第15話 反撃
――魔術を撃つ時間は与えん!
ウェイルーが加速、しなやかに体を捻り、左剣の突きを放つ。即座にソウジが刺突を逸らし、追撃の右剣の突きを左掌で受ける。掌を突き抜ける剣先、高周波振動で血液が常温のまま沸き立つ。
動きの止まったソウジへ、別の騎士が轟斧を振り下ろす。しかし次の瞬間、騎士は仲間を巻き込み真横へ吹き飛ぶ。とっさに放ったソウジの胴蹴りの威力だ。
――次はあの大剣使い、その次はハルバート使い……
圧倒的不利、それでもソウジの心境に変化は無い。
どれほどの多勢でも、超接近戦ならばいっせいにかかる人数には限界があるだろう。視覚を阻害された状態でも近くならば敵は視認できた。
なによりこの騎士達は訓練されたプロだ。けして同士打ちにならぬようコンビネーションを考慮、攻撃に僅かの間がある。前衛役が近くにいる限り、味方撃ちを恐れ後衛の攻撃も温くなる。それはあくまで攻撃対象が人間の範疇だからだ。人間ならば、その程度の隙を突くことは出来ない。
そう、人間の範疇ならば、
――二刀流と距離を取り、大剣使いを迎撃、背後のハルバート使いはその後で間に合う。
ソウジの視覚から、敵が減速する。ソウジの聴覚から、風が鈍く流れる。そして、勇者は加速する。
ソウジの脳は怪物だ。その構造は常人を遥かに凌ぐ。そして与えられる恩恵も別次元の領域となる。 高レベルに達した脳力の一つ、情報処理能力を最大で使用することによりソウジの思考は加速――即ち、世界を減速させることが出来た。
極限られた時間、脳の疲労と引き換えに、ソウジの体感時間は六倍まで引き延ばされていく。
ゆっくりと見える敵の動きから、即座に迎撃する相手の順番を設定。思考通りの動きで刃を防ぎ、避ける。
「っぐっ!」
蹴りで白騎士を突き放す、くぐもった声を上げ後退。間髪入れず斬りかかる大剣使いの胴へ一撃、大男が崩れる。その場で跳ねるように剣を振るう。後ろから迫るハルバートの刃が火花を上げて弾かれた。
即座に姿勢を落とすと、ソウジの頭上を槍撃が通り過ぎる。低い体勢から放つ足払いで、槍使いが地に転がった。
兵士達の連撃に、ソウジは確実に追いついてきていた。
怪物を追い詰めようとする騎士達の背後へ、怪物の牙が粛々と届こうとしている。
――こいつ、やはり……
ウェイルーもソウジの変化にいち早く気づく。対応が後手から先を読んだ先手に変わってきている。動作の速さではなく、速さそのものの質の違い、いわば判断そのものが速い。
――……
だがその程度、ウェイルーにも対応出来る。
ウェイルーの動きが加速、袈裟斬りから逆袈裟の切り上げ、更に追い討ちに回転からの切り上げを見舞う。
防御に徹するソウジ、火花を上げ剣撃を止める。しかし、ウェイルーの連撃は止まらず、より速度を上げる。
――お前も
思考を一定時間加速させる能力はウェイルーにもある。術式の効果によるものだが、攻撃力を体重と腕力ではなく、高周波振動斬撃と速度に頼るウェイルーには接近戦に置いて大きな武器だ。
「――シッィ!!」
呼吸を切るように吐き出す。加速する意志、ゆっくりと減速する世界。ウェイルーが、ソウジの世界へ追いつく。
防御の上からねじ込むように斬撃、二の太刀で刺突、踏み込んでからの三撃目で胴斬り。
放たれる双剣の連撃、先ほどよりもより鋭く、そして速く強くぶつかる鋼と鋼。
もはや最加速化したウェイルーの斬撃に、ソウジはただ防御に徹するのみ。周りの騎士も攻防に割り込めない。いや、一人いる。
寒空に乾いた破裂音が響く。同時にソウジの肩に血霧が舞った。
《――飛ばし過ぎるな、ウェイルー。部下が引いているぞ》
《……お前がついてきてくれるなら問題無いさ、マクヤ》
構えたマクヤの鉄棍から硝煙が上がる。高速のソウジとウェイルーの攻防から、的確な狙撃で彼女を援護して見せた。
マクヤの二つ名は《赤弾》。高練度の狙撃術と鉄形成術式、砲撃術式を使いこなすことからついた通り名だ。そしてウェイルーとのコンビネーションはより互いの力を引き出し合う。
「もらった!」
よろめくソウジへウェイルーが跳ぶ。一瞬で詰まる距離、双刃が唸る。
「――くっ」
とっさにソウジの左手が下を向く。今まで編んでいた魔術を解き放つ。
ウェイルーではなく、雪の敷き詰められた地面へと。
ボ ッ ! !
魔術発動の瞬間、爆発的に発生した水蒸気が視界を埋め尽くす。大量の雪が一瞬で蒸発したからだ。
「――なんだ!?」
白む視界に、ウェイルーも蛇行しながら後退。追撃に備える。
ソウジの使った魔術はミトスの風呂水を温めたのと同じ、高出力マイクロ波を発生させる魔術だ。だが金属に反射されるマイクロ波の特性上、全身甲冑の騎士相手には効果が薄い可能性がある。
ゆえに雪に放射することにより水分を高速で沸騰。水蒸気による更に濃い煙幕を張った。
――さて、
しかしこの煙幕は逃走のためではない。状況を変えるための一打だ。
コートを脱ぎながら、足音を殺し一番手近の騎士へソウジは近づいていく。
ゆっくりと、獲物を狙う蛇のように。
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