第3話 タータの料理

 居残り勉強ということで嘘の理由をこじつけ、タータと私はご両親に一緒に怒られたのち、通常授業。本人には言っていないが、筋は決して悪くない。ただし……。

「はい、集中。……惜しいんだよねぇ」

 そう、集中力が足りないのだ。呼んだことで満足してしまうのかビビってしまうのか、さすがにエルフだけあって魔力も高く、術そのものはちゃんと発動するのだが、すぐに不安定になってしまう。原因がどうにも分からない。集中力としかいいようがない。

「うー、なんででしょう?」

 タータがまた可愛い半泣きで聞いてきたが、それが分かれば師匠としても苦労しない。

「うーん、困ったわね……」

 私塾を開いて10年以上経つけれど、まだまだ私も教師見習いなのかな。

「……あれ、ちょっとその杖見せてくれる?」

「はい」

 私はタータから杖を受け取った。一見するとどこにでもある金属製の杖。実際その通りで、私が最初の杖としてタータにプレゼントしたものだ。金貨100枚も出せば、そこらの魔道具屋で買えるだろう。

「……なるほど、そういうことか。ちょっと待ってて」

 私は格納庫のシャッター脇にあるドアから中に入り、備蓄してある杖から木製の杖を引っ張り出した。

「こっちに変えてみて」

 私はタータに杖を渡す。彼はうなずき、召喚術を使った。すると……。

「ほら、成功。杖があなたの魔力に負けたのよ。私も気づかないなんてどうかしてたわ」

 召喚術において重要なものの1つは杖。召喚獣にアクセスするする上で必要だし、術の安定度にも大きく関わってくる。これがダメだと上手くいかない。

「凄い、術が安定している!?」

 1度とはいえ、最高難易度クラスのダーク・ドラゴンを呼び出したタータである。今呼び出している「フェアリー」など朝飯前だろう。蝶に似た羽根をもつ手のひら程度の大きさで、羽ばたきながらそこに浮いている。弱いながらも回復魔法を使ってくれるので、覚えておいてそんなはない術だ。

「ん?」

 フェアリーはタータの方を向き、なにか言いたそうなそうでもないような、不思議な様子で宙に浮いている。これは……。

「おめでとう。あなたはあのフェアリーに気に入られたみたいね。これなら「フレンドリー召喚」出来るわよ」

「えっ、先生がよくやるアレですか?」

 タータがビックリして術の制御を失いそうになったが、杖の性能に助けられた。この杖は、私自身である木を加工して作ったものだ。そう簡単に魔力負けはしない。

「そう、アレ。呪文教えたよね?」

 そう遠くはない未来に必要になると、私は前もって必要な呪文は教えてある。タータはたどたどしく呪文を唱えた。すると、フェアリーはタータの肩に座った。

「おっ、成功!!」

 よっ、見事!!

「うわぁ、頭の中に声が!?」

 タータはいきなりワタワタしはじめた。

「それが『思念会話』。声に出さなくても、『意思』だけで会話出来るの。こっちは声を出さなくてもいいんだけど、声に出した方が喋りやすいかもね」

 私はそう言って、杖で地面を2回叩く。すると、いつも通りスパローが現れた。

『どうした、こんな時間に?』

「弟子のお勉強よ。少しは見本になりなさい」

『……まあ、良かろう』

「タータ、慣れるとこんな感じで普通に過ごせるようになるわ。ちなみに、『フレンドリー召喚』は多数できるようになるけど、一定以上に信頼関係を築くためには……3体くらいにしておいた方がいいわよ」

 一応タータに忠告しておく。聞いてないが……。

「あ、あの、このフェアリーが僕に惚れたって!!」

 バタバタしながらタータが叫んだ。

「あらあら、それは結構。いい仲になりなさい」

 私が小さく笑うと、タータは泣き顔になった。

「僕は先生が……」

「いいじゃないの。好かれるのは悪くないわ」

 私はさらに笑う。

「ぼくはぁ、ああああ!!」

 こうして、楽しい(?)召喚の授業は終わったのだった。


「……なんで?」

 もうとうに授業は終わっている。もうとっくにタータは帰っているはずだ。しかし、夜になった今もここにいる。

「お父さんとお母さんには、今日は泊まりがけで授業と言ってあります。食材も買い込みました。さっそくご飯を作ります!!」

 タータが上機嫌で料理を始めた。

 ……なんでこうなった?

「いや、美味しい料理作ってくれるのはいいんだけど……」

 どう対処していいか分からない。家に帰すべきなのは分かっているが、ここまで強引に来られると、耐性がない私にはもう対応法が分からない。

「じゃあ、出来たら教えてね。そこの書斎にいるから……」

 ……そうじぇねぇだろ自分。無理してでも帰すべきだろ!!

 色々複雑な心境のまま、私は書斎に引きこもりを決めたのだった。


「うん、なんだろう。なんであなたの料理って、こんなに心に響くんだろう……」

 この歳になって、まさか料理に泣かされるとは……。

「それは、心を込めて……って気持ち悪いですね」

 タータが小さく笑った。

「うん、それやめて……」

 なんかもう、頭の中爆発だし!! 欺されるな。見た目は5才だけど、人間に直すと10才は軽く越えているはずだ。

「さて、食事も終わりですね。さっそく片付けを……」

「あっ、それ私やるよ。そこまで任せたら悪いし……」

 言うが否や、私は小さく呪文を唱えた。するとテーブルにあった全ての食器が、まるで出した時と逆回しするかのように棚へとしまわれていく。もちろん、洗浄から除菌まで完璧だ。

「凄い、こんな魔法があったなんて……」

「まだあなたには早いけど、こういう便利魔法は自分で作るの。そのための勉強よ」

 魔法使いに勉強の終わりはない。拗らせてマッド・ウィザードになってしまう人もたまにいる。


「さて、食事も終わったし、少し話しますか……」

 魔法で状態保存をしてあるので、綺麗に掃除されたままのラウンジへとタータを案内する。さほど広いわけではないが、ここならそれなりに落ち着いて話しが出来るという寸法だ、

「先生の家って凄いですね。何でもある……」

 タータが目を白黒させながら言った。

「無駄に広い土地だからね。さーて、タータ。なんで私になんて惚れたの。あなたからみたら、もうオバサンでしょ?」

 私は苦笑した。いくらエルフとは言っても、こんな独身街道まっしぐらの人間の女になど興味など持たないだろう。

「好きになるのに、理由は要りますか?」

 ……どや顔されても。

「生意気言ってるんじゃないわよ。質問を変えるわ。私のどこがいいの?」

 どうだ。1番返答に困るはずだ。

「どうもこうもないです。好きな人なんです。理由はありません。そんなの不毛な質問です」

 ……ちっ、返しやがった。

「先生を困らせおって……。まあ、いいわ。私の返答は……保留。そんなすぐに決断出来ないわよ」

 私は苦笑を浮かべた。この見た目5才め。

「……分かりました。勢いで結婚までと思っていたのですが……」

 アホか!!

「まあ、いいわ。それは置いておいて、普通の雑談でもしましょう」

 そして、他愛もない話しを切り出す私。こうして、私はタータと夜遅くまで話し込んだのだった。

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