第92話『光』のブリュレ


──あと少し……!


 カゲイソウジからまたも放たれる莫大な魔術紋様の光。高密度情報が現実を改変し、そこに破壊を現出させる。

 二十メートルサイズの金属の塔が、横倒しに出現。竜の『核』らしき金属球体へ直撃する。

 再び展開された鉄粒銀炎槍激アイアン・メイデン。今度こそはその炎の槍で竜の命を貫く。


 ル ル ル ル ル ル ッ !


 怒号のごとく竜が唸る。塔周辺に巻きつく重力の渦。液体金属の竜魂。


「……! 点火!」


 塔より上がる火柱。接地面から火花。テルミット反応による刃が竜の命に届く。届き貫く。

 より早く、巻きつく圧力に耐えきれず、塔が半ばからへし折れた。

 爆発と轟音。その中を突き破り、鬼骸刃オリアンティが、勇者が地上へと落ちていく。


 

 △ △ △


 少女の頭が爆ぜた。飛び散る脳漿が雪の溶けた地面に散らばる。呆けたように、頭の無い少女の体が揺れて、やがて思い出したように盛大に血液を吹き出し、


──な、ぜ、


 さらに少女の薄い体に、弾丸が穴を開けた。ギィドの肩にもかすり、出血。


「が、ぁ!!」


 頭部付近への衝撃波──超高速弾頭フーバスタンクによるものと、被弾による激痛に倒れ込むギィド、同じく力なく少女の死体も倒れた。

 その時、兵士の頭を埋め尽くす思考は、恐怖ではなく、


「──な、なぜだ!! なぜ俺を狙わねぇ!!」


 疑問だった。なぜ自分ではなくアリッサを撃ったのか。


「が、はぁ、はぁ」


 ローグィが、立っていた。装甲は砕け、中の肉体もメタルジェットでズタズタのはずな男が、息も絶え絶えながら立っていた。

 装甲の内部より上がる蒸気。中の傷が急速に繋がっていく。

 自動再生術式付与リジェネレイトだ。首を断つか心臓を破壊するかでもしない限りは即死はしない。


──しくじった……!


 己の迂闊さを呪う。この迂闊さのせいで、アリッサは死んだ。


「なぜだ、なぜアリッサを狙った! 今なら俺を撃てただろう! なぜだ!」


 ギィドを殺せたならば、アリッサを殺す必要はない。いくらでも確保できるはずだ。


「はあ、はあ、なぜ……なぜだと……? わからないのか……所詮は魔族か……」


「わかるか……わかるかよ! 愛した女も殺して、そいつが救いたかったガキも殺して……一体テメエはなにがしたいんだよ!!」


「アリッサ……その女の復讐のせいで……俺は……俺とナレインは殺し合ったんだぞ!! わからないのか! 俺はこの手でナレインを殺さなければいけなくなったんだ!!」


 男の叫びが、空に虚しく響く。どこまでも、冷静に感情を殺し任務を遂行していたこの男に、初めて人間としての怒りがむき出しとなっていた。

 それはあまりに人間らしく、そして悲しい。

 ローグィは、ナレインを愛していた。この男なりに、愛していたのだ。それを必死に押し込めて生きてきたのだろう。そうせねば生きられなかったから。

 しかし、それが解き放たれ憎悪の弾丸となり、アリッサを殺した。


「ナレインは全部知ってたんだよ! それが復讐だって、全部知ってて命をかけて戦ったんだ!」


「そんなもの知るか! あの女のせいで、俺は……俺はぁ!」


「バカヤロウ……!」


 ギィドに、ローグィが腕を向ける。覗く銃口。非情なる殺意の証明。


「貴様を殺す……それで全てにケリをつけ」


「ガタガタうるさいわ」


 衝撃。ローグィの体が飛び散っていく。超衝撃に、叩き潰されて死体がまき散らされた。腕、脚、憎悪の表情のまま固まった頭。


「な……!」


 ギィドは言葉を失う。あっけないローグィの死に様にではない。

 それは、垂直・・に落ちてきた。威力から推測するに恐らくは高度六千メートル以上。

 それは、着地の衝撃に対して、一切怪我や破損した様子もなく直立していた。

 それは、ローグィの血に汚れることはなく、周囲に重力制御の防壁が張られていることが理解できた。

 それは、細い十代後半の少女の姿をしていた。

 それは、輝く黒髪と、赤いコートを纏っていた。胸元には流星を象ったブローチ。

 それは、あどけなさの残る美しい顔立ちに、この世全てを侮蔑し下に見るような、傲慢の表情を浮かべていた。


 それら全ての特徴を兼ね備える人類を、魔族ギィド・ウォーカーは一人しか知らない。


「『光』……『光』のクリィム・ブリュレ……!」


 忌々しい、五英雄の一人。序列第二位にしてガランド・ロクロォに匹敵するとされる実力の持ち主。

 先祖代々の竜骸を受け継ぎ、数々の魔術才能者達と婚姻を重ね、その魔術能力を強化してきた竜狩りのブリュレ家の当主にして最高傑作。


「あらあら害虫にさえ名前を覚えて頂けるなんて光栄だわ。至って不愉快だけれどね」


 倒れるギィドを見さえもせず、ブリュレは答える。見る価値さえおまえにはない。横顔がそう告げている。視線は、勇者と竜の激闘を見つめる。

 たおやかな少女、コートの似合う細い長身、その周囲に、高密度な魔力の暴風が吹き荒れる。


「全く、こいつらネイムレスのアジトを殲滅してたら五分も無駄に時間かかっちゃった。ネイムレスどころか魔族までいるなんて、国境際の部隊はなにをしているのかしら。ゴミや無能に後始末なんて、私の時間の無駄使いじゃない。あとで責任者締め上げないと」


 のんびりと愚痴るそのブリュレへ、一か八か飛び込んで死中に活を拾う道も浮かぶが。


──無理だ。


 圧倒的な力の差がある。ブリュレは単独で数千メートルの高度を飛び飛行大隊を即座に全滅させる血筋的にも能力的にも人類魔術技術の最高到達点の一つ。自らにできることは情報を取られないように捕らえられる前に死ぬしかない。


「あらあら、あの人やられちゃった」


 爆発と轟音。空から落ちていく勇者の姿。竜を倒すことに失敗したのか。


──ソウジ……!


 やはり竜にはあと一歩及ばなかったか。勇者の敗北に、ギィドの心にもなぜか悔しさが浮かんだ。つい数時間ほどいただけの、赤の他人だというのに。


「ふぅん、まあ誰かよくわからないけど、よくやったほうじゃないかしら。古式の竜程度だけどねぇ。じゃ、私があの竜、いただくわね」


「まさか!」


 ブリュレの周囲に魔力光。吹き荒れる情報が虚無を食い破り、ひび割れの暗黒、異次元の空間から吹き出していく銀色の奔流。


「変────」


 これが、竜狩りの一族の特質だ。

 竜を倒したものには、竜魂の一部である竜骸ドラグメタルという液体金属組織を支配下をおくことができる。

 それ自体が莫大な魔力と剛性、自在な変形能力を持つ貴重物質である。

 竜狩りの一族であるブリュレ家は、代々当主にこの竜骸を継承し溜め込むことをしてきた。

 竜を狩るために天才者達と血を重ね、竜を狩るためにその子孫を選別し、竜を狩るために技術を磨き更新し続ける。それが竜狩りの一族。

 そして代48代当主であるクリィム・ブリュレは、自らが討伐した35体分と先祖より受け継いだ1472体分の竜骸を背後の異空間に所持している。


 それらを、全てかつ最大限に使用すれはどういうことができるか。


「────身ッッ!!」


 溢れ出る液体金属=竜骸がブリュレを飲み込む。周囲一体に溢れた銀色が、うねり、渦巻き、そして莫大な光を放つ。

 銀色が立ち上がる。大ざっぱな人型に突如上がる火花と巨大な打撃音。ガンガンという単発音が、やがてひとつの連続音に。

 打撃の度に、あやふやな形状だった液体金属が、精密な人型を表していく。不可視のハンマーによって、美女の形が叩き出されていく。

 美しく、調和の取れた四肢へ。絞り込まれたウエストと豊かなバスト。背面を全て覆う、銀の髪へ。


 直立した身長はおよそ五十メートル。全身を銀色と、朱のラインによって彩られた女神が地に降り立つ。膨らむ胸元には金属球体。

 ブリュレそのものを究極まで拡大したような、銀の巨人の姿。

 自在に操作できる竜骸を、自らの手足の延長どころか身体そのものとする利用方法だ。

 本来ならば数千トンを超える体重のせいでこの泥地では直立困難なはずだが、恐らくは重力制御によるもの。


「さあ、さっさと終わらせるわ。まあ魔族は……巻き添えで死ぬでしょ、ほっとこほっとこ」


 巨人の体から光が上がる。手足から光が、流れるように点滅と発光を繰り返す。


「やべぇ!」


 無理やり体を動かして、その場からギィドが離れる。ブリュレがなにをしようとしているのか、それをかつて戦場で見ていたギィドにはイヤでも理解できた。

 近くにいれば、確実に死ぬ。


 点滅と連動するように、光が強さを増している。やがて巨人を中心に太陽が現れたような明るさに。


「それじゃあ」


 この形態となったブリュレの全身には、粒子加速経路が血管のように張り巡らされている。約三十ギガワット相当の魔力からの電力により圧力をかけられた、重金属分子による荷電粒子を光速近くまで加速させるため、全身の経路を使い循環させているのだ。

 巨大な体は巨人の質量による格闘機能の底上げだけではない。巨大さそのものを加速経路装置として利用する目的もあるのだ。

 膨大な光と、高まっていく破壊の圧力。これこそが『光』の二つ名の意味。五英雄第二位にしてガランドに迫るとされる力。


「──死んどきなさいな!」


 巨人の腕が前方に伸びる。疑似重力によるバレルの作成。

 加速装置経路の最終到達点=心臓の位置より発射される超加速荷電粒子弾。莫大な光と破壊が空間を穿ち、電磁波と放射線がばらまかれる。

 魔術名────荷電加速弾体発射術式ニルヴァーナ


 光と衝撃、吹き荒れる暴風が上方へ駆け上がり小型のキノコ雲が発生。背を向けて走るギィドが衝撃に飛ばされていく。

 竜の体──竜骸の八割が消し飛んだ状態。大きくえぐられた金属の元球体が浮かぶ。荷電粒子は竜の体を貫通して後方の山に直撃、さらに貫通。またも後方の山に直撃し、えぐり飛ばしてキノコ曇を作った。

 竜どころか背後の山さえ貫通する超破壊の荷電粒子。その一撃を放ちながら、


「──ちっ」


 巨人は、ブリュレは舌打ちした。


 竜はまだ蠢いている。絶命していない。断面から覗く金属球体。


「核を逃がしたか、だが次で……な!?」


 驚愕する光の巨人。付近の森から、飛び出す何か。


 それは、傷ついた森の死神ケルヌンノス。それは、稼働限界が近い鬼骸刃。


 それは、勇者の姿。


 むき出しになった竜の核へ、勇者が飛ぶ。もはやオリアンティは限界を超えた。いつ空中分解してもおかしくない。

 勇者の体自体も重傷だ。左足は消失していた。

 だが、勝てる。今この瞬間ならば、竜に勝てる。


 死に際の竜が振るう触手の網をかいくぐり、勇者が飛ぶ。逃げず、退かず、ただひたすらに。


「なに、あいつ……?」


 そうまでして、戦う理由をブリュレは知らない。だが、この無謀とさえいえる戦う姿は、彼女の先祖、その初代当主はきっとそうして最初の竜を倒したのだろうということを思わせた。


 オリアンティの手の先が輝く。膨大に広がるプラズマの燐光。強く、渦巻くように。


──これが最後の切り札……! これが通じねば、僕は死ぬでしょう。


 それは純然たる予測できる結果。冷徹に、勇者は観察する。

 プラズマを形成操作するための磁力が、力を増してプラズマを縮める。握り締められるようにプラズマが縮小し、流れるような粘性を持つ。

 さらに重ねられる磁場。さらに縮小するプラズマ。それを繰り返す。

 空を覆うように広がったプラズマは、オリアンティの手に持てるほどのサイズに。

 緋色の炎は、やがて蒼穹の色へ。それは緩やかにカーブした形状=ソウジ世界に置ける、日本刀の形状に酷似していた。

 プラズマは磁力によって操作される。磁力によりプラズマの拡散を押さえ込み圧縮すれば、より高圧力を持った流体のプラズマが出来上がる。流体となったプラズマをさらに強力な磁場を極限まで押さえ込めばどうなるか。


 その答えが、これだ。


 オリアンティの手に握られる刃が、刃の形をしたプラズマがふるわれた瞬間、竜魂の触手が炎を上げて溶けた。

 重力障壁も、刃が突き立てられた瞬間に内部より空気が爆砕して崩壊。

 液体を超え固体になるまで圧縮されたプラズマの剣。断てない物質、溶かせない物質などこの世に存在しない。それは神の時代を終わらせた、巨人の王が持つ災厄の剣レイヴァテインの如く。限界連続稼働時間、12秒間の災厄。

 魔術名──雷光炎刃術式フェニックス


 破片をばらまき、オリアンティが燃える。触れた万物を燃やす以上、それを構える鬼骸刃さえも対象となる。威力が莫大すぎてソウジ自身もマトモに持つことができないのだ。オリアンティがあるからこそ、使うことができた魔術。


 やがて──勇者の刃が核に触れる。まるでバターを切るようにあっさりと、竜の本体が両断された。

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