《第63話》夜に咲く花 ⑶

 連藤を囲む団体は去っていったが、ひとり話し込むご婦人がいる。

 とても親しげで連藤から離れる気配がない。

 待ってても第二陣が来るかもしれない。

 行くしかないか───


 莉子は腹を決めると、手元の紙を握りしめ、その二人の間に踏み込んだ。


「Excuse me……」


「It's okay…  Oh, so nice your Yukata!」


 ご婦人がグッと前へでてきたかと思うと、莉子の肩を掴みながら浴衣に目を見張っている。

 一段と輝いた瞳で見つめられ、莉子はすぐさま笑顔を浮かべてみる。


「へ、あ、Thank you so much」


 なんとか返事を返すが、更に英語が続くではないか!


「That pattern is so pretty. Very nice」


 ご婦人が莉子の浴衣をなぞり、満足気に頷いている。

 連藤はいつものこととばかりに、薄く微笑み、そのやり取りを聞くに徹するようだ。

 その余裕の微笑みに怒りを込めながら、莉子はたどたどしくだが言葉を返してみる。


「Oh thanks.

 But this pattern is old type.This Yukata of Mother」


 これが私の精一杯…という、なけなしの英語だ。


「I like your style.Your mother has good sens」


 thanksと返しながら、なんとか止んだ英語の話に莉子は言葉を割り込ませた。


「あ、 I have an appointment with him」


 莉子が言うと、連藤は訝しげな表情を浮かべ、


「appointment? Excuse me, but may I ask your name?」


 本当に他人行儀な言い方だ。淡々としていながら、作った笑顔は壊さない。

 莉子はそんなビジネス的な連藤に少しどきどきしながら、


「Oh,…I'm Riko.

 Do you remember me?」


 莉子はあえて大げさに言ってみる。


「Oh,Riko…りこ……」


 連藤は首を傾げたまま、作り笑顔で固まった。


「………莉子さんなのか…?」


「Yes!」


 莉子は大きく返事をするが、連藤は止まったままだ。


「Your girlfriend?」


 ご婦人が連藤の肩を掴み、私が質問してるのよと言わんばかりに揺すると、連藤が大きく頷いたのを見て、それじゃお邪魔だわねなんていいながら離れていく。

 まだ動けないでいる連藤だが、ようやくと声を絞り出した。


「莉子さん、」


「はい」


「英語しゃべれるのか……?」


「まさか!

 おおまかには優さんからメモもらったけだけで、全然。

 浴衣の話されるとは思ってなかったからテンパったね」


 莉子は手渡されたメモを着物の帯に差し込んで、一息つく。


「ほんと簡単な英語でよかった。邪魔しちゃったよね、ごめんね」


「そんなのは全然構わない。ここで話すことなどただの世間話だからな」


 連藤はそう言いながら、莉子の頭に優しく触れ、さらに頬、肩と指を滑らせていく。

 これが連藤の中で見ているのだ。

 指に触れたものを感じて、イメージを作っていくのである。


「今日の浴衣はどんな柄なんだ?」


「浴衣の柄は大柄の牡丹になります。白地に群青色の牡丹柄です」


「帯は赤色か」


「そうです。奈々美さんは茜色って言ってました」


 連藤は莉子の肩に触れながら、優しく微笑んだ。


「とても美しいんだろうな。エマも相当気に入ってたようだし」


「先ほどのご婦人はエマさんっていうんですね」


「俺が昔お世話になったロスの上司だ。この時期にはバカンスで日本に来ている。

 今度一緒に食事をしようか」


 莉子の肩を抱き、歩き出した連藤に「無理」すかさず莉子は返す。


「俺がついてるから問題ない。

 あれだけ話せれば大体は聞き取れるだろ?」


「いやいや、キツイですよ」


 ゆっくり歩き始めたところで連藤の携帯が鳴った。


「はい、」


『お、連藤、お前も接待終わったんだろ?』


「巧か?

 ああ、そうだが」


『コッチは屋台とか回って時間なったら席に行くから、お前もそうしろよ』


「わかった。そうさせてもらう」


「巧くんから?」


「ああ。あっちはあっちで屋台をめぐるから、こちらは二人でまわれとのことだ」


「そうでしたか」


 言いながら歩き出した連藤の左腕を莉子が取る。

 うまく誘導しながら歩き出してはみたが、屋台の量が半端ない。

 やみくもに歩いても仕方がないと、一度踏みとどまるが、


「莉子さん、食べたいものとかないか?」


「したら、アメリカンドック、食べたいです」


「では連れてってくれるかな?」連藤がついと肘をあげると、莉子がすかさずその腕を取る。


「アメリカンドックまで出発進行っ」


 莉子がぐんと腕を引っ張り歩き出すが、その強引さに、連藤は思わず笑みがもれる。

 他の人ならこんなに強引に歩き出したりしないからだ。


「莉子さん、お腹いっぱい食べようか」


「もちろん!」


 歩く度に鼻歌が聞こえてきそうなステップに誘われ、アメリカンドックまで導かれていく───

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