第7話 これだから異種族は!!
「へぇ、新婚旅行ねぇ」
授業前、タータがそんな話しを持ってきた。もちろん、私たちではない。イスタル王国の王子と姫が、世界一周の旅に出ているらしい。優雅なものだ。
「はい、何でも23才だったか24才だったかのお姫様と8才の王子様みたいですよ」
塾は基本的に屋外だ。折りたたみ式のテーブルと椅子を出し、そこが「職員室」になる。
「へぇ、結構な年の差ね……って、うちもか」
タータの見た目年齢は5才くらい。手元にある書類でも5才。しかし、これはあくまでもエルフ年齢。人間年齢に直したら、下手すれば……。
「ねぇ、タータ。年齢教えて。人間年齢で……」
何とはなしに聞いてみた。深い意味は無い。
「人間年齢ですか? えーっとひゃ……」
「ストーップ!!」
タータの言葉を慌てて止めた。いま、100って言おうとしたわよね。ね!?
「どうかしましたか?」
私はきょとんとしているタータを抱きしめた。
「よーし、あなたは5才、5才、5才!!」
とにかくひたすら呪文を唱えた。迂闊にエルフの年齢なんざ聞くものじゃない。
「先生、強すぎです……」
はっと我に返ってタータを見ると、咳き込みながら激しく呼吸している。どうやら、息が出来なかったらしい。
「さ、さて、今日の授業は終わりよ。いつも通り家まで送るから。また夜くるんでしょ?」
「はい。市場を見て食材を仕入れてから伺います」
ようやく呼吸も整ったようで、タータがニコリと笑った。この可愛い奴め。
「じゃあ、馬車の準備するから、ちょっと待ってね」
こうして、いつもどおりの日常が過ぎて行く。
「相変わらずいい腕してるわ……」
今日のメインは魚だったが、毎晩食べているのに飽きが来ない。いつの間にか、タータはキッチンと寝室を手に入れている。いっそ、タータの寝室を作ってやろうか悩むところだが、それはやってはいけない。そんな気もする。全く、どこまでも悩ませてくれるやつだ。
「さて、片付けちゃいましょうか」
杖をトンと床を叩く。皿や各種調理器具が宙を舞い、所定の棚に収まって行く。これもいつも通りだ。
「さてと……。いつも通りサロンに行きますか」
タータに声を掛けた。
「あっ、今日はとっておきを用意してあります!!」
タータはどこからともなく葡萄酒のボトルを取り出した。
「こ、これは!?」
名シャトーではあったが、すでに倒産しているため入手困難。しかも、最高傑作といわれた年に作られた逸品。金貨何枚叩いても手に入れられないだろう。物がないのだから。それが、なぜタータの手に!?
「お父さんのコレクションから持ち出しました。よく分からないですけど、美味しそうだったので」
「こ、殺されるわよ!?」
これは飲んだらいけない。元あった場所に返してきなさい!! 級の暴挙だ。命を大切に!!
「大丈夫です。お酒は飲んでこそ価値があるので」
なんとまぁ、5才で生意気な事を言いおる。何が大丈夫なんだか。
「いやぁ、さすがに飲めない……って、栓開けちゃったし!?」
タータは鼻歌交じりにコルク抜きでポンと栓を開けていた。芳醇な葡萄の香りが辺りに広がる。葡萄酒好きならお分かりだろうが、栓を抜いたら飲むしかない。特にこの手のビンテージは……。
「ありがちな当てですが、チーズなども用意してあります。ゆっくり飲みましょう」
「……」
しゃーない、飲んでやる!!
「クレームは受け付けないわよ!!」
「もちろんです。これがあった場所には、「お宝は頂いたぜ~」と書いたプレート置いておきましたし、全く問題ありません。」
……それ、かえって逆効果じゃ? 気持ちは分かるが。
「ま、まあ、いいわ。じゃあ、さっそく楽しみますか。……あなた、飲めるの?」
ちょっと気になってタータに聞いた。
「いえ、僕は飲めません。葡萄酒は苦手でして……その代わり、今日は奮発して超高級オレンジジュースです!!」
スーパーレアなビンテージ葡萄酒とオレンジジュース……。なんか、飲みにくい。
「ま、まあ、いいわ。勝手にやらせて貰うわね。えい!!」
キッチンからグラスを2つ呼び寄せる。せめてグラスだけでも揃えたい。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
お互いにグラスを軽くあげ、それぞれに飲む。
ドッシリとしていながら、変に喉に引っかからず飲みやすい。そして、凝縮された濃い葡萄の香りが舌で解けて広がる。本物のビンテージ葡萄酒だ。
こうして、ゆっくりグラスを傾ける。タータは早々にオレンジジュースを飲み干し、完全に私へのサービスに徹している。葡萄酒を注いでくれながら、肩もみなどしてくれる。うむ、満足満足。こうして、私の至福の時は過ぎていったのだった。
「うーん、いい時間だったわ。ありがとう」
寝室に入りベッドに座ると、タータに声を掛けた。
「はい、喜んで頂けたら良かったです」
タータは笑みを浮かべながら言った。
「なんかお礼したいけど、金欠なのよねぇ……」
あの葡萄酒に見合うお礼など、到底出来るものではない。そんな蓄えはない。
「お礼なんてそんな……。これは、僕の気持ちです!!」
……あほ、余計重いわ!!
「まあ、受け取っておくわ。それじゃ、寝ましょうか」
「あの……」
自然に出来た国境線である部屋の中央をゆっくりと越え、タータが侵略してきた。
「ん? どうした??」
まあ、分からない年齢ではない。私は笑みを浮かべながらわざと小さく聞いた。
タータは何も言わずに私に近寄り、そっと耳に手を当てた。
『僕の人間年齢は132才です』
「はぃぃい?」
「では、お休みなさい!!」
さささっとソファに飛び込み、タータはそのまま寝息を立ててしまった。
「ちょっと待て。寝るな!!」
こうして置いてきぼりを食った私は、ただ呆然とするしかなかった。
種族が違うとはいえ、100個も年上じゃん。知らない方が良かった……いや、5才。5才なの!!
こうして、異種族間の違いを味わった私だった。
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