第14話 群狼

 有り得ない膂力。有り得ない回復力。そして有り得ない回答。

 少女の遺体が置かれた雪原で、月の光を浴びながら、自らの血に濡れた青年は「勇者にならねばならない」、そう断言した。


「……なるほど、やはり抵抗するか」


 吹き飛ばされた部下を見ながら、それでもウェイルーの殺意がギリギリと膨らむ。


「その言動に感謝しよう。

……貴様を斬り刻んではらわたを雪の上へバラまく、いい口実が出来たからなッ!」



 言葉と同時に鉄の群狼、周囲を囲む騎士達が動いた。


《後衛は援護で戦端を開け、マーカーを撃ち込む! 前衛はウェイルーの視覚阻害魔術展開後に本格攻撃開始、それまでは牽制に徹しろ! プラン通りにやれば問題無い!》


 全員に、魔術無線によるマクヤの指示が飛ぶ。

 マクヤの率いる後衛魔術騎士、計十三名がいっせいに構える。ソウジに向けられるは得物である長さ三メートルの鉄棍、十三本。その表面に魔術発動による複雑な光の線が駆ける。


「――狙え、撃てぇッ!」


 マクヤの号令が響く。後衛魔術騎士の魔術、弾核形成魔術ブリットが一斉に発動。鉄棍の鉄を原料に鉄弾を形成。同時に火薬精製魔術ガンファイヤで作り出した丸薬を起爆、煙が上がる。起爆力により対象へ高速の鉄弾を速射。鉄棍の長さと引き換えに、鉄弾がソウジに叩き込まれた。

 撃ち込まれる方角は二方向から、逃げ場無しの十字射撃クロス・ファイヤ


「……防げ」


 呟きと共にソウジも魔術、硬土形成ウォールを発動。魔力の燐光が走る雪を割り、泥の土壁が盛り上がる。高さニメートル、弾丸方向に対してL字型の傾斜の入った防壁だ。

 粘性の音を立て次々と鉄弾が着弾、埋まり、弾かれいく。芯に硬く土を固め、表面を粘性の強い泥で覆うことにより防弾性を高めた構造にしてある。

 並の魔術騎士を遥かに凌ぐ魔術発動速度と成形練度、しかしその程度はウェイルー達も予測していた。

 突如、土壁の数ヶ所が盛り上がる。


「――おおおおおッッ!」


 重なる男達の轟声。夜の闇を震わせる。

 土壁を次々と赤熱化した斧や刃が貫き、打ち砕く。巨体の騎士達が、壁を破壊しながら前進を開始。魔術によって強化された腕力には、急造の壁など僅かな障害にもならない。


「――焼けろ……」


 魔術を放とうとする刹那、ソウジは身を捻る。すんでの所を、ハルバートの刃が通り過ぎた。

 振り向けば後方にも数人の騎士、壁の張っていない方向に回り込まれていた。

 体勢を直そうと立ち上がった直後、バチンという軽い衝撃がソウジの背に響く。


――……なんだ?


 痛みは無い。ケガはしていないようだ。ならば何が当たったというのか。

 背中を確認、コートの背には黄緑色の蓄光塗料が淡く光る。


《マーカー着弾確認! やれウェイルー!》


《相変わらずいい狙撃の腕だ、マクヤ! 愛してるぞ!》


《だからお前は真面目に……ッッ!》


 マクヤの照れた怒鳴り声を聞き流しながら、ウェイルーは魔術構成を組み、解き放つ。


「総員、構えぇッ! 仕留める!」


 イ イ イ ィ ィ ィ ――……


 鎧を震わせる甲高い異音。ウェイルーから空気振動が展開。足元へ撃ち放つ。地を這う超振動、次々と地表の雪や塵を巻き上げていく。

 もうもうと巻き上がる塵と雪煙、夜の闇と合わさり既に視界一メートルもはっきりと見えない。


――しまった……


 ソウジもウェイルー達の思惑に気づく。


コートやズボン付着した塗料は、この煙幕の中でもはっきりとわかる。つまり、


――こちらの位置がわかる……!


 これがウェイルーの魔術、振動視界阻害シェイクジャミング。広範囲振動を利用して視界を阻害する魔術だ。

 ソウジにはウェイルー達が見えないが、ウェイルー達にはソウジのマーカーがはっきりと見える、まさに必勝の型。

 雪の幕を赤熱する刃が引き裂く。袈裟切りの剣を避けた瞬間、今度は横合いから斧が襲う。

 剣で受け止めた直後、背後を別の騎士に斬られた。焼けた肉と焦げた血の匂いがソウジの鼻を刺す。更に頬と肩を鉄弾がかすめた。

 それはノル国で虐殺を続けたソウジでも、出会ったことがないほどの高度な連携戦術だった。まさしくウェイルー達は一個の群狼と呼ぶべきに相応しい。


――我が国のつわもの共を、ノル国程度と同じに思うなよ、ミキシング!


 胸中で叫びながら、ウェイルーの双刃が煌めく。高周波振動の異音が吼えた。

 前傾姿勢のまま踏み込む。強化された肉体が地を蹴り、一瞬で加速。巻き上がる雪と共にウェイルーが消える。

 次の瞬間、ソウジの真横へ、小手斬りで左手を斬り伏せ、もう一本で喉元を狙う。

 しかし紙一重でソウジは喉突きを回避。後退しながらウェイルーから離れる。更に横合いから追撃を仕掛ける別の騎士を右手の剣一本で凌ぎ、左手の回復を待つ。


――なんだ、こいつ?


 ウェイルーの思考は違和感を察知。この男、いくら攻め立てられようと表情に変化が無い。

 不意を突かれた時も、ウェイルーに追求された時も、表情に一切の変化が無い。

 そして行動にも焦りは見えない。ウェイルー達の攻撃に、後手ではあるが明確かつミスなく対策を打っている。

 

――対応、いや、……適応が早い!


 この男、やはり何かが常人と違う、機能ではなく、言動ではなく、なにか人としての根幹が自分達とは違う。ウェイルーの戦士としての本能が叫んでいた。

 迫りくる刃を受け、凌ぎ、防ぐ。ソウジの体には幾重の傷が刻まれ、そして自動治癒で消えていく。

 これはウェイルー達が勝っているのではない。これほどの優位でありながら、ソウジの身に決定的な一撃を与えられないという結果だ。

 重ねられる傷から、血が吹き飛ぶ。

 雪原を紅に染めながら、それでも勇者の動きは止まらない。

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