しかし確実にその日は来るだろう。

 そのときは、再会を喜ぼう。


 いつか、殺し合う日まで。


 第三話 完



 △ △ △


「あー逃がしちゃったか。そうかそうか」


 気安い声で、手紙を畳む。


「まあしょうがないね。クリィムちゃんも若いんだし、失敗ぐらいあるよ。これからこれから。はいおかえり」


 軍用伝書鳩を手から離す。白鳩が、曇天にぽっかりと空いた大穴から覗く青空へ羽ばたいていく。


 雨あられと降り注ぐレーザーが、鳩のすぐ前で直角に折れる。不可視の壁があった。

 魔術による超重力の壁だ。


「オイ、伝書鳩死なせると技術局から怒られるんだからやめろよ。やっぱ人の言葉わかんないのかおまえら?」


 眼前の超巨大金属塊=古竜に語りかけながら、人影はため息をつく。

 左右非対称の歪な鎧。腰のベルトに灯る燐光。長大な白いマフラー。

 双角の髑髏、両眼には鬼火が燃える。

 五英雄序列一位にして筆頭。世界最強の男。ガランド・ロクロォ。

 その踏みしめる足元には、同じく巨大な岩のごとき竜の死体が転がっていた。向こう側にもニ体ある。その三体の死骸には、全体の七割を消失させる巨大な空洞があった。


 ル ル ル ル ル ル ル


 吹き荒れるレーザーと重力波の嵐を、ガランドは気怠げに眺める。ガランドの防御を竜の攻撃では突破できない。


「だからぁ、やめろってさあ」


 掲げた拳。エンジン音のような巨大な爆音が鳴り響く。音が空間。乱れ撃った。

 拳先に、漆黒が集う。


「──言ってんだろ」


 広げた両脚から、腰が周り、音速を突破。発生する超衝撃に、地面の岩塊が吹き飛ぶ。そこからさらに超音速へ達した拳が、超魔術を発動。莫大な魔力が解き放たれ、最強の破壊が竜に牙を向く。


 ギ ュ ボ ッ


 竜の質量の六割が、円形に消失した。力を失い、ゆっくりと地面に落ちていく=核の破壊の完了。

 拳に超圧縮した小型重力崩壊物質マイクロブラックホールを生成、直接相手にぶつけ竜さえも一撃で屠る超魔術、──重力壊拳術式セヴンダスト


「さぁて、後輩君は順調に成長してるようじゃないの。若いってやっぱいいよなあ」

 

 異貌の鬼が、楽しげに笑う。本当に、心の底から愉快そうに。


「しかしまあよぉ……この竜骸って勝手についてくるんだが……イマイチ使いがわかんねぇんだよな、これ」




△ △ △


次回予告


 救えぬ悲劇と、叶わぬ夢。その中で魔族は勇者と出会った。

 交わしたと思うその心が幻影ならば、共に抱いたと思うその誓いが幻影ならば、この日が幻影として消える運命ならば、

 もう一度また会おう。幻影の果てに、消えぬ真実を抱いて。

 友よ、さらば。またいつか、殺し合うその日まで。



 国境際に、絶望の民が集う。奴隷は人ではなく、ならばその死に人の尊厳はなく。

 雑草を刈り取るように、その命消えるとき、勇者は降り立つ。

 彼らは人だと証明するために。自らの約束を果たすために。


 立ちふさがるは、五英雄序列四位、『鉄城』のセルバンテス。激闘の果てに、死を望む英雄。

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