第67話 降下

「そうかなあ、僕は結構あなたに用があるんだけれど。例えば」


 言葉と同時に、ダクト――の顔をした殺人鬼が消える。


「例えば、あなたのその綺麗な顔の皮を引き剥がしたら、どんな綺麗な悲鳴を上げるのかなあ…!」


――っっ!


 一瞬屈んだ、と思った次の瞬間には姿は無い。ウェイルーは直感的に銀光ライラを周囲に展開。直後に火花が上がる。

 左側の銀線に殺人鬼の黒刃が当たった。次に斜め右、正面、背後。次々と上がる火花。


「堅いなぁ。なかなか切り込めないねぇ」


 気の抜けた声と共に、再び姿を表す。


「……魔術により姿を変える技術、いや、もはや形そのもの・・・・・を変える能力といっていいな」


「便利なら、わざわざ人間の形にこだわる必要なんてないでしょう? あなたの左腕みたいにさ」


 ダクトの両脚は大きく変形していた。大腿部中央から折れて膝が通常から逆方向に曲がっている。背広のズボンは大きく裂けていた。

 肉食獣の後ろ脚のような、逆関節状の形態へ変形している。

 増やした関節と強化された筋肉、さらに人間の形から外れることで本来予測される動きを大きく超えた挙動を可能とする。

 ウェイルーがダクトの動きを捉えられなかったのはこれが原因だ。


「まあこれでダメなんだから……もっと変わらなきゃダメかあ」


 レイピア状に変形していた両腕が変わる。肘から関節が増え、肩の位置が下がりより自由度とリーチが増した。ゴキリと鈍い音を立てて背骨が異様に盛り曲がる。首の位置がだらりと折れて下向きからウェイルーをねめ上げた。以前その顔は気弱そうな青年のままだ。

 これがダクトの本質。どんな人間にでも変化できる、のではない。最も適した形へ躊躇なく変わることができる能力と容易に他人や人以外へ変わることを迷わない異常な精神。それがこの殺人鬼の特質。


「――ひゅうっっ!」


 息吹を吐く、同時に、斬撃の火花。


「ひゅひゅひゅひゅううっっ!」


 更に連続する斬撃。四方八方からの無秩序な切り裂き。先ほどよりも数段速い。速度もさることながら当然軌道も人間のそれではない。もはや魔族や魔獣の領域。


――この硬質化した黒いブレード……炭素操作による単分子結晶か!


 骨格を操作し、さらに皮膚や筋肉の位置の操作に使用している生体魔術。それに加え体内の炭素を精密に操り炭素結晶の刃物まで生成している。

 こんなことが、通常の教育を受けた軍属魔術師程度にできるわけがない。


――やはりこいつ――『北』の部隊の……!


「ひゅうっ!」


 呼気とと共に真上に跳躍。同時に天井が割れる。天井を蹴って更に飛ぶ。ウェイルーの眼が辛うじて追いつくレベル。

 周囲を覆う銀光ライラに右側面から衝撃。火花が舞う、次に左頭上。

 人間、人型の動きならばそこにはパターンが存在する。まず動く為には脚からの踏み出しが必要であり、重心は常に腰にある。

 だが今はそれはこの殺人鬼には当てはまらない。最も移動と攻撃に効率のいい形状へと変わることができるからだ。


「ちいっ!」


 銀光ライラで反撃に出る。正確な位置がわからないが、ここは室内。この速度の相手を屋外で相手をするよりはマシなはずだ。

 銀光ライラのリボンを全周囲に攻撃状態で展開。高周波振動の衝撃が部屋の中のカーテンやベッドのふとんを舞い上がらせる。


「舐めるなあっっ!」


 五本の銀線が乱舞。波打つ必殺の切断。切り裂かれる箪笥。吹き飛びながら分解されるベッド。中身の綿を撒き散らしながら飛び散るぬいぐるみ。破壊されていくかつてリレア・ペルニドが生きていたという痕跡。

 無作為に暴れまわる高周波振動の斬撃の群。狭い室内なら逃げ場所は無い、そう踏んでいた。

 だが、


「あ――ははははっ! あなたがこんなにムキになってくれるなんてぇ! 嬉しいなぁ!」


 殺人鬼には通用しない。肩口への斬撃は肩ごと凹み通過する。胴を貫く起動もグニャリと変形して避ける。跳躍中の無防備な体勢。そこへの攻撃を人体にはできない変形と動きで一瞬で回避していく。

 

「もっと僕を見てよぉ! 蔑んで憎んで唾棄してよぉ! それが愛するってことだよねぇ! 愛し合おうよぉ!」


 着地と同時に殺人鬼の姿が露わになる。S字状に歪に曲がった胴。直角に曲がった首。不自然に凹んだ肩。そしてやはり爽やかな笑みを浮かべる好青年の顔。


「もっと、もっと愛し合おう!」


 曲がりくねった上体が直る、同時にレイピアとなっていった両腕が変形。キリキリと渦を巻くように螺旋の形へと圧縮。ついには両肩口から先は一塊へと変わった。


「もっともっともっとぉっ!」


 飽食への渇望を叫びながら、殺人鬼が飛び込む。

 瞬間的にウェイルーは直感。


――これはマトモに受けてはいけない……!


 銀光を上方へ伸ばす。天井を突き刺して固定したと同時に全力で跳躍。そのまま巻き取る。

 足元に衝撃。殺人鬼の右腕から螺旋状の破壊が放たれる。

 ウェイルーの背後にあった窓、立っていた床ごとがごっそりと衝撃で吹き飛ばされていく。単純な拳打や斬撃ではありえない異常な威力。銀光を周囲展開しただけの防御では突破されていただろう。


「被害者をミキシングのように潰していたのはこれを使ったのか……」


「ご明察」


 延びきった右腕を優雅に振りながら、天井に体を固定して見下ろすウェイルーに一礼する。どこまでも人をバカにした態度。

 

「僕の炭素を単分子化させる魔術は少し不完全でねぇ。圧縮が少々足りなくて刃が黒くなってしまう。でも炭素から繊維状構造を作るのは得意なんだよ……繊維状に形成した炭素の強度と弾力性は凄まじいんだ、だからこうやって強化筋力を一点にこめて圧縮、解放なんて芸当ができるのさ。なかなか楽しいでしょ?」


 炭素を魔術で繊維状に構築して新素材として活用する技術は現在は軍の研究でも最先端に位置するものだ。あの殺人鬼はそれを直感的にできる才能の持ち主らしい。

 時折、ああいう現代魔術の大系では再現できない種類の魔術を直感と才能で扱う「異才者ギフトマン」が表れることがある。


「単分子結晶の刃と、炭素繊維の柔軟性、そして自在に変形する身体、それがお前の武器か」


「そうだよぉ、だから楽しんでよぉ、だからあなたも楽しもうよ。もっともっとさあ!」


「私は楽しくもないし、お前を憎まないよ。怒りもしないし、唾棄もしない」


「……えぇ? そうなの?」


「お前の娯楽に付き合うつもりもないし、そもそもお前に特定の感情を抱くつもりはない。

所詮この程度の芸当止まりなら、お前の元々の役割も見えてくる。変装と潜入による要人暗殺か小規模の破壊工作、といった所か? いかにも『北』の部隊、ネイムレスの辺りが好きで作りそうな役割だ」


 ネイムレス、北方の王国であるオルドラッドの擁する特殊部隊を指す隠語。その部隊名の正式な名前さえ明らかになってはいない、しかし存在するとされる部隊。

 異常なレベルの人体改造や公開されていない魔術による特殊技能を持つ人間で構成されていると噂されている。


「……『なぜ知っているのか?』なんて言わないよ。あなたのような軍人の立場ならまず頭に浮かぶだろうね」


 殺人鬼の笑いが消える=ウェイルーの言葉が確信に触れた証。


「貴様などにいちいち特定の感情は抱かんよ。所詮は非戦闘員を殺すしかない能力だ。純粋な戦闘員たる軍人には敵わない程度でしかない。

そこまででしかないなら、お前は所詮、私がミキシングにたどり着くまでの小さな障害物に過ぎん。

そんなものを憎むだの蔑むだの、時間の無駄だ」 


 遥か天井から、見下ろす視線で殺人鬼を見つめる。怨敵を見る目でも、正義に燃える目でもない。ただ冷たく、破壊すべき障害物を見ている。その先にいる、ミキシングを見ている。


「なぜだ、僕を見てよ! 僕を蔑んで! 僕を憎んでえええ!」


 殺人鬼が螺旋の左腕を掲げ、飛び上がる。貫く先は、ウェイルーの胴。


「もっと、もっともっともっとぉ!」


「ならば見せてやる、私にとって貴様はただの路傍の石だという証拠を!」


 言葉と共に光を放つウェイルーの左腕。膨れ上がる膨大な魔術紋様。認識が現実を歪め、力へと変える感覚。

 莫大な高周波振動による嵐が、ベルニド一家の家だった建造物を根こそぎ吹き飛ばしていく。

 叩きつける破壊の中、殺人鬼は、


――な、んだ、あれは!?


 嵐の中に荒れ狂う巨大なイバラを見た。



 △ △ △


「ぐ、が、がはぁ! がは、」


 もうもうと立ち込める粉塵。瓦礫を押しのけながら立ち上がる吊し切りケリーストレンジ・フルーツ

 ダメージにふらつきながら、周囲に目を凝らす。

 ベルニド一家の家は根こそぎ破壊されてもはや面影もない。家一件がまるごと解体されてしまった。

 

――家ごと潰すとか、正気かあの女!


イ オ オ オ オ オ オ オ ッ ッ ! !


 高周波振動の甲高い異音が奏でられる。衝撃に打ち払われていく粉塵の中、銀の光が見える。

 はっきりとしていくウェイルーの姿、その様を見て、殺人鬼は驚愕する。


「なんだよ、その姿は!!」


「金属術式にも私は適正があってな。金属複製と強化術式を組み合わせれば、こういうこともできる」


 本来ならばウェイルーの左上腕から生えている五本の銀線。それが大きく形を変えていた。

 のた打ち、絡み合う人の腕ほどもあるイバラ。ただし色は緑ではなく、輝く銀。

 無数のトゲが表面を埋める。十数本ほどもある大量のイバラがウェイルーの周囲と頭上をみっしりと埋め尽くし、蠢く。

 その中で、剣を持って立ち尽くすウェイルーの姿は、まさしく茨の園の女王。


銀光ライラを金属複製と強化術式で一時的にブーストし、大量かつ精密に動く重金属のイバラへと変えた。ミキシングへの切り札の一つ、というところだな。

魔術名を付けるとするならば、――鋼鉄薔薇十字獄術式ガンズ・アンド・ローゼズ


 茨の棘一つ一つから放つ高周波振動。それをいっせいに使えば家一つ潰すなど雑作もない。


「そして、精密に動作ができればこういうこともできる」


 瞬間、殺人鬼が衝撃にのけぞる。体勢を崩した直後、さらに十数発の衝撃に体を吹き飛ばされる。そのまま地面を転がった。


「ぐ、がぁ、! ば、かな!」


 距離は十メートル、茨はまだこの体に触れてもいないはず。

 ウェイルーの周りには、螺旋状に変形した茨の先が無数に浮かぶ。


「高周波振動の衝撃を、茨を螺旋状にして疑似砲身バレルとし射出した。遠距離には届かんが、中距離への攻撃、特に面制圧には十分に使える

そら、どうしたもう少し頑張れよ? 私の顔を剥がしてやりたいんだろう?」


 ウェイルーの能力はもはや単純な剣士としての領分を超えた。単体への戦闘力はもちろん、単体対多数への戦闘も対応できる。

 だが、まだ足りない。一国を滅ぼした、あの怪物にはまだ届かない。


「さて」


 蠢く茨がウェイルーの声に反応、次々に真上へと延びていく。掲げられた左上腕に連なっていく。伸びゆく長大な茨が、やがて空を穿つような一本の刃へと姿を変える。


「炭素結晶と炭素繊維の複合を使えるなら、防御も少々自信はあるだろう。だが」


 先刻以上に渦巻く高周波振動の異音、束ねられたことにより更に破壊力が増していく。吹き荒れる破壊の音に、周りにある店のガラスが割れる。

 殺人鬼は魔術探知結界であるカナリアの泣き叫ぶ声が聞こえることに気づく。。この高周波振動のせいで鳴っているのにやっと気づくとは。

 

「く、そおおお!」


 焦りと恐怖、殺人鬼は今まで被っていた愉悦を味わう者という仮面をかなぐり捨てる。ダメージが回復仕切らない。今避けれなければ、やられる。


「だが、圧倒的力技、例えばこの巨大質量と大量の高周波振動にどこまで耐えるかな?」


 振り下ろされる一撃。頭上より落下する暴力そのもの。

 叩きつける、ではない、殴り潰すといったほうが正しい。

 衝撃に地面が凹む。瓦礫や木片を巻き上げながら、殺人鬼の体が吹き飛ぶ。舞い散る血。炭素結晶の欠片=魔力制御を失い赤い光を放ち空中で消失。

 左腕が千切れ飛んでいた。クルクルと回転しながら本体と共に鈍い音を立てて落ちる。


「ぐぅ、が、ああ!」


 殺人鬼の悲鳴を聞きながら、ウェイルーは語りかける。


「お前らの行動は大体予測出来ているし、私への監視と行動の妨害、それらへの手も打っているんだよ。こういう風な、な」


 遥か上空へと向けられる右手の剣。遅れて殺人鬼の視線がその先を追う。

 

 街の上。その青空に輝く上空約三百メートルを巨大な何かが、泳いでいた。

 太った葉巻、としか言いようのない丸長い巨体。後部らしき場所には尾翼が配置。全長は恐らく三十メートルを超える。

 それも一体だけではない。街の上、全てに組まなく配置されたその数、十五機以上。

 そして、その下部中央ゴンドラ部から、人影が次々と街へ飛び降りていく。完全武装フル・メタルの騎士達。


「――し、」


 続く驚愕に認識が追いつかない。この女は一体なにをしたのか。


「試験稼働中の空挺突撃師団スーサイド・ワンを自国領土で実戦投入だと!? 正気じゃない!」


「おお、知っていたか。さすが諜報屋は耳敏い。空挺武装はいまだ機密扱いで試験中なんだが、いい機会だから使わせてもらおうと思ってな。実戦経験は貴重だ」


 空挺突撃部隊。空気より比重の軽いガスで浮遊できる飛行船により敵地の頭上から兵士を送り込み占領を目的とする特殊突撃部隊。


「鳩の手紙はすり替えたはず……!」


「だろうな。そうやると思っていたよ。

そもそもこの街に空挺師団を投入することは私がこの街にくるまでにすでに決まっていた。

私がこの街にきたのはその突撃の最終決行とタイミングの指揮のためだ。

鳩の脚の手紙はただのダミーだよ。本来の手紙はこの街にくる前に鳩の体内に仕込んでいる。鳩を殺して初めて取り出せるように施術しているんだ」


「な、なに……?」


「鳩を殺して連絡が遅れればすぐに空挺部隊の突撃が街に来るように指示をしてある。

欠点は貴重な魔術改造高速伝書鳩アル・ノーを潰すなと技術開発局に愚痴られる所だな。

そして鳩内部の手紙の内容は『すぐに突撃を開始せよ』だ。まあ鳩の着く時間を考えると、思ったよりは早い到着だな。訓練が行き届いているようでなによりだ」


 ウェイルーのほうが殺人鬼やブッチャー達の読みよりも二手三手上を行っている。いや、そもそもウェイルーは彼らをマトモに相手と考えていない。

 常にまずミキシングへの対抗を第一とする。他の何かは邪魔な障害物でしかない。


 轟音と共に鉄の巨体が次々とウェイルーの周りに着地する。飛行船ゴンドラより落下してきた空挺部隊所属の全身武装騎士フル・メタル・ナイト達だ。殺人鬼へと剣を向けていく。

 魔導鎧と全身の魔術強化により、上空三百メートルからの落下もパラシュート無しで行うことができる。


「つまりは認識の違いだな。『お前達』はこの街で行われていることは特殊工作の一環と捉えているようだが、『私』はこの街で行われてることは戦争だと認識している。自国領土で敵に侵略、または占領されている場所があれば、まず第一に全力で取り戻すのが戦術の基本だ」


 眼前には茨の女王。周囲には刻々と降り注いでいく騎士。

 明らかに不利になっていく現状に、殺人鬼の脚が下がる。


「ちぃっ!」


 舌打ちと同時に跳ねる。跳躍により逃走を開始。

 ウェイルーは黙ったままその様を見逃す。鋼鉄薔薇十字獄術式ガンズ・アンド・ローゼズの術式を解除。赤い光と共に鉄の茨が消えてゆく。張り詰めた緊張が解け、わずかに息を吐いた。


「――ウェイルー・ガルズ特別捜査官殿ですね?」


 傍らに聞こえた声にウェイルーが顔だけ振り向く。大柄な周囲の兵士に比べ、ひときわ小柄な全身鎧の兵士がいた。

 緑の鎧に身を包む兵士がヘルムを外す。現れるは、黒髪の若い女。蜂蜜色の肌に、目元には泣きボクロ。手には書類と羽のついた儀礼用ペン。


「いかにもそうだが」


 ウェイルーもヘルムを取り、返答。素顔を晒し確認させる。


「私はアニッシュ・バイラ大尉です。ロベック団長からの決定により貴官を本作戦の限定指揮官として指揮権の限定譲渡を行います。書類様式にサインをお願いします」


「この状況で書くのか。様式に従うのも面倒なものだ」


「それでも軍規ですので」


「さきほどの逃げたやつ、追っ手はつけたか?」


「ええ、二人ほどつけています。逃げ込んだ先ならすぐに見つけられますよ」


「君は目端が利くな。部下に欲しい」


 サインを確認、アニッシュが手を上げて宣誓を開始する。


「署名を確認。以後、本作戦の現場指揮をウェイルー・ガルズへ譲渡。作戦終了認定または三十六時間の経過と共に譲渡を解除する。解除は団長職以上からの許可を持ってできるものとする。以上」


 宣誓の終了と共にウェイルーが腕を上げる。左目からは血涙が流れた=鋼鉄薔薇十字獄術式ガンズ・アンド・ローゼズ発動の負荷により論理思考を司る左脳への疲労とダメージ。


「この作戦に参加する全兵士へ通達する」


 通信魔術を使うアニッシュが仲介し、兵士達へ魔術通信マトゥックで言葉を伝えていく。

 ウェイルーの近くへ集う兵士達。長身と鍛え抜かれた体躯を、魔導鎧に包むノル国最新部隊の精鋭が群を成す。


「本作戦は敵対勢力に侵略された自国領土を取り戻すための重要な作戦である。

まず行うべきは警察署の攻略と所長や副署長、刑事達、鑑識をはじめとする主要メンバーの拘束。反抗するなら切り捨てろ。

それにミキシングの捕縛、または抹殺。

そして街に潜む敵対勢力……恐らくは『北』のネイムレス部隊との掃討。

特にミキシングとの戦闘は非常に危険を伴う。総員覚悟せよ。連絡を密に取り、常に集団戦闘で当たれ」


 通信越しに無言の緊張感が返ってくる。自国の民間人を巻き込む都市攻略、それもミキシングという怪物やネイムレスが潜むという。

 各部隊から選抜された隊員達にも、こんな作戦は経験したことはないだろう。

 それらを導くことができるとすれば、かつてミキシングとの死闘を生き延び、この街で戦ったウェイルーのみ。


「諸君」


 片手には先ほど拾い上げた殺人鬼の左腕。力無く垂れる腕を指揮棒のように振るい、兵士達へ激を飛ばす。


「いかなる者であろうと、我らが国を土足で汚す権利は無し。罪悪には必罰を。それが人のことわりだ。諸君、戦争を始めるぞ」


 策を巡らし、血を流し、痛みを抑えつける。つまらぬ道化を異に介さず、茨の女王は笑う。

 怪物へ挑む、その時が近いことを。

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