第33話 接触


「それでこの体たらくか」


 零下の視線は既に部下さえ捉えてはいない。

 薄灰色の壁に張り付く雑多な掲示物。慌ただしく動く作業服の人員。恐らく先ほどの爆発事件に影響されたのだろう。

 ここはアシュリー市中央区警察暑鑑識課。ウェイルーはここの鑑識課主任長とは商人街連続殺人事件についての質問を出来るようにアポイントメントを取っていた。


「いや、その、僕としても全く訳がわからない状況で気が付いたら死んでたというかなんというか……」


 しどろもどろになりながら自己弁護になっていない答弁を返すダクト。睨まれるを通り過ぎ、視線にさえ入れてもらえないという状況がキツい。


「私はここで犯人を見ていろと命じたが、まさか本当に『見ているだけ』とは思わなかったよ。――本当にお前は今までに見たことが無いくらい個性的な部下だな、ダクト?」


「いや、あの、だから、もうわけわかんないうちに鉈男は死んでて……はい、すみませんでした、ごめんなさい」


 とうとう往生際の悪い抗弁を諦めるダクト。


「――ま、対魔術探知警報音キャナリアが作動している以上、新たに別の魔術が使われても警報音が鳴ることは無いからな。

一瞬で抉られ、炭化した死体の傷口から見るに、使われたのは超高熱の攻撃魔術。目撃者も出さずに殺しているということは、それだけの超高熱をタイムラグ無く一瞬で叩き出し、痕跡無く解術しているという高い魔術の技量があるということだ。

恐らくは都市戦闘、それも暗殺技術に秀でた使い手か」



 抉られたはずの肉片は見つからず、代わりに炭化した破片が現場からは見つかった。恐らくは超高熱を宿した手で抉り取られ、肉片が炭の塊になったであろう痕跡。

 明確な口封じであることは既にわかる。ならばあの野次馬の中に、始末をつけた誰かがいる可能性がある。

 つくづく、この街には退屈させられないと思いウェイルーは息を吐いた。


「そういえばあの新聞記者はどうした? 連れがどうこう言っていたが」


「ああ、なんか勝手に連れの助手が戻ってきたんで、別れましたよ。助手が爆発現場の近くにいたらしくて、一応怪我は無いらしいけど病院連れていくって。連れの子は男の子でしてね、なんかエクセルちゃんより全然落ち着いてて、どっちが年上だか……」


 とりあえずは、大怪我はしていないらしい。一応は病院に連れていくとはあの記者もなかなか親切なことだ。


「案外あの娘はそういう男が好みなのか? ……どうにも話がズレた、しかし遅いな主任長は」


「ああ、申し訳ありません。どうにも事件のせいで立て込んでおりまして」


 穏やかな声質。覆う影にウェイルーが振り向く。

 熊のような巨漢。浅黒い肌に黒髪=南方出身のツェゲル人の特徴。そして雄々しい見た目に似合わぬ白衣。


「自分が鑑識課主任長のヴォドギン・ラウスです。よろしくお願いします」


 微笑みながら、握手のために分厚い右手を差し出した。



 ▽ ▽ ▽


「……本当に大丈夫なの?」


「問題ありませんよ。特に症状は現れていませんから、それよりも調査を続けましょう」


 ソウジの予想通り、病院は満杯だった。

 中央区というさほど人口が少ない場所には当然病院も余りない。更には付随して起こった小規模のパニックにより体調を崩した住民が殺到、当然遅れてきたソウジの診療は後に回される。

 このまま居ても時間を無駄にするだけだとソウジが提案。結局また商人街に戻ってきた。


「と、言っても人なんか全然見当たんないんだけど」


 見渡す商人街からは雑踏が消えていた。騒ぎで客足が減り、そうなれば必然的に店もやっている意味が無くなる。中にはもう閉めてしまった店舗もあった。


「いえ、これはこれでむしろ都合がいい・・・・・んですよ、エクセルさん。ほら例えばあの人」


 指差す向こう。雨戸を閉めた店先、その裏口から町人らしき男が出てきた。


「……あの男がどうしたの?」


「あの人はつい先程店に入り、短い時間で店を出ました。あの店はよくある繊維問屋、しかしあの男はそれらしき荷物を一切持っていませんよ。入る時にも何も持っていませんでした」


 コート姿の町人は、全くの手ぶらだ。


「別になにか話があったとか、目当ての品が無かったとかそういうんじゃないの?」


「そういう可能性もありますね。しかし皆が警戒している現在、わざわざそうやって何を探しているのでしょう?」


 どうにもソウジの考えがわからない。一体何がいいたいのか。


「気になるなら、あの男を追いかけるとかする気?」


「いえ、この場合はむしろ男よりも――店の方に行くべきですね」





「閉店の所、申し訳ありません。一つお願いがあって参ったのですが、よろしいですか?」


 和やかな声が店裏に響く。裏口に陣取り、ソウジがドア越しに語りかけた。


「ぜひお顔を見てお話をしたいので、ドアを開けて下さいませんか?」


 隣に立つはエクセル。困惑の瞳でソウジを見つめる。どうにもソウジの意図が読めず、押し黙る。「上手く行けばこの一店で話が進むかもしれない」というが何を目論んでいるのかわからない。


「……悪いけど、今は店はやってないんだよ。最近物騒だし、用があるなら他行ってくれないかね?」


 ドアから中年の女、恐らく店主の声。どうにも困っているのが声から伝わってくる。


「いえ、大した用事ではないので、時間は取らせませんよ。ただ僕は売って貰いたいだけなのです。――先程の男の方と同じ物を、ね」



 ――は……? 同じ物?


 ソウジの言葉の意味が掴めない。あの手ぶらの男は何を買ったというのか。


「……わかったよ、ちょっと待ってな」


 急に店主の態度が変わる。しばしの間を挟み、鍵が解かれ、木製のドアが軋みながら開いた。

 現れるはやはり中年の女、生活に疲れ気味の横顔にシワが乗る。


「とりあえずは二包みもあれば、当面は足りるかい?」


 右手には赤い薬包が二つ。エクセルにはそれに見覚えがある。


 ――あれは麻薬、ミストじゃないの……!


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