第13話 激震

「さて、旅人よ」


 ずるりと、両手に握った双剣を引き抜く。

 滴る血が雪を染める。屈んだ体勢のソウジが低く呻きながら倒れこんだ。

 顔さえ包まれた純白の装甲甲冑、各部に刻まれた薔薇のレリーフと埋め込まれた紅の宝玉、そして腰に下げられた四本の細身の片手剣と二本の鞘――つまり、計六本の剣を携帯。

 怒気を潜めた声色で、静かに、だが強く六本剣の白騎士、ウェイルーが告げる。


「我々はイドス国第三騎士団国境警備隊だ。ようこそイドスへ、旅人よ、歓迎しよう」


 言葉と同時に、周囲が動く。

 一瞬、景色が歪む。魔術による迷彩隠蔽の解除、そこから次々と現れる、同じく全身甲冑に包まれた屈強な兵士達、総勢役二十五人。

手に下げられるはアックス、ハルバート、大剣等の物々しい武器の数々。何よりその統率された動きから、かなり訓練された部隊であることがわかる。


《ウェイルー、先行し過ぎだ! コンタクトはもっとタイミングを……》


《すまんな、マクヤ隊長、……だがこればかりは我慢ならん》


 短距離のみ有効な魔術無線会話(マトゥック)で呼びかけるマクヤに、ウェイルーは返事を返す。


――やはりウェイルーには子供は鬼門か……


 周囲を囲む兵士達の中で、マクヤは歯噛みをした。普段は冷静なウェイルーだが、子供絡みでは少々冷静さが薄れる。昔から、子供が酷い目に会うのだけは見過ごせない女だった。


「旅人よ、その怪我は一応急所は外してある。いまならまだ魔術医の治療魔術で間に合うだろう。だがうかつに動くと内蔵が腹圧で外に出るぞ」


 ウェイルーの言葉を聞きながら、ソウジは以前倒れたまま呻くだけだ。


「私達はお前をその少女を殺した犯人と仮定している。理由は三つだ。

一つ、お前は剣を持っている。そして少女の死因は剣による斬撃だ。このめったに人がいない山中では、剣を携帯している時点で犯人と疑う理由になる」


 マクヤ達捜索隊が到着した時、すでに少女は死んでいた。

 その後探索で発見されたのは、小屋の近くに置かれた二頭の巨獣の死体と小屋で眠る誰か。


「二つ、お前は少女の死体を発見した時には一切動揺していない、驚きも嘆きも浮かべていなかった。また少女の死体がある場所を探さずに、まっすぐこの場所へ来た。死体が雪で隠れているにも関わらずにな。

偶然見つけたのならまず驚く。身内の死体なら最初に発見した時点で弔うなりするはずだ。

つまり、お前は少女の死体がここにある事を最初から知っていたな」


 小屋に突入して身柄を確保するか、慎重に正体を見極めるか、決めようとする直前にソウジは目覚めた。


「そして三つ目、探索魔術でこのあたりの足跡を探った。この辺りは泥地だから足跡がつきやすい。

雪越しに見えた新しい足跡は二種類、その少女と恐らくは男のものだ。

小屋から出た二つの足跡はこの場所まで続いていた。

だが小屋に戻った足跡は男のもの一つだけ、その小屋の中にお前はいた」


 少女を殺した犯人、その足跡の先にはソウジがいた。ウェイルーが直感で動くには十分過ぎる材料だ。


「なぜ今更少女を抱き締めているのかは知らん。埋めてやろうと思ったのか、それとも楽しむ目的でもあったのか、そんなものはどうでもいい。

――本来なら貴様のような外道には苦しむやり方でケリをつけてやってもいいが、まずはお前の正体を聞かせてもらおう」


 血に濡れた双剣を向けた。呼応するように、体を軋ませてソウジの体が立ち上がる。

 いくら急所を外していても、背中と腹を貫通する重傷を受けて常人が出来ることではない。


「……ほう」


 小さく声を上げる白騎士。ソウジのある変化に気づいた周囲を囲む騎士も前へ詰める。

 ソウジの体からは大量の水蒸気が立ち上っていた。寒々しい空を、白の柱が昇り、散っていく。

 自動治癒により体細胞が急速分裂、それにより体温が上昇している証だ。


《……マクヤ、さっきこの旅人を刺した時、明らかに筋肉の感触が固かった、強化筋肉の感触だ》


《……なんだと?》


《気をつけろ、見た目は細いが、こいつの体は魔術による改造が施されているようだ》


 『ミキシング』である可能性がより高まる。やはりこの青年、何か有るとマクヤは踏んだ。


 イ イ ィ オ オ ォ ォ ォ ――……


 血濡れの双剣、その紅が震え血霧が舞った。ウェイルーの剣が異音を奏でる。刃を伝うは、切れ味を上昇させるための魔術による高周波振動(ヴゥーン)だ。

 ウェイルーの二つ名は《激震》。振動制御魔術を得意とする事からついた名だ。

 部下の兵士達の武器も次々と赤熱化、高熱斬撃(ヒート)の魔術により約八百度の溶断の為の熱が刃に集う。


「念のため言うぞ。……武器を捨てろ、抵抗せず我々に捕まれ」


 ウェイルーの言葉に、ソウジは無言だ。ただ、剣を構えた。


「僕を止めないで下さい。僕は……」


 言い終わるより早く、部下の一人、巨体の兵士が切りかかる。

 地を踏み割るように突進、天へ掲げられた大剣を風を切らせソウジへと叩きこんだ。


「――おおぉッ!!」


 気合いの咆哮、大質量の一撃。だが青年の無造作に振った長剣による切り上げと、鋭い金属音を上げぶつかった刹那、


――っなっ!


 巨体の兵士の腕が跳ね上がる。胸中で驚きの声を上げる兵士。

 続けて即座に青年の二撃目、真一文字の斬撃。


「おごっ!」


 胸元の装甲がベッコリと凹む。ニメートル近い体が、真後ろへ吹き飛び転がっていった。雪を巻き上げ、やがて止まる。

 せいぜい六十キロ後半程度の細身の青年が、装備合わせ百三十キロを超える兵士を真っ向から力で圧倒していた。


「……僕は勇者にならねばなりません。だから僕を止めないで下さい」


 息を呑む兵士達。その静寂の中、ソウジの言葉だけが響いた。

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