第9話 狩猟
――失敗したなぁ。
ソウジはしみじみと嘆息する。
見上げる空は晴天、周囲に突き立つは森林、踏みしめるは草、そして、
――食べる所が減ってしまった……
相対するは巨獣の骸(むくろ)。突き出た牙、豚に似た鼻、濃い紫に近い体毛、三メートルを超える体高に、五メートル近い体長。
それはイノシシに酷似した獣だった。だがあまりにも大きすぎる。目測体重はニトン以上、以前写真で見たことのあるイノシシの巨大種「ホジラ」並みだ。ソウジのいた世界のイノシシとの違いは、大きさの他には口元の牙が束になったような形状で盛大に生えていることぐらいか。
――偶蹄目、みたいだな……
横目で木の根っこのような足を観察、蹄が二つに別れていることから、やはり豚に近い動物だろう。
その巨体を寝かせながら、すでに獣に生命は無い。小さな瞳は空を見つめている。
右肩から背中にかけ、すり鉢状にぽっかりと広がる傷口。獣の胴体の三分の二近くが吹き飛ばされている。
――威力を込めすぎたな……
確実に仕留めようとして、うっかり爆発穿孔魔術の威力を上げすぎた。モンロー効果により貫通力を高めた爆風が、かなりの部分を破壊しつくしてしまった。
骨や皮を外すと動物の食べられる部分は意外と少ない。可食割合は約四から五割。今ので更に減った。ミトスの食料確保がしにくくなってしまう。
――まぁ、いいか。
ギ ュ ル ル ル ル ル オ オ ォ ォ ――……
鳴き声が唸り、木々の間を音がかける。
骸の近くには、更に二周り大きい同種の獣がいた。恐らくはつがい。オスの方だろう。ソウジの襲った獣は家族だった。仕留めたのは母親、子供は逃げた。そして、父親は今自分に立ち向かっている。
引きちぎれるような鳴き声に込められるは、悲哀と憤怒。そして逃げる子らへ「生きのびろ」という呼びかけだろうか。
この獣は、人でありながらソウジが持てなかったものを持っている。
一歩、ソウジは距離を詰める。呼応し、巨獣が吠えた。
喰う者と喰われる者が、奪う者と奪われる者が合いまみえる。
ただそこに、人はいない。
地響きを立て、突進を開始する獣。幾度もの打撃に鍛えられた牙の先は、削岩機をソウジに思い出させた。
即座に詰まる距離、大質量による重撃が唸る。だがソウジに動きは無い。
ゴ ウ ッ ッ!
巨獣の頭が大地に激突。派手な音と共に土と岩を巻き上げ、衝撃が地を伝い木々を揺らす。
だがその狭間に、勇者の体は無い。
ル オ オ オ オ ッ!?
勇者は巨獣の顔面に、張り付いていた。左手が堅い毛皮を易々と突き破り肉を掴む、それにより体勢を固定。
必死に身を捻らせ、首を振るが離れない。
「――ふッ!」
渾身の力を込め、右目に長剣が突き立てられる。吹き出る血と駆け抜ける激痛に、獣の絶叫がほとばしった。長剣の柄に刻まれた名前は「オウタ・イセジン」、かつて勇者が殺した男の得物。
「……灼けろ――」
囁きと共に、魔力が燃える。剣に盛大な紫電が走った。
剣先から突き刺さる魔術の超高電圧により、獣の頭蓋内部、神経中枢器官――脳が煮える。即座に、かつ速やかにその機能を終えた。
そして獣は肉となった。
◇◇◇
「――以上で報告を終了します」
ウェイルー・ガルズの報告を、自らの机の上で聞きながら、軍団長、ロベックは静かに息を吐く。その両目は、氷のように凍てついていた。
軍団長室、中央に構える机には書類が乱雑かつ無造作につまれている。そこに紛れこむ領収書、手紙、勲章、小説などの雑品。あまり体面にこだわらないロベックの趣味が出た部屋だ。
「なるほど、……どうやら最悪の事態を想定せねばならないようだな、マクヤ、ウェイルーよ」
最悪、そうウェイルーの報告はすでに自国内に実行者、『ミキシング』が侵入した可能性を示す。
「団長、足跡などから現場にいたとされる人数は死体を含め六人、かりに犯人がミキシングだとしても、本当にやつは一人なんですか……?」
マクヤの疑問は正しい。ロベックが言うように実行者が一人ならば不自然性につじつまが合うだけで、やはり国を消した存在が一人だけとはあまりに有り得ない。
「仲間がいる可能性はある。だがかなりの少人数であることは間違いないだろう。遺留物の少なさと、今まで消息が掴めなかったのもつじつまが合う。
だが今は山賊を殺した人間がミキシングであるという確証が欲しいな、出なければ国境線に回した兵を国内側に回せない」
まだ現状は可能性の域、奴隷側に実行者が紛れていないという確認が取れない以上、不用意に兵は裂けない。下手をすれば実行者が二手に別れている可能性もある。
「殺害場所が山道なことから、山賊は襲われたのではなく、反撃で殺されたのだと思われます。所有品と、後に見つかった隠れ家から金品や食料は消えていました。犯人に盗られたと思われます。
……団長、私はこの犯人はミキシングだと思います。国の人間を全員消すなどという狂気を実行する以上、普段の行動にもそれがにじみでるはずです。
単純に殺すだけならば、挽き肉にする必要や背骨を引きずり出す必要はないでしょうから」
ウェイルーの言葉に、団長とマクヤも頷く。昔からウェイルーの直感は外れたことがない。
「マクヤ隊長、ウェイルー副隊長、君達の部隊には近くの部隊から兵員をある程度回そう。
それで周囲を探索して、山賊殺しの犯人を探してくれ。
ただし、ミキシングである確証が得られたなら、無理はせず観察に徹しろ。撃破は十分に人間を配置してからだ」
ロベックの安全策を重視した手堅い命令。自らの立場や面子に頓着せず、常に確実な手法と明確な目的の元、作戦を指揮、立案できることが、多くの兵士からロベックが指示を集める理由だ。
「了解しました、では任務に戻りま……」
「ああ、そうだお前ら」
身を翻そうとする二人へ、ロベックが声をかける。先程までの緊張した様子ではなく、親しげな調子だ。
「この間の話、養子の募集の件だが今問い合わせた所、両親がいない三歳の男の子と五歳の女の子がいるそうだ。どうだ、あって見るか?」
「三歳と、五歳ですか? 結構大きいで……」
「会います。ぜひとも」
マクヤの声を遮りウェイルーが答える。普段の冷静な表情から、明らかに嬉しそうな雰囲気がにじみ出る。
「おい、ウェイルー。会うのはいいが、こういうのはもうちょっと冷静になれ、お前は子供を見るとすぐかわいいと世話を焼こうとするから……」
半ば呆れ気味に声を上げるマクヤ。ウェイルーの子供好きには昔からつき合わされている。
「いいではないか、子供なんて山ほどいたっていい。どうせもう少しで私は任期が切れるんだ、育てる時間は山ほど……」
ウェイルーも引かない。二十代後半でありながら子供は五人以上欲しいと本気で思っている女だ。
「お前ら、夫婦喧嘩は部屋を出てからやれ! あと任務を終わらせてからな」
熱が上がる二人を抑えるロベック。結婚の際、二人の仲人を務めたのも彼だ。
夫婦を見つめるロベックの眼は、どこか優しかった。
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