第10話 ゴージャスな夜?

「すっごい夜景ね。さすがロイヤルスィート!!」

 眼下に望むのはまるで金貨でもばらまいたような街の明かりと、その向こうの街壁で区切られた闇。私の家も微かに見える。まさに、絶好のロケーションだった。

「そろそろ食事が来ますよ」

 タータが心なしか嬉しそうに言う。ここまで来て、さすがに自炊するほど馬鹿じゃない。2人揃ってシチューとパンをルームサービスで頼んである。待つ事しばし、呼び鈴が鳴らされ料理が運ばれてきた。

 さっそく晩ご飯となったのだが……。

「あれっ、気のせいかあまり美味しくないわね……」

 いい香りを放つシチューは美味しそうなのに、食べてみるとそうでもない。

「いえ、気のせいではありません。これではダメです!!」

 タータが難しい表情を浮かべた。

「これは、まず……」

 長いので割愛。たっぷり30分近く語ってくれた。

「……というわけで、こんな料理でお金を取ってはいけないです。さっそくお父さんに伝えておきます」

 その間に食事を終えていた。あまり美味しくないと感じてもご飯はご飯。ありがたく頂かねばならないのだ。

「あれ、食べてしまいましたか。こんな料理でもない料理を」

 心底残念そうにタータが言う。

「もちろん、お金出しているし、食材に罪はないからね」

 美味しくないといっても、私の料理と比較したら雲泥の差だ。文句を言えた義理ではない。

「それにしても、なにか広すぎてどこに居ていいか分からないわね……」

 居心地が悪いというわけではないが、やはり落ち着かない。私の家もこのくらい広くすっか? って、意味ないか。

「そうですかねぇ。僕の部屋より……むぎゅ!?」

 慌ててタータの口を押さえた。頼む、それ以上言うな!! 何者なんだ、タータの家は!!

「そそそ、それより、これからどうする? まだ寝るには早いし……」

 思い切りどもりながら、私はタータに言った。頼む、これ以上謎を増やさないでくれ。

「そうですねぇ。あっ、教材一式を持ってきたので、授業をお願いしたいのですが……」

 ……ここにきて授業か。まあ、いいか。

「はいはい、教材……って、おい」

 タータがテーブルに広げたのは……大人の絵本だった。

「あわわ、間違えました。こっちです!!」

 タータが慌てて片付ける中、私はソファを立ち素早く呪文を唱えた。

「オーディン!!」

 広い部屋一杯に描かれた魔方陣からそれは現れた。6本足の馬スレイプニルに跨がり、通せぬ物はないというグングニルの槍を構えた戦神オーディン。私のすぐ横に立ち、スレイプニルが勇猛にいななく。

「す、凄い……」

 タータが目を白黒させているが、そんな事はどうでもいい。

「……ねぇ。今のわざとやったよね?」

 私は静かに聞いた。

「本当です。間違え……」

 ジャキンと音を立て、タータの顔をかすめたグングニルの槍。彼の顔が見る間に真っ青になっていく。

「怒らないから、正直に話してごらん?」

 1度オーディンを下がらせ、私はタータにもう一度静かに聞いた。

「嘘です。もう怒って……!!」

 ジャキン!!

「さぁ、『召喚術』の授業を始めましょうか。いつもと違って、今日はスパルタ方式なのでよろしく」

「ううううう」

 こうして、私は特別授業始めた。いけね、高級ソファに穴を開けちゃった。怒られないかな……。


 私の授業により血反吐を吐き、大いに泣きまくったタータが、今目の前のベッドの上で寝ている。恐怖で卒倒するまで追い込み、そのまま寝かしたのだ。

 本来、召喚術はこうしろああしろといって無理矢理追い込んで教えるものではない。これはお仕置きだ。授業ではない。

「フフフ、私を怒らせたらどうなるか、思い知ったか……」

 タータの体をポンと叩いた瞬間、恐ろしい速度でその手を思い切り掴まれ、ベッドの方に引き倒された」

 ……ちょ、ちょっと!?

 タータの隣に引き倒され、ベッドの上でうつ伏せにされた私は身動きが取れない。背中で右手の関節がキメられているので動けないのだ。

「お父さん仕込みです。痛いですよね? 動くともっと痛いのでじっとしていて下さい」

 タータの声が聞こえたが、なんかいつもとトーンが違う!! そして、タータのオヤジ! こんなもん息子に仕込むな!! てか、何者よマジで!!

「ちょ、ちょっといい加減放しなさいよ!!」

「嫌です。これで先生は……僕の……物」

 そのままドサリと私の上に倒れ込むタータ」

「ぎゃぁあ、マジ痛いからどけ。ギブギブ!!」

 キメられた関節の上に倒れられたのだ。骨が外れそうなくらい痛い!! 泣くぞこの野郎!!

 こうして、私の長い夜はスタートしたのだった。


 翌朝……


「あれ、先生がなんでここに……ブッ!?」

 どうやらここちよいお目覚めだったようで、間抜けな事を抜かしやがるタータの顔面に動く左手でグーパンチを叩き込んだ。途中でタータを思い切り蹴り飛ばし、一瞬だけ目覚めた瞬間に右手は開放されたが、そこまでに相当なダメージを受けていて、当分使いものにならないだろう。

 なぜベッドから離れなかったのか。それは、今度は強烈な抱きしめ攻撃に遭ったのである。どれだけ暴れても離れないタータに、私は戦慄さえ覚えたくらいだ。

 そして、朝。当然寝ていない私は非常に機嫌が悪い。当たり前だ。

「あ、あの、僕なにかやらかしちゃいましたか? 寝ぼけ方が半端ないって言われているのですが……」

「……」

 私は黙って「投影」の魔法をつかった。スクリーンとなった寝室の天井全体に、昨夜の惨事が映し出される。この画像は私を常時監視している魔法庁の「映写」魔法の画像。強大な召喚獣を呼べる召喚術士には、使用許可を出す代わりにこうした監視が付く。本来は監視対象がその映像を見る事は出来ないのだが……まあ、そこは色々と手はある。半ば黙認されている行為だ。

「えっ、これを僕が!?」

 ちなみに、音声付きである。こんなもんまで監視されているのはお恥ずかしい限りだが、なにか事件でも起こらない限りはいちいちチェックされないので、そこはご安心をって感じかな。

「そう、僕がやったの。お陰で右手は使用不可。オマケに睡眠不足。どう落とし前付けてくれるのかしら?」

 額に怒りマークが浮かぶのが自分で分かった。

「と、と、とりあず回復を。フェアリー!!」

 何も出ない。当たり前だ、こんな集中力散漫では何も起こせない。

「なってない。やり直し!!」

 ……馬鹿ですか、私は。なに授業してるのやら。

「あわわわ、ふぇありぃぃぃ!!」

 ……よけい酷くなった。先生は悲しいです。

「この馬鹿。どんな時でも心乱すなと言ったでしょ。出来るまで繰り返し!!」

「イエス・マム!!」

 ……だから、こういう教え方はダメなんだって。って、今そういう話題だったっけ?

「こら、分かってない。腕立て30!!」

「イエス・マム!!」

 ……ダメだ私。色んな意味で。

 結局、私の怒りはうやむやのうちに吹き飛ばされ、タータの挑戦が延々続くのだった。

「まーだ分からないのか、このファッ○ンウジ虫野郎。腕立て100!!」

「イエス・マーム!!」

 ……シクシク。私、こんな子じゃないのに。てか、そもそもそういう問題じゃないのに。


 ホテルを出たのは夕刻近く。場違いなボロ荷馬車で街門へと急ぐ。まあ、余談だが、腕立て500まで粘ったタータだったが見事に撃沈した。少しだけスカッとしたのは言うまでもない。

 ギリギリで門を抜け家に帰ると、タータはさっそく夕食の準備に掛かる。私はお休みしていた「散歩」……と行きたかったが、右手が使えないのでやはりお休み。代わりに回復にかかる。タータがいつまで経っても呼べなかったフェアリーをダース単位で揃え、一気に回復してもらう。ちなみに、似たような召喚獣でシルフという風の妖精もいるが、こちらは武闘派で、風の刃でバシバシ切り裂く。間違えて呼ぶと事故に繋がるので注意だ。

「ふぅ、無理しなきゃ大丈夫か……」

 完治はしていないし違和感は感じるが、動かせないほどではない。私はフェアリーたちを帰した。

 タータの料理が出来るのはまだ先だろう。私は寝不足分を取り戻すべく、ソファに横になって目を閉じたのだった。

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