第4話 遭難
翌朝……
天候はあいにくの土砂降り。タータを馬車で自宅まで送り届けて帰宅すると、さっそく朝の「散歩」の準備を開始した。
天候はあいにくだが、嵐というわけではない。これなら何の問題もなく飛行出来るだろう。びしょびしょになりながら庭を杖で2回叩き、すぐさま格納庫に飛び込んで「乾燥」の魔法で全身を乾かす。髪の毛が痛むんだよなぁ。これ。
「さて、いきますか」
いつもどおり狭い操縦席に座り、土砂降りの中に飛行機を出す。
『遅いぞ。濡れるのは余り好きではない』
これまたいつも通り庭で待機していたスパローが、不満げに言ってきた。
「我慢しなさいよ。さて、行くわよ!!」
スパローに返しながら、ゆっくりと飛行機を上昇させていく。こちらの速度に合わせ、右側に付いたスパローも垂直上昇してきた。
『遅すぎるぞ。わざとやっているのか?』
「うるさい。結構大変なんだぞ。これ!!」
全くうるさい……。
これ以上騒がれても面倒なので、飛行機を水平飛行にして急上昇をかける。完璧に不意打ちだったはずだが、スパローはしっかり付いてきた。なんか、ムカつく!!
『それで振り切るつもりだったのか。甘いな』
……くっそ、体当たりでもしてるか!!
『やめておけ。お前が死ぬだけだ』
「……」
思念会話は思った事が筒抜けになる。任意でカットできるが、すっかり忘れていた。
『早く雨雲の上に出よう。濡れるのは好まない』
スパローに言われるまでもない。飛行機は一気に雲の層を抜け、急に快晴の空になった。眼下には幻想的な雲海がどこまでも続いている。
「やっぱり空はいいわ……」
気持ちを壊されたくないので、思念会話はカットしてつぶやく。飛行機なしで生身で飛ぶとさらに気持ちいいのだが、こんな高さまで上がるのは現実的ではない。
そんな時だった。キーンと鳴り響いていた魔道器の音が、いきなりおかしくなった。なんだか焦げ臭い。瞬間的に垂直飛行モードに切り替えて推進エンジンをカットしたのは、日頃飛び回っている成果か。
推進用のエンジンと垂直に上昇・降下するエンジンは別にある。ディスプレイに小さく表示されたエラーメッセージによれば、イカレたのは推進用エンジンだ。爆発する前に止められて良かった。
『どうした?』
外部からでも異常が分かったらしい。スパローが静かに聞いて来た。
「トラブルよ。すぐに降りるわ!!」
操縦桿を操り再び雲の下へ。大雨の中、かろうじて空に浮きながら着陸地点を探す。
といっても、眼下に広がるのは海。すでに水平方向の移動能力がないので、スパローにそっと押してもらっている。
「ってかあんた、現在地くらい分かるでしょ? 私の家まで押していってよ!!」
『残念だが分からん。ここはいつもの海ではない』
……そういや、方角見てなかったな。大失敗。
「じゃあ、来た道引き返すとか……」
『ドラゴンとて万能ではない。ほとんど雲海の上にいて、地上を監視する能力などない』
……これもダメか。
「困ったわね……」
その時だった。残されたエンジンの警告音と、眼下に小さな島が見えたのはほぼ同時だった。もはや、選択の余地はない。
「あの島に降りるわ。サポートよろしく!!」
残ったエンジンが落ちれば、十分な対気速度が出ていないので即墜落する。場所が分かればスパローに押してもらえるが、それも分からないならあの島に降りるしかない。
島のなるべく平坦な場所を探すと、小さな砂浜しかなかった。私はそこめがけて飛行機を降下させて行く。ほどなく、ゴンという衝撃を伴って車輪が大地に着いた。即座に飛行機の全システムを落とす。
「ふぅ、とりあえず何とかなったわね……。
風防ガラス越しにみる空は、どこまでも雨だった。
「さてと、そろそろタータが騒ぐあたりかな?」
狭い飛行機の操縦席で夜を明かし、スパローと朝の雑談を交わしながら、ふとそう思った。天候は相変わらず良くないが、とりあえず雨は上がった。
『あの小僧か。あまり当てには出来んな』
「そういうこと言わないの。救助隊が来るにしても、あの子がキーなんだから」
先ほどとりあえず飛行機のエンジンルームを開けてみたのだが、真っ黒焦げでなにがなんだか……。とても手に負える状態ではなかった。残念だが、この機はもう廃棄するしかないだろう。となれば、待つしかない。
こんな事になるなら、自宅に「魔力灯台」を作っておけば良かった。これはひたすら強力な魔力を放つもので、面倒臭い手続きはいるが設置しておくと便利だ。
なお、有事の時に敵に利用されてしまうということで、王都には魔力灯台がない。あるのは主に飛行船が発着する港だが、どう澄ましてみても灯台の魔力は感じられない。つまり、現在地は全く不明ということだ。
「あーそろそろ魔力がキツいから、あなたはとりあえず戻って。適当に休んだら、また呼ぶから」
『分かった』
特に動作は必要ない。スパローの姿があっという間に消えた。そして1人……
「今さらね。独り身は慣れてる」
思わず苦笑してしまった。私の人生カレンダーではこんなはずではなかったのだが、なんか独身を拗らせてしまった。今頃、子供もいたはずなんだけどなぁ……。
「さーて、こういうときに役立つ召喚獣は……」
海といえば、やはりリバイアサン。でっかい波を起こして乗る!! ……意味ないなぁ。ポセイドン……海の神なので、変に呼ぶと怒られる可能性が高い。クラーケン……でっかいイカだねぇ。昔、クラーケン(天然)VSクラーケン(召喚)やったなぁ。借りてた漁船ひっくり返して、エラく怒られたなぁ。やめよう。海から離れよう……。
結論として導き出された事は、ドイツもコイツもイマイチだと言うことだった。
空を飛べる手段はあるが、現在地が分からない事には役に立たない。まあ、近くの街や村に行く作戦もありっていえばありなのだが……。
「ここは、タータの腕を見させてもらいましょうか。男の子なら頑張れる」
結局の所、私が自ら動かない理由はこれだった。我ながら酷いもんだ。酷いけど……試したくなった。タータの力量を。こんなことばっかやってるから、オトコが出来ないのよね。一応、自覚はあるのだ。はぁ……。
3日後……
飛行機に積んであった非常用食料と水がなくなった。いよいよ、馬鹿な事をやっている場合ではなくなってしまった。真面目に帰るか……。
ある召喚獣を呼び出そうとした時だ。遠くからバタバタバタ……と重低音が聞こえてくる。慌てて空を見上げると、大型ヘリコプターが1機迫って来ていた。飛行機に積んである発煙筒を着火し、着陸しても大丈夫そうな場所に放り投げる。これで、上空からでも良く見えるだろう。
「タータ、やるわね……」
どうやってここを割り出したのかは分からないが、救助隊がきた事は事実だ。お見事としか言いようがない。
ヘリコプターは急速に接近し……おっと!?
慌てて飛行機の操縦席に戻り、風防ガラスを閉じる。程なくヘリコプターが着陸態勢に入ると、そのデッカイ回転翼が巻き起こす風(ダウンウォッシュ)で、砂浜はまるで砂嵐のようになってしまった。危ない危ない……。
その砂嵐が収まらないうちに、まるで舞い散る砂をかき分けるようにして、沿岸救助隊の派手なオレンジのツナギを着た子供をセンターに、合わせて7人横並びでこちらに歩いてくる6人は大人だが……子供? まさか!?
私は慌てて風防ガラスを開け……ゴホゲホ!! うわぁぁぁ、目が目が~!?
……こほん。一部取り乱した事をお詫び致します。程なく砂嵐も収まり、やっと目が開けられるようになると、そこにはサングラスを掛けた7人が横並びで立ち、ニッと笑みを浮かべていた。そのうち1人がそっとこちらに近寄ってきて……一気にダッシュして私に飛びついてきた。そっとサングラスを外すと、それは間違いなくタータだった。
「先生、なんでこんな所にいるんですか!?」
泣き顔はやはり可愛い。
「ゴメンゴメン。飛行機が壊れちゃってね。でも、よくここが分かったわね」
彼の頭を撫でながら聞いた。
「うん、先生の召喚獣が塾に来たんです。一昨日くらいに。それで、お父さんに話したら、すぐに沿岸警備隊に連絡して……用意に手間取って待てしまいました。ごめんなさい」
「用意?」
タータはうなずいた。ちなみに、信頼度が高い召喚獣が、勝手に出現するのはままある。
「はい、飛行機の部品と整備員さん。みんな忙しいらしくて……」
……えっ?
「あのぉ、あのヘリコプターに乗って帰るんじゃ……」
「違います。その飛行機、先生の大事なものじゃないですか。だから、みんなで直します!!」
……えええええ!?
「そういうこったお姉さん。さっそく作業に掛かろう。あのヘリに大体の部品は積んだが、デカいパーツはあとで空軍の輸送機が空中投下してくれる手はずだ。いい友を持ったな。その子のオヤジさんは各軍にとても顔が利く。将軍ですら敬礼するくらいにな。困った時は助かるだろう」
そういや、救助にしてはやけに人数が多いと思ったのだ。医者かなにかかと思っていたら、整備員ですかい!! てか、タータのお父さんって実は何者!?
「では、さっそく作業にかかる。お前さんたちはヘリでジュースでも飲んでるがいい」
胸中の困惑など置き去りにして、6人による飛行機の分解整備作業が始まった。なんだこの展開は!?
「ねぇ、タータ。あなたって実は……」
「なんでもいいじゃないですか。休みましょう」
そう言って私の手を引いて、ヘリコプターに向かった。
……そう、なんでもいい。なんでもいい? なんでもいいのかこれ!?
「機体はそのままだが、もうその年代のパーツがなくてな。中身は最新型といっていい。さながら『F-335B ライトニングⅡ RS アップデート1』ってところだな。多少無理している部分もあって扱いが難しくなっているから、そこは気を付けてな」
整備員のオッチャン軍団が去り際に残した言葉だ。
後席にタータを乗せ、機体を垂直上昇させる。どこからともなく、スパローがすっ飛んで来た。
『なんとかなったようだな』
「ええ、ありがとう」
私は陰の立て役者である彼に例を言った。
『礼には及ばん。さて、帰るか』
「その前にお手合わせを。色々変わったみたいだから、この機の癖を知りたい」
私はスロットルを戦闘飛行用のミリタリーにぶち込む。キュキューンと交換したばかりの魔道器が唸りを上げる。そこからエネルギーを得た魔道エンジンが凄まじい轟音を立てた。
「うわ、凄まじく敏感になってる!!」
感覚的には操縦桿を爪の厚さ分動かしただけで、機体は恐ろしく反応する。なかなかの玄人仕様だ。そして始まる、私とスパローの模擬空中戦。恐ろしくバージョンアップされた機体ではあるが、スパローはまさに飛ぶために生まれたドラゴン。そう簡単には真後ろは取らせない。
『なんだ、遊んでいるのか?』
……くっそ、ムカつく!!
『来ないなら行くぞ!!』
いきなり目の前にいたスパローが消えた。と思ったら真後ろにいる。速すぎでしょ!!
『これで私の1勝だ。まだやるか?』
「当たり前!!」
こうして日が暮れる寸前まで、私はスパローと肉弾戦(ドッグファイト)を繰り返したのだった。
「まさか、全敗するとは……」
スパローの先導で久々に自宅に帰る中、とにかくひたすらブチブチとつぶやく。
『当たり前だ。その珍妙な機械に乗らねば飛べぬ人間に、私を打ち負かす事など出来ぬ』
……うるさい!!
まあ、癖が知りたかっただけなので勝敗は関係ないのだが、しかし、負ければ悔しい。これは当然の事だろう。
『このまま真っ直ぐ行けば見えてくるはずだ。私はもう帰るぞ』
言うが早く、スパローは燐光に包まれ消えた。眼下を注意しながら飛ぶと、スパローの言葉通り王都が見えてきた。照明で闇に浮かぶような自宅も。消し忘れではない。夜飛ぶ時もあるので、接近すると自動で点灯するようになっているのだ。
庭に描かれた✕マークを四角で囲った着陸スペースに機体を下ろすと、ソロソロと格納庫に近づき、くるっとターンして機体の「お尻」を向ける。1度降りて機体を押すためだけの車に乗り込み、そっと格納庫に収納する。これがいつもの手順だ。1人なので忙しい。
「あっ、そういえばタータを忘れてた」
せっかく救助に来てくれたのに、今の今まで完璧に彼の存在を忘れていた。
「おーい、生きてる?」
そっと後席を覗きこむと、予想通り彼は気絶していた。あーあ……。
「よっと……」
彼を飛行機から降ろし、背負って母屋へと連れて行く。なんか、前もこれね。
「よっこらせっと……」
客室のソファに彼を寝かせ、小さく呪文を唱えてフェアリーを呼び出す
「回復よろしくね」
そう、一応これでも召喚術の先生なので、このくらいなら杖なしでも呼び出せる。
せっかく帰ってきたのだ。タータの美味い飯を食べたかったのだが、彼がこちらの世界に戻るまではしばらく掛かるだろう。
「しゃーない。不味い飯でも作るか……」
時刻は深夜近く。こんな時間に食べてもいいのかという感じではあるが、お腹が空いたのだ。こんな空腹では寝られない。
バッと冷蔵庫を開け、そして閉じた。
「なにあの充実した品揃え……」
いつ買ったのか知らないが、いつもからっけつの冷蔵庫には、恐ろしいくらいの食材があった。しかも、丁寧に別けられている。タータだな。
知らない食材が多すぎて、どうしていいか分からなくなったのだ。これは、タータ待ちだな……。
そのままダイニングで待つことしばし……。
「うーん……。あっ、先生おはようございます。途中から記憶になくて……」
……言わないでおこう。何をやったか。
「起き抜けで悪いんだけど、何か作ってもらえる? お腹空いちゃって……」
何かバツが悪いが、タータに頼んだ。
「はい、もちろんです。今日は帰還記念にフルコースを作ります!!」
いや、そこまで……。
「もっと簡単でいいわよ。なんかこう、サラダ的な……」
「ダメです。もうメニューは考えました。少し待って下さいね!!」
……こうして、深夜の晩餐が開始されたのだった。お腹空いているのに。
翌朝、タータを乗せて馬車で街に入った。馬車と言っても粗末な荷馬車だ。向かう先はタータの自宅。程なく到着すると、タータの父親であるテリアさんが迎えてくれた。
「すいません。また朝帰りで……」
怒られる前に謝る。基本中の基本だ。
「いや、そんな事よりアムラーム殿が無事に戻れて何よりだ。怪我はないか?」
なんといい人だ、秘密は多そうだが……。
「はい、お陰様でなんとか……。タータ、馬車から降りなさい」
しかし、彼は降りようとしなかった。なにか様子がおかしい。
「お父様、召喚術は本来住み込みで習得するものと聞いております。覚悟は出来ました、僕はアリス先生について行きます
あっ、自己紹介していなかったわね。私の名前はアリス・アムラーム。よろしく!! って、なんかタータのヤツとんでもない事言ってないか?
「あのねぇ、今時住み込みで召喚術を学ぶ連中などいないわよ。一体どんな時代なんだか……」
ため息をつきながら、私はタータに言った。確かに、そんな時代もあったらしい。でも、今は普通に自宅から通ってくるのが当たり前だ。
「こらタータ、先生をあまり困らせるものではない」
テリアさんがタータを宥めに掛かる。当たり前だ。
「でも……」
「でももへったくれもないわ。邪魔どころか欲しいけど、今のところ住み込みはなし。師匠と弟子。その関係は崩したくない」
親の手前、さすがに彼が告白したことは言わないが、私の自宅に弟子が住み込むなんて、私がノイローゼのようになってしまうだろう。
「先生!?」
よほど意外だったのか、タータが声を上げた。
「あのねぇ、これでも女よ。そう簡単には中に入れません」
小さく笑ってやると、タータは二の句が告げないようだった。
「そういうわけで、テリアさん。よろしくお願いします、
御者台から無理矢理タータを引っぺがし、その体をテリアさんに預ける。そして、何も言われる前に馬車をスタートさせた。
「今日も料理を作りに行きます。もうメニューは考えてあるので!!」
.……毎日朝帰りですかい!!
まあ、このくらいはいいか。私は少しガードを下げたのだった。
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