第9話 正体不明な父
タータとの食事が終わる頃、私は彼の実年齢と一緒にデザートを飲み込んだ。それがどうした。やっと思えるようになった。思うしかないだろ、見た目はガキのくせに!!
「先生? なにか殺気が……」
タータがちょっと椅子から腰を浮かせる。
「気にしないで。何に怒っているのか、自分でも分からないから!!」
「えっ、怒っているんですか?」
……分からん!!
「少なくとも、あなたの料理じゃないわ。いつもありがと」
とりあえず礼を言う。料理は最高だった。
「あの、気分転換になるか分かりませんが、今日もお酒を……」
タータがどこからともなく、角張った瓶を取り出した。これは葡萄酒ではない。琥珀色をしたそのお酒は、この国ではまだ一般的ではないが……。
「ウィスキー。しかも、この銘柄は!?」
国内では生産されていないのでそもそも高いのだが、これはその中でも超一流のブランドである。私が買えるような代物ではない。前回の幻の葡萄酒ほどではないが、またとんでもないものを持ってきたもんだ。
「例によってぱく……頂戴してきました。これは僕も飲めますので……」
……またか。そろそろ止めておくか。
「あのねぇ、いい加減勝手に持ってくるのやめた方がいいわよ。もう手遅れな気がするけど、持ってくるならちゃんと親に断ってから……」
「あれ、このお酒は嫌いですか? それなら持ち帰りますが……」
……そうじゃなくて!!
「あのねぇ、盗みと同じよ。盗品を好きな女と飲むの?」
すると、タータは泣き顔になった。久々に見る。やはり可愛い。この132才め!!
「あーもう、分かったわよ。これが最後よ!!」
……あれ、意図していない言葉が出たぞ。なんで折れる私!!
「はい、さっそく楽しみましょう!!」
涙を引っ込め、タータは笑顔になった。嘘泣きかよ!!
「あー、なんかどんどん乗せられてる気が……」
「気のせいです!!」
……くそ、私じゃ132才には勝てねぇ!!
こうして背中を押され、私たちはサロンに来た。タータがお酒をサーブし、ゆっくりとグラスを傾ける。ロック? 水割り? 馬鹿者。このお酒はストレートだ!!
「……泣けるほど旨い」
思わず涙が出た。それを、そっと拭ってくれるタータ。ちきしょう、優しくするな。よけいに泣く!!
「泣いて頂けるとは、持ってきた甲斐がありました」
ニコニコ笑顔のタータが、わざわざ私の隣に座って一緒にお酒を飲む。見た目5才なので違和感が半端ない。
「あっ、危うく言い忘れるところでした。父がこの街にホテルを建てたのですが、1度泊まりに来て欲しいとの事でした。僕とのセット割引で宿泊料はタダ。最上級のロイヤルスィートを確保します。さっそく明日にでも……」
……本気で何者だ、タータの父上様は!!
「い、いいけど……。こんなボロ服しかないわよ」
どんなホテルかは知らないが、私の服はいい加減くたびれた黒いローブしかない。どんなホテルかは知らないが、ロイヤルスィートまであるようなホテルが庶民的なはずがない。
「大丈夫です。すでにドレスは用意してあります。見た目でサイズは分かりますから」
うぬ、恐るべし見た目5才!!
「……なんか、眠れる自信がないんだけど」
「大丈夫です!!」
……何が大丈夫なんだ?
「では、明日の朝さっそく手配しておきます。今日はお酒を飲んで楽しみましょう」
完璧に見た目5才ペースだ。しかし、実際は132才。勝てる相手ではない。
「よし、飲むか!!」
こうして、夜も更けて行くのだった。
「……」
想定以上だった。ホテルはこの街の一等地に建つ60階建て。見た目からして豪華だが、中身はとてつもなく異次元だった。もう1度言おう。タータのオヤジななに者だ!?
着慣れないドレスに身を包み、最初はガチガチに緊張していた私だったが、教育が行き届いた従業員のフレンドリーな応対で徐々にリラックスしていく。ただのホテルだ。臆する事はない。
「さて、行きましょう」
フロントで手続きを済ませたタータが私の元にきた。手には鍵が握られている。
私は従うしかない。ここは私のフィールドではない。全く、こんな場所に連れてきてなにを考えているんだか……。
「このエレベーターです」
それは、高層階直結の急行エレベーターだった。こんなものまであるなんて、つくづく驚かされる。
エレベーターに乗ると、タータは迷わず最上階の60階のボタンを押した。さて、なにが待っているか……。
部屋に入ると、私は愕然とした……いや、広すぎでしょこれ。私の家どころではない。
「どうですか?」
タータが聞いてきた。
「いや、どう言えばいいのか分からない……」
ううう、私の家の方がいいよぅ。なんか落ち着かないよぅ。
「寝室はこちらです。リビングはここで……」
タータが説明してくれるのだが、全く耳に入ってこない。豪華さを押し出したゴテゴテした部屋ではなく、非常に落ち着いた部屋ではあるのだが……。落ち着かねぇ!! 貧乏人には落ち着かねぇ!!」
「とりあえず座りましょう」
私とタータは並んでデカいソファーに座る。多少は落ち着いたが、帰りたいよぅ!!
「そのドレス似合ってますよ。選択に間違いはなかったですね」
そのドレスが何ともはや。似合っているかどうか分からないが、着慣れない服は落ち着かない。
「ありがと。でも、なんか落ち着かないから着替えていい?」
タータには悪いが、これでは談笑すら出来ない。気に障ったかと思ったが、タータは笑みを浮かべた。
「もちろんです。僕も楽な服に着替えてきます」
タータは寝室に消えた。私も着替えないと……。1泊くらいと油断していたので、着替えをもって来きていない。仕方なく、ホテル備え付けのバスローブのような服に着替えた。
寝室から出ると、先にタータが出ていた。彼は普段着だった。
「あれ、着替え持ってきていなかったんですか?」
さっそくタータがツッコミを入れてきた。……うるさい!!
「油断していたのよ。さて、これで少し落ち着いたわね」
ソファに座るとタータが隣に座った。そして、いきなり上半身を私の膝上に倒してきた。
……やれやれ、いきなり甘ったれモードですか。まあ、いいけど。
「子守歌でも歌う」
タータは首を横に振った。
「眠くはありません。ただ、しばらくこのままいさせて下さい……」
まあ、いいか。私はタータの気の済むまで、そのまま動かずそっと彼の髪の毛を梳いたのだった。
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