第二話 「殺人鬼《ぼく》とワルツを」
第19話 残街探索
夜の静寂の中、商人の娘リレア・ペルニドは自らが見たものを理解出来なかった。
晩餐の時間、顔を果実のように赤らめ、葡萄酒を片手にまだ二十の娘の婚期を気にしてばかりの父が、
帳簿を覗きながら、しかめ面で父を睨む母が、
つい数時間前まで、いつも通りに喋り、いつも通りに食べ、いつも通り、笑っていた両親が、何かになっていた。
――な、に……あれは?
子供の頃から、遊び場にする度に怒られていた店の事務室。
帳簿が並ぶ本棚、落葉のように無尽に散らばる、領収書や契約書などの紙資料。
その床に、赤のシミを作り存在する何か。
服の生地、骨の白、臓腑の薄桃色、乾いた血の赤、およそ人体のあらゆる内面を表装させたような肉塊。
リレアがその肉塊を見て、両親二人だと確信した事は、親子であるが故の直感としかいいようが無い。
なにせ、肉塊はそれが元は二人の人間だったと判別することが困難なほど、混ざり合っていたのだから。
「――あなたがリレアさんでしょうか?」
有り得ない事態を前に、恐慌を通り過ぎ忘我に至る彼女を、現実に繋ぎ止めようとする声が聞こえる。
「あ、あ、の……」
イドス国東部、アシュリー市、商人街のひしめき合う建物群に店があるため、窓から月明かりが入らない。彼女の持つ魔力光器の光が声の主を照らす。
幼い顔つきをした青年だった。
穏やかな物腰と、長身でありながら細い体はどこか話易そうな、それでいて神々しい雰囲気を感じる。
ただその手に、都市部では取締の対象となる剣をもっていなければ。
「あ、あなたが……? 殺、し、う、」
言葉が続かない。不意に訪れる嘔吐感、しゃがみこみ床へ晩餐のなれの果てを吐き出す。
今更、家族を殺された実感と、自らが命の危機である実感が押し寄せてきた。
「あなたがリレアさんですね? ――いいえ、僕はあなたのご両親を殺してはいません」
――え……?
予想と食い違う返答。仮に嘘だとするなら、今この状況でする意味があるのか。
「僕はあなたとご両親に用がありここを訪れたのです。ですが、訪れた時にすでにご両親は殺されていました。」
鞘から少し引き抜かれた剣。その刀身に、血の曇りはない。
「ここにくる時に、奇妙な人物を見かけました。その人物が犯人である可能性が高いと思います」
凄惨なこの場にいながら、青年に一切の表情は無い。ただ淡々と、事実を喋る。
「あの、あなたは……両親になんの用事が?」
薄暗闇の中、青年の顔を見上げる。商人の仕事柄、客の顔は出来るだけ覚えるようにしているが、その顔には覚えがない。
「いえ、用があるのはご両親とあなたにあるのです。こんなことになって非常に残念ですが、せめてあなたに対する用を果たしたいと思います」
「……用、ですか?」
虚ろな意識を振り払えないまま、呟く。命の危機は去ったようだが、自分に何をしろというのか。
「ええ、リレアさん。――あなたを」
音も無く剣が抜かれる。掲げられた長剣、その影が彼女の顔に重なる。僅かに見える刃こぼれにリレアは気づいた。
それはこの剣で過去に何か斬った証拠。そう、人を斬った痕跡。
「僕は、あなたを殺します」
刃が、彼女を斬り潰す。
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