第66話 飽食者

月夜に悪魔と踊ったことはあるかい?


バットマンより/ジョーカー


 △ △ △


「あのう、いますか、ウェイルー捜査官?」


 長身、コート、背広、腰に帯剣=アシュリー市における警官のトレードマーク。青年、ダクト・マッガードはいつもの気安い雰囲気のまま声を上げた。

 足を踏み入れたのは、かつては盛況に溢れていただろう店内。閉ざされた窓からわずかに入る日の光。たった数日でもう廃墟のような空気が流れている。

 それも仕方ないのだろうか、中では三人が変死体で発見されたのだから。

 散乱したままの帳簿などの紙資料。返り血がついたままの本棚。赤黒い跡が残る死体のあった場所。

 商人街連続殺人の一つ。ペルニド一家殺人事件の現場となったペルニドの店。


「呼び出されて来たんですけどぉ、なにかあったんですかぁ?」


 前に来たときにあった現場保全のロープはもう外されている。

 薄暗いままの店内をおっかなびっくりに歩きながら、ダクトは周囲を見回す。


「ダクト、ここだ」


 ウェイルーの声が聞こえた。呼ばれた先へ向かう。


「捜査官殿、……ですよね?」


 そこは被害者の内の一人、リレアの部屋。

 クローゼット、ベッド、机。年頃の娘らしい可愛らしさのある内装。

 その中ので、全身を白い鎧で包んだ騎士がいた。

 疑問系になってしまったのは、顔がヘルムに覆われてわからないからだ。


「ああ、そうだよ。ダクト」


 返事をするウェイルー。左の腰には三本の剣を差す。街に来た大荷物はこの装備のせいだったのだろうか。


「随分とすごい格好ですけど、一体なにを……?」


「まあ色々と荒っぽいことをやらねばならんのでな。だがその前に一つ聞いておくぞ」


「なにをですか……?」


 ゆっくりと、彼女の右手は剣を引き抜く。


「ダクト、お前は一体」


 室内を高周波の異音が駆け巡る。銀光ライラの待機音。殺意の証明。


「誰だ?」



▽ ▽ ▽


 アシュリー市成立と同時に、時計台の建設は始まった。当時の建設技術で造られた時計台は普通の家程度の大きさで、中洲の埋め立てと土木工事を行う作業員の時間を知らせる役割を担っていた。

 街の拡大と共に時計台も大型を辿り、現代は三代目である時計台は四角柱のフォルムを持つ高さ六十メートルの建築物となっている。

 これはアシュリー市でも抜きん出て高い建物であり、外は魔導工学により造られた単結晶化による強化レンガ。中は同じく魔導工学の粋によって鍛えられた特殊鉄筋の骨組みで建造される。さらには地盤深くまで杭打ちを行い、建設者曰わく「アシュリー市全てが流される大河の激流が起ころうと、この時計台だけは残るだろう」と言い残したという。


――遅いですね。


 時計台前の公園でソウジは手にした紙袋から豆を投げていた。大量の鳩が群がっている。

 人通りは少ない。向こう側の時計台には観光客や出店などが群がっているが、こちらの公園にはあまり人はこなかった。


――遅すぎます。


 ロエルゴと別れてからすでに十五分が経過。約束は一時間ほど。だがもう遅すぎる。ソウジの予測ではもっと速いはず・・・・・・・だった。


――予測ではもっと速く、速く僕を襲うはず……


 予測が外れた、それはどういうことか。


――ロエルゴさんではなかった……? いや、そうなるとあの質問の答えはおかしい。


 思考を巡らせる。自動的に動く手は鳩へ豆を投げ続けた。鳩の数はどんどん増えていく。


――つまり、これは。


「エクセルさんが危ないかもしれませんね」



▽ ▽ ▽


「誰だって、誰がですか……?」


 よくわからない、そんな表情で前へ進む。


「動くなよ」


 言葉はすでに針のように尖っている。部下への声ではなく、尋問相手への声。


「ちょ、なんで僕がそんなわけのわからないこと聞かれなければ……あ、疑ってるんですか? 待って下さいなんで僕が……」


 手を待ったの体勢で掲げながら、ダクトは歩を進める。必死に上司との誤解を解こうと声をあげた。


「動くな、と言ったぞ」


 銀光ライラが動き出す。装甲のない左腕が一瞬で分割、五本の銀線の内の一本がダクトへ踊りかかる。

 超速の一撃。しかし頭部へは到達せず、空中で火花を上げて弾かれる。


「動くな――それは無理ですよ」


 ダクトの右腕から、黒いレイピアの刀身のようなものが延びていた。長さは一メートルほど、緩やかに三日月のようなカーブを描く。

 レイピア、ではなくレイピアのようなもの。袖口に手は無い。

 これはダクトの手が一瞬で変形と再形成を遂げて作られた凶器だ。


「まあ、一応は聞くのが礼儀というか、作法でしょうか。――なぜ僕を怪しいと?」


 気弱で温厚な青年の顔から、喜びを味わう顔へダクトの表情が変わる。


「では答えてやるのが作法だろうな。――お前には不自然な点が多々あった。

お前は三流の警官を演じているようだが、所々で妙に引っかかる。わざとやって私の反応を見ている、といった所なんだろうがな」


 言葉の終わり、同時にまたも銀光ライラが動く。今度はダクトの左側面から狙うも変形した左手がそれを弾く。


「もう、会話の途中にイタズラはやめてくださいよ?」


 薄ら笑いは消えない。青年は喜びを味わい続ける。


「鑑識のヴォドギン・ラウスに殴り飛ばされた時、お前はやけに派手に飛んだ。衝撃を逃すために後ろにわざと飛んだのかもと思ったが、ゼントリーの件でお前を殴った時に確信したよ。

お前の体重は見た目より不自然に軽すぎる。

恐らく警察の試験を通れるその身長と体格ならあと二十キロ程度は多くないとおかしい。

理由は色々と考えたが――お前、本来はその姿ではないじゃないか?」


「へぇ、そこからか」


「大きなものを小さく見せるより、小さなものを大きくみせるほうが機工的には楽だからな。そしてやたらお前は自分が二年前からこの街にきたことをアピールしている。それはそのままお前の隠したいことの裏返しなんじゃないか?

つまり」


「つまりぃ?」


「お前は二年前にきたんじゃなくて二年前以前からこの街にいた、ということだ。

見た目よりも不自然な点がある。

二年前という経歴をアピールしたがる。

これらの点を統合して考えると、

お前はダクト・マッガードの身分に目をつけてそれを乗っ取った赤の他人、それも魔術などの能力でかなり精巧に姿が変えられるような、な」


「すごい、すごい。たったそれだけでその結論をだしたのか」


 パンパンと軽い拍手の音。いまだダクトの――ダクトの姿をした魔人の余裕は消えない。


「お前のその体を変化させる武器も、姿を変える魔術の応用といったところか?

全くゼントリーもとんだ部下を押し付けられたものだ」


「ゼントリーさんかぁ……」


 懐かしむような、どこか後悔がこもるような声をあげた。右のレイピアが一瞬で変形、手へと戻る。


「こんな僕がいうのもなんだけど、あの人は本当にいい刑事だったんですよ。

街に来たばかり、ということにしている僕に色んなことを教えてくれた。

おせっかいだなぁ、なんて思うこともありましたけど、どれも僕を思ってくれていたんだと今なら気づけますよ。

酔うとねぇ、姪っ子さんが殺された事件のことをいつも話すんですよ。絶対に犯人を捕まえてやるって、必ず償わせてやるって」


 顔を右手で覆い、涙をこらえるように俯く。その様は、死んだ刑事への悲しみに満ちているように見える。


「――ちなみにお前を怪しいと思ったのはわりと最初のほうからだ。お前と共にきたこのペルニド一家の店。そこでお前は吐き気がすると店を出ただろう?」


 懺悔のような吐露を無視し、ウェイルーは魔人を視線で刺す。


「あぁ、なんで、なんであんな人が死ななければいけなかったんだろう、僕は、僕はあの人の隣で刑事をしていることが幸せだったんだ……とても幸福だったんだ……だってそうだろう?」


「お前はあのときも、ゼントリーが死んだ時も、顔を手で抑えていた。今と同じように――」


「喜びがあったんだよ! それはもう失われてしまった!」


「お前――笑っていただろ? 指の隙間から歪んだその口元が見えていたよ」


「あ――――はははははっ! だってそうだろう?あいつ! バカじゃないか! ゼントリーは!

やつの姪を! 目玉を抉り! ボロクズのように切り刻んで! はらわたを飾り付けて! ギリギリまで死なないようにしてから街頭に犬の餌のように吊してやったのはこの僕なのにな!

自分の姪を殺したやつを一人前の刑事にしてやると意気込んでいたんだぞ! 一生眺めていたかったよ!」


 飽食の喜びが溢れる。快感と愉悦のままに、魔人は笑う。


「そうか。もういい、お前から聞きたいことはもうなにもない―――吊し切りケリーストレンジ・フルーツよ」

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