第34話 推測

「ほんとに手に入っちゃった……」


 半ば呆れた目で、エクセルは手の中の赤紙の薬包を見つめる。

 広げられた赤紙、中央に僅かに乗る白い粉状の物質。

 彼女の掌、その四分の一にも満たない小さな薬包が、人の精神を狂わせ、街の病巣を腐らし、退廃の呼び声となる。

 静かなる災禍、その元凶が今この手の中に。


「やはり阿片系に近い、成分組成……ダウナータイプ。純度が低いのはやはり後からの混ぜ物が多いから、か。それにしても精製度が高すぎる、専門の化学プラントでなければ難しいはず……」


「……あのソウジ?」


 ソウジの長い人差し指。その先が小さく白に染まっていた。

 先程、指につけた薬を一舐めした後、視線を明後日の方向に向け何やら一人ごとをブツブツ言っている。


「それ、舐めて大丈夫な物なの?」


「味を見ただけですぐに吐き出しましたから問題ありませんよエクセルさん」


 やはり視線を変えず、ソウジは呟くように答えた。




 薬包を一つ入手した後、すぐさま店を離れた。

 今は薄暗い路地裏でソウジと共に薬の中身を見聞している最中である。


「……まさか中央区で薬の密売が行われてたなんて」


 信じられない状況だが、目の前の薬包が真実だ。中央区は安全、その先入観が音を立てて崩れる。


「先日、エクセルさんが殺された商人の中には薬を所持していた人間が何人かいる、と教えてくれましたね?

ですが、外区の薬を売る売人にいくら聞いても中央区の商人らしき客を見たことがないという証言ばかりだったのです。

ですが、それでは余りにもおかしいのですよ。殺された商人以外・・の中央区の商人も買いに来たことが無い・・・・・・・・というのですから。

つまり被害者や無関係問わず、中央区の商人自体が売人とほぼ接点が無いということになります。

ということは売人達を通さない全く別のルートで、商人は薬を入手しているということです。これはただ自分で使用するだけというには少々大掛かり過ぎます。ならば、商人は自分で使用するためではなく……」


 エクセルにも、ソウジのその先の思考が読める。


「自分で使ったんじゃなく、自分の店で売ってた、っていうことだよね……」


「エクセルさん、殺人事件の薬を所持していた被害者商人。彼らが所有していたミストと呼ばれる薬は、一体一人辺りどのくらいの量を持っていたのですか?」


 ソウジの質問にポケットから取り出した手帳をめくるエクセル。動く指が推察されてゆく真実に震える。


「――平均、一人辺り二から三の薬包のみ。大量じゃないから、密売じゃなく個人的な使用目的のみと警察から判断されたんだ。でも、ひょっとして……」


 展開されるエクセルの推察を、ソウジも読む。


「そう、例えばひょっとして、大量に薬を所有していても殺人犯がそれを全て盗っていってしまえば、残りませんよね?

もし盗り残して薬が残っていても、少量ならば個人の使用目的と思われる、そうなれば……」


「――殺された商人は、密売役とは思われない……!」


 初めて、殺人犯の思考が読める。この殺人犯にはやはり明確な目的があるとエクセルは確信した。


「爆発事件が起こった時、これは好機だと僕は思いました。間違いなく商人街を行き交う人間は危険性を考えて減ります。

それでも店を訪れるのは、どうしても本当にやむを得ない用事がある客。あるいは、どうして手に入れなければならない薬を求める中毒者……」


 はっきり言えば、かなりの運頼みだった。だが殺到する人混みの中で行われる取引を、店ごと特定するためには試す価値がある。

 事実、ソウジは賭けに勝ったのだ。


「中央区は治安が良いわけでも安全な訳でもなかった……みんなが、いや、あたし自身が危険な部分を見ていなかっただけなんだ……」


 殺された密売役と思われる商人の人数。そして危険な状態でも尚、薬を求めにきた人間が存在し、エクセル達に容易に発見出来たという事実。

 見えている存在が一とすれば、見えていない存在する部分はその数倍以上はあるということだ。

 それはつまり、中央区にはそれなりの量の中毒者がいるという真実に結びつく。

 不可視の病巣、触れえない腐毒の影が、色を持ち肉を纏ってエクセルの前へ現れようとしている。自らを掴む者へ与えるは、呪われた真実か、祝福の死か。

 それでもなお、エクセルは追いかけるしかない。




「ところでエクセルさん、買ってもらったのはありがたいのですが、この薬どうしますか? 警察に届け出るとちょっと面倒かもしれませんね」


 どう考えても職質程度では済まない。恐らくはあの店も警察の手入れが入る。そうなれば情報も取れなくなるだろう。

 何より、あの店は殺人鬼のターゲットとなる可能性が浮上してきている。


「警察はちょっと待ったほうがいいかも。最終的には警察に行くとしても、今はあの店から情報が欲しいし。

ソウジも警察から薬の中毒者とか疑われるかもよ?」


 強面の刑事達に囲まれて、果たしてソウジがそれでも無表情を通すのか。エクセルの好奇心が騒ぐ。


「僕は別に『前の男と同じものが欲しい』と言っただけで、『薬が欲しい』なんて一言も言ってませんからね。その時は『薬を購入する気はなかった』で通しますよ。

エクセルさん、さっきから薬ずっと持ったままなんですけど、その……ひょっとして試しに使うつもりですか?」


「――使うわけないだろっ!」


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