【解決編】

 弘志と母は、あせっていた。

財布がないし、その盗んだとされる女も消えていたからだ。

待合室中、見渡してもいない。。。なぜだ???

と、その時まだあまり寒くない時季なのにブルーの長いコートを着て髪を後ろで束ねている50代くらいの女が弘志の横をスーーッと通り過ぎっていくのを横目で弘志は確認した。

そしてその女は待合室の出入り口へと消えていく。

弘志は、すぐに感じた。その女が、母の財布を盗んだという事を。。。

行ってしまわないうちに弘志は、すぐさま母に「あの人が財布を持っていった!」と叫んだ。

母は一瞬、戸惑ったものもその女に駆け寄っていった。


女は、逃げる様子もなく平然と歩いていた。そして言った。

「あのー、私の財布持っていませんか?うちの子が盗んだところを見た。と言ってますけど。。。」

母は、自分が見ていないので自信がなかった。

「財布?私、財布なんか盗んでませんよ。」案の定、女は言い放った。

「・・・・!?」

目撃していない母としては、もう尋ねる勇気がなかった。


この会話が繰り広げられている時、弘志は2人の所へ行こうか。と迷ったが気が小さいためか行く事が出来なかった。

あとから思えば悔やまれる場面ではあったが、その他に、待合室の椅子の上に置いてある荷物も自分が2人の所へ行くと盗まれるかもしれないという

今思えばわけの分からない不安で行け出せなかったというのも一つの理由でもあった。


そうこうしているうちに女は、自動販売機の方に歩いていく。

ついに自信をなくした母が弘志に確認を求めに戻ってきた。

しかしそれが、うかつだった。母と女との距離が空いた。

「あの人、取ってないって言ってるよ」

「そりゃ、取ったなんていうわけないじゃん。絶対あの人だって。」

母は、まだ逃げていない女のところに戻っていった。


「絶対、あなたが取った。と言ってるんですけど」

そうしたら女は、急に勝ち誇ったように

「じゃあ、私のバックの中身見て下さい。そんな財布なんてありませんよ」

母は、探すが確かにない。

一体、財布はどこに行ってしまったんだろう。


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■作者から読者への挑戦状■


一体、財布はどこにいってしまったんだろう?

ヒントは、この6話の中に隠されている。

分からない人はもう一度、読みなおそう。


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 財布は、何と自動販売機横のごみ箱の中にあった。

どうして分かったのかと言うと弘志が見つけたのでも

母が見つけたのでも、はたまた全くの別人が善意で見つけてくれたのでもない。

財布を盗んだその女自身が、教えてくれたのだ。

財布がなく気まずくなっている空気の中、女はこんな事を言った。

「ここらへん、探したんですか?このごみ箱の中とか。」


母は、不思議に思い一応ごみ箱の中を覗いてみた。

そうすると、財布がまるごとそのごみ箱の中に落ちていたのだ。

中身も確認するが何かを取られたような形跡はない。


母「あなたが入れたんですか?財布が勝手に、こんな所まで歩いて来るはずないですよね?」

女「・・・・・」

少しの沈黙の後、財布を取り返してきた(?)母は、

そろそろ弘志の受診時間だと思ったのか弘志の所へ戻ってきて、ここはひとまずおさまった。

女の方を見ると、特別逃げる様子もなく落ち着いた表情で

自分が受診すると思われるであろう整形外科の方に歩いていった。

と、ふいに弘志が、呼ばれた。

診察室に弘志だけが入っていく。

なぜか、いつも来るはずの母が来ない。

どうやら今さっき起こった出来事の一部始終を受け付けの看護婦に話しているようだった。

母はまだ整形外科の待合室で待っている女を指差して「あの人です。」とその看護婦に告げた。

看護婦は「それじゃあすぐ医事課長を呼びます。」とすみやかに対応してくれた。

診察室にいる弘志は、じっと待っていた。

医者もお母さんを呼んできて。とそばにいる看護婦に言っていた。

先に弘志にだけ医者が説明してくれたが肺の方は、問題ない。という事だった。

弘志は、少し安心したがあまり耳にはあんな出来事があった後だったので、あまり耳に入ってこなかった。

やっと診察室に入ってきた母にも同じような説明をした。

その母も弘志同様あまり耳に入っていない様子だった。

あっという間に診察が、終わった。

診察室から出てきて伝票をもらうのを待っていた時、

あの女が整形外科の受診が終わったらしく会計の方に歩いていった。

それとほぼ同時に弘志と母のほうに医事課長がやってきた。

そして会計の方にいる女に向かって「あの人ですね。」と弘志と母の方に言って

「それじゃあ、ちょっと話してきます。」と言って会計の所にいる女の方に歩いていった。


医事課長は会計を済ませている女のもとへ歩いて行き、終わるまで後ろで待っていた。

そして終わったところを見計らって、女の側に寄っていって何事かしゃべっていた。

今さっき起こった出来事についてだろう。ときおり医事課長と女が、こっちをチラチラと見る。

もちろん会計の所から待合室までは、一直線だが少し距離があるのとざわめきで何を話しているのかは分からない。

「絶対、やってない。っていうに決まってるよ」弘志と母は、言った。

2、3分話し込んでいたのだが、やっと医事課長と女は弘志と母のがいる内科の待合室の方に歩いてきた。

医事課長、看護師、母、弘志、女が一つの場所に集まる。

まず医事課長が、これまでの経緯を話す。

そして、女の方に話をふった。

弘志と母は、絶対怒り出すかやってないと言い張るかのどちらかと思っていたので、

女の言った事について耳を疑った。


「ごめんなさい。もうしません。」


不信に思ったので詳しく女の話を聞いてみる。

その女の話から分かった事は、初犯とか魔が差したとかよく捕まった人が言いそうな言葉だった。

そして最後に医事課長が、

「じゃあ、“やった”って事を認めるんですね?」と聞く。

「はい。・・・・・もうしません。」

もう弘志は疲れていたしお腹が空いていたので、早く帰りたかった。

そのあと医事課長が警察を呼ぶかどうか聞いたが、もうお昼になっていたので家族と相談する。と言って、ひとまず落ち着かせて家路に着いた。


弘志の家では、スリの話題で持ちきりだった。

事の事情を知らない者に、興奮して話す弘志と母。

「初めてって言ってたけど、絶対違うね。」

「うんうん。」


その時、電話が鳴った…。

電話番号表示システムによって、いつもとは違う人からだと言う事が分かる。

父が受話器を上げた。

どうやら、あの女の夫からの電話のようだった。


未遂だったし、精神科に通院していたと言う事もあり

さきほどの家族会議の結果、警察には突き出さないと決めたので

その旨を父が電話で伝えた。


夫は、相当ショックを受けていたそうだった。

女の話によると、スリは初めてで動機は、イライラしていたから。

何ともそれらしい答えであるが、警察には出さないと決めていたし、もう何もする事はないので一件落着、家族全員落ち着いたのだった。


そして、このお手柄事件簿は終わりである。と誰もが思っていた。

まさか、あんな事になるとは誰も思っていなかったのである。


 後日、弘志の元に一通のメールが届いた。


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23日の朝刊に、

「B市のスーパーで すり容疑者を逮捕」

というのが、載ってました。

弘志君が被害にあったスリじゃないか?と思いました。

B市に住むA・S(54歳)容疑者の手口が

この間、聞いた話とよく似てました。どうですか?

スリなんて、手口はみんな同じなのかもしれませんが・・。

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これを見て弘志は驚いた。

犯人の姓、年代、住んでいる市が同じなのだ。

さらに、この情報をくれた知り合いの方によると、

事件現場もT区。病院もT区。だそうだ。


弘志は、絶対同一人物だと確信した。

もし、あの時警察に突き出していたらすごいニュースになったかもしれない。

車イスの少年が、スリを捕まえた…。なんて表彰状も夢じゃなかったかも。。。

と馬鹿な事を考えつつ、メールを閉じたのだった。

(終)


※この物語は実際にあった出来事(事件?)を元にして書いたものです。

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お手柄事件簿 春田康吏 @8luta

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