閑話:タータのいない日
「うーん……」
ベッドの上で大きく伸びをしてから、そっと床に降り立った。いつもなら、美味しそうな朝ご飯の匂いがするのだが今日はない。そう、今日から3日間の休暇届けが出ている。家業の手伝いだそうだが、閉門時間の関係で昨日の夜ご飯から固くなったパンしか食べていない。全く、何の手伝いなのやら……。
「さて、メシ作るかメシ……」
ダラダラとキッチンに移動し、今やタータの城となっているこの場に立つと、なにかこう妙な感覚である。この前の改装で、全てがタータの身長に合わせられているようで、なんだか使いにくい。はて、どうしたものか……。
「街に行くか……」
開門時間にはまだ早いが家の外に出ると、馴染みのくたびれたボロ馬車に乗った。もはや、よほどの田舎でなければ見なくなった馬車。この王都に関していえば、他に皆無と言っていいだろう。魔力で動く車という乗り物に全て代替えされた。飛行機を持つ私が馬車。なんかミスマッチではあるが、車など買う余裕はない。飛行機や関連装備はスクラップ同然のをタダ同然で買ったものだし、一通りのメンテは自分でやっている。金がなければ手を動かすしかない。
「しっかし、この馬車もそろそろ限界かな……」
ガタガタ揺れる馬車を操りながら、私は思わずつぶやいた。未舗装路ではあるが、歪んだ車軸が実に不快な振動を伝えてくる。そろそろ車軸が折れてもおかしくない。
「馬車の修理屋……なんてもうないわよね。どうしたもんだか……」
さっきも言ったが、例え修理屋があっても金がない。部品だけ買って自分の手を動かすしかない。しかし、その部品屋が無いとなると……面倒だけど自作か。
などと考えていると、まだ開いていない門の前に待ちの行列が出来ている。
「さて、並びますか……」
この時間はいつもこれだ。スタイリッシュな乗用車や大型トラックの列の最後尾に並び、なんか妙に肩身の狭い思いをしながら待った。
そして、開門の鐘が鳴る。ゆっくりと列が進み始めると、その動きに合わせてソロソロ馬車を進める。
「よう、アリス。今日も買い出しか?」
たっぷり1時間近く待たされ、門の衛兵に声を掛けられる。壁の外に居を構えているとはいえ、私はこの街に住民登録をしている。適当だが一応身分証を提示して街中へ。
「さて、ご飯、ご飯♪」
馴染みの店まで行くと、私は馬車を降りて店内に入る。
「あらぁ、久々ね。注文はいつものでいいの?」
店のオバチャンが声を掛けてきた。
「うん、いつもので」
適当に席に座り、しばらくして運ばれてきた料理を食べる。お粥という白米を煮込んだ料理だ。この店で1番安いメニューだが美味い。銅貨3枚だ。
ささっと朝食を済ませると、馬車で街中を移動していつものパン屋でパンを仕入れ、他にも葡萄酒やらなにやらを仕入れ、私は馬車でゆっくりと街を出た。このまま家に帰ってもやる事がない。私は広大なスペースを持つ陸軍の基地を訪れた。ここには武器などを横流ししてくれる「お友達」がいる。なにかこう馬車の車軸を直せそうな部品を探しに来たのだ。
「恐れ入ります。身分証を……」
当たり前だが、基地のゲートで止められる。私は普通の身分証明書を示した。
「エグゾセ・エタンダール中佐に会いに来たの。取り次いでもらえるかしら?」
私は門番にそう告げた。
「はっ、かしこまりました。少々お待ち下さい!!」
いかにも訓練された動きで門番は詰め所に行き、電話でどこかに連絡している。まあ、もう何度もやった決まり事だ。
「お会いになるそうです。3番格納庫に来て欲しいとの事でした!!」
私は民間人なのに小さく敬礼をして、門番はゲートを開けた。馬車を基地内に進める。これが初めてではない。慣れたもので、迷うことなく基地の外れにある3番格納庫に到着した。ここはもう使っていない廃墟である。公式記録ではね。
「おう、今日は何を探しにきたんだ?」
やたらフランクに話しかけてきたのは、私の目的とする相手だった。
「この馬車がそろそろ限界でね。車軸に使えそうなブツはある?」
私はエグゾセに聞いた。
「まあ、あるにはあるが、いっそ車に乗り換えたらどうだ? その馬車を基地内移動用として高く下取りするぜ?」
エグゾセは小さく笑みを浮かべる。
「いいけど、高くて買えないわよ。荷物運びもあるから、それなりに荷物を積めないといけないし……」
「デカい荷物なら牽引トレーラーに積めばいい。今はなかなかいい出物はないが、これならあるぜ。もう廃棄寸前のポンコツだけどな」
そう言って彼が指差したのは、いかにも古そうなハーフトラックだった。ハーフトラックとは、前輪だけ車輪で後輪はなく、代わりに履帯になっている。昔流行った輸送車だ……。
「あのねぇ、なんでハーフトラックなのよ。モロ軍用でさすがにヤバいでしょ?」
まともなものは期待していなかったが、予想の斜め上を行くブツだった。
「大丈夫だ。武装は外してあるし、タダのゴツい車だ。早いところ捌きたくてな。牽引トレーラーはサービスする」
いつにも増して押しが強い。しかし、こんなものどうするのさ!!
「一応車の免許は持ってるけど、さすがにコレは無理よ。動かし方も分からない」
思わずため息をついた。せめて、後輪も車輪がいいな。装甲車とかなかったんかい!!
「訓練場は開いているし、練習すればいいさ。まずは乗ってみろよ」
はぁ、ダメだ。コイツはこうなると止まらない。
「基本的に動かし方は車と変わらん……」
解説が始まった。私は運転席に座り、レクチャーされるままにエンジンを掛ける。魔道器が上げる甲高い音と共にガラガラとうるさい音が響く。要らん、こんなもん要らん!!
「行くぞ。まずは前進からだが……」
言われるまでもなく死ぬほど重いクラッチを踏みギアを1速に叩き込むと、そっとアクセルを踏む。ドガガガと轟音と共にハーフトラックは動き始めた。ますます要らん。こんなもん!!
「いい調子だな。このまま演習場に行くぞ!!」
ガタガタとコンクリ舗装を抜け、地面は土に変わった。ちなみに、ハンドルは恐ろしく重い。
「お前、本当に初めてか? 普通はエンストばかりして進めないぞ!!」
派手な轟音の中、エグゾセが感嘆の声を上げた。しかし、こんな大仰なものは要らない。移動が出来て時々荷物を運べればいいのだ。
「まあ、乗っていて楽しいけど、さすがにこれはないわよ。街に行く度にこれじゃ……」
「今なら在庫一掃セールで金貨3枚。牽引トレーラー付き。格安だぞ」
……うっ、確かにそこらの車より遙かに安い。少し気の利いたレストランで食事しても金貨3枚では済まない。
「他になんかこうないの?」
私は一応聞いてみた。いくらなんでも、これじゃねぇ……。
「そうだなぁ。車らしい車になるとアレがあるが、その筋じゃ人気だから金貨100枚以上だぞ」
そんな大金持ってない。だったら、普通に適当なトラックを買っている。
「分かった、長い付き合いだもんね。これ貰うわ」
もうヤケクソで私は言った。
「毎度!!」
こうして、私の愛車は馬車からポンコツハーフトラックに変わったのだった。もちろん、武装無効化済みであるが、いいのか?
「ううう、やっぱり目立つ!!」
昼ご飯も街で済ませたが、古いハーフトラックで街中を駆け抜ける人など私しかいない。だたの間抜けである。夜ご飯は昼買い込んだ食材を使って料理……なわけがなく、なんかの唐揚げと発泡酒だ。荒んだ晩ご飯だと自分でも分かっている。
これがあと2日続くのだ。考えただけでもゾッとしない。
「さて、寝よう。やる事ないし……」
タータがいないとこれほど寂しいものか。全くもって情けない話しである。
「あーあ、気づいたらタータに対する比重が大きくなっているのよね。あの見た目5才に ……」
全く恐ろしい事だ。私が誰かに寄りかかるなんて……。
「いいや、寝よう!!」
起きれば朝がやってくる。私は完全に自炊を諦め外食である。例によって列に並び、街中に入るために待つ。開門と同時に列がソロソロと動き始め……。珍しく街の方から人が出てきた。大勢の警官を引き連れて……。
「むぁてぇぇぇ!!」
全身黒ずくめが2人、大人と子供だろうか? 大人の方が小脇に大きなものを抱えている。警官に追われている事から考えて、盗賊かなにかだろう。善良な市民としてなら協力すべきなのだろうが、好き好んで面倒ごとに首を突っ込む気はない。
私のハーフトラックの脇を駆け抜けて行く一団を見送り、私はいつも通りお粥の朝食を楽しんだのだった。今日も平和な1日である。よきかなよきかな。
今日の夕刻からタータが戻って来る。といって、特になにか準備するわけでもない。
タータの成績表を書いてると、玄関のドアがノックされた。
「開いてるわよ~」
夕刻も迫り、家を包む結界は展開済み。中に入れるのはタータだけだ。
「こんな時間に申し訳ない。アムラーム殿」
中に入ってきたのは、タータとお父さんのテリアさんだった。
「僕、ご飯作ってくる!!」
タータはそう言い残してキッチンへと消えた。
「大変申し訳ないのだが、トラックから降ろすのを手伝って欲しいのだが……」
トラック?
「そんなに大きなものですか?」
テリアさんはうなづいた。
「家の馬鹿せがれがお世話になっているお礼に、私のコレクションから絵画を寄贈しようと思ってな。さほど大きな物ではないが、少々重い……」
……なるほど。じゃない!!
「いえ、いいですよ。授業料だけで十分です」
絵画なんて飾るような家ではない。もったいない。
「いや、これは私の気持ちだ。全部で24点ある。全て有名な絵だが、良く出来た贋作だ。気にしないで貰いたい」
……贋作か。ならいいわ。要するに偽物なら大した値段ではないだろう。
「分かりました。ありがとうございます」
この好意を受け取ることにした。タータのお父上と一緒に外に出ると、そこにには大きなトラックが止まっていた。普通音がするものだが、特殊加工でもされているのか全く音がしない。
「では、魔法で……」
1枚1枚運んでいたらキリがない。私は魔法でトラックの荷台から一気に絵を浮かせ、そのまま家の中に運び入れた。絵のセッティングはテリアさんがやってくれる。控え目に言ってもセンスがいい。単なるぼろ家が一気に気の利いた美術館のようになった。
「よし、これでいいだろう。息子の事は頼んだぞ」
そう言い残し、テリアさんは帰ってしまった。タータが料理の仕込みをしている間、私は飾られたばかりの絵の1枚をさりげなく「鑑定」してみた。
『本物』
……。
もう一回「鑑定」したが結果は同じだった。
私は慌てて全ての絵画を「鑑定」したが、全て本物だった。
「タータのお父さんって……」
いや、考えないでおこう。世の中には知らない方がいいこともある。
こうして夕刻から日が落ち、夜はゆっくり更けていくのだった。
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