《第62話》夜に咲く花 ⑵
広げられた二人の浴衣は古典柄ではあるが、最近の流行りの柄をかたどっていて、とても華やかだ。
まずは優から着付けが始まるが、彼女の柄は白地に藍色の縦縞が入り、そこに赤い桜の花が描かれている。白抜きの桜と赤色の桜が散らばり、大きな絵柄ではあるが優のエキゾチック美人な顔にとても似合っている。肌が白いのが際立つような、そんなデザインだ。花と同じ赤い帯を締め、ゆるく髪の毛をアップにすると、化粧直しに赤いリップを引いた。
それが最近の流行りメイクであるものの、とても耽美に見えるのだから美人な子はお得である。
次に莉子が着せ替えられるが、母親のは少し丈が長く、身幅も大きいようだ。
なぜか笑いがこみ上げてしまう。
「莉子さん、くすぐったかった?」
「ううん、違うの。
これ母のなんだけど、意外と太ってたんだなって」
「ああ、少し身幅あってないからね」
「母を思い出せて嬉しい」
莉子が少しこそばゆい気持ちで言うと、
「日本のそういうのいいなぁ」
帰国子女の優が浴衣をまじまじ見ながら呟いた。
「外国とかだと、ペンダントとか指輪とか、そういうのあるんじゃないの?」
奈々美が切り返すが、
「でもさ、指輪は指に合わせて作り直したりするし、ペンダントは下げるだけじゃん。
でも着物とか浴衣ってその人が着ていたものを着るわけでしょ?
寄り添える感じしない?」
莉子と奈々美は見つめ合い、小さく頷いた。
確かにそうかもしれない。
その人の身丈に合わせて仕立てられる着物は、その人のその時を象っているものと言えるかもしれない。
「奈々美さん、ありがとね。
浴衣着れてよかったかも」
莉子が前に移動した奈々美に言うと、ポンと帯が叩かれた。
「はい、出来上がり。帯締めも茜色で、莉子さんによく似合ってる」
姿見の前に現れたのは昔の母だ───
白地に群青色の牡丹が散らばり、さらに藍色の帯が飾り帯でしめられている。そこに茜色の夕日のような帯締めが引かれ、母が使っていた帯留めも中央に鎮座している。赤いリボンの形で小指程度の大きさだ。昔はただかわいらしいと思って見ていたものだが、どうもこれは焼き物のリボンを母が帯留めに作り直したもののようだ。それも手作り感がかなりある。だがそれが妙にしっくりくるのだから浴衣は不思議なものだ。
感慨深く眺めていると、そのまま近くの椅子へと腰掛けさせられた。
「莉子さんのことだからまとめたりする予定はないでしょ?」
「髪の毛のこと? うん、そのままで行こうと思ってたけど」
言う終わる前に優が腕を捲り上げて髪の毛を梳かし始めた。
「さ、頭の先から浴衣美人になりますよっ」
髪の毛が結い上げられている間、奈々美は瞬く間に自身で浴衣を着込んでいく。
奈々美の浴衣は朱色の朝顔が散りばめられた古典柄の浴衣だ。これも奈々美の顔ほどある朝顔が描かれ、緑の葉も散らされ、それが甘すぎないアクセントになっている。さらに深緑の帯がしめられ、そこが大人っぽさを出していてとても美しい。
「奈々美さんの浴衣姿は巧くん、惚れ直しちゃうんじゃない?」
「莉子さん、私のは?」
声が後ろからするため、少し首を傾けるが、
「優さんのは見惚れちゃうヤツ。
巧くんと瑞樹くんの顔、楽しみだわぁ」
「多分、莉子さんの姿は、みんな驚くと思いますよ」
奈々美がそう言い、再び姿見の前へと連れてこられた。
そこには見慣れない自分がいる。
「……これ、私ですか…」
「そうですよ!
ナチュラル系のメイクでもリップは赤をひいたから、ちょっと大人のツヤ感がありますねぇ」
そう、口紅が見慣れないのだ。
アイラインも引かれ、いつもよりも目が大きく見える。
うわぁ……となんとなく引いて見ているうちに奈々美は自分の髪を結い上げて整えてた。
二人の髪型はゆるふわなまとめ上げで可愛らしさがある。
莉子の髪型は編み込みを前髪と横に作ったあと、後ろはふんわりとまとめた髪型だ。どちらかというときれい目な印象だ。
「よし、準備が整ったので、会場まで行きますか!
莉子さん、緊張してる?」
奈々美が莉子の顔を覗き込むと、何気に青い顔が浮かんでいる。
「……うん」力ない返事が返ってくるが、二人で莉子の腕を掴み、
「「しゅっぱーつ!」」
戸締りを完璧に確認したあと、下駄を履いて飛び出した。
奈々美は多少顔が知られているだけあってか、スタッフと思わしき社員に声をかけるとすぐさま観覧席へと案内されていく。
だがそこは小さなお祭り会場となっているではないか。
「ここまでとは、思ってなかった……」
そうこぼす奈々美だが、多分ここの三人が思っていたのは、ただ椅子が並んでいる程度で、屋台があるとしても2、3ブース程度と思っていたのだ。
が、想像を超えている!
観覧席は前の方に50席は用意してあるだろうか。
さらに後方にずらりと並ぶ屋台の種類がすごい。
定番の綿飴はもちろん、お面屋もヨーヨーすくいもある。さらにはたこ焼きにお好み焼き、クレープにアメリカンドック、フランクフルトに串焼きまで、定番というものはしっかり準備されている。
「ここの観覧席内の屋台はすべて弊社持ちになってますので、ご自由にお楽しみください」
そういって浴衣姿の女性は消えたが、三人で固まってしまう。
「とりあえず、誰か呼び出す?」
三人で携帯を取り出した時、
「お嬢さん方、お席はお決まりですか?」
現れたのは三井である。
この男の動きは本当に早い。莉子が感心していると、
「今、席を準備してやるから。
おい、瑞樹!」
呼ぶと瑞樹が駆けてくるが、わぁと声を上げたきり、優に視線が釘づけだ。
「美人なのはわかるが、席に案内しろ」
三井がつつくと慌てたように顔をあげ、
「席はコッチだよ!」優の手を引き歩いて行く。
「瑞樹くん、嬉しそうだね」莉子が微笑むと、
「優も嬉しそうだから私も嬉しい」奈々美も微笑んだ。
子犬のじゃれあいに近い風景をほのぼのと眺めながら、用意されていた席は割と前の方だ。
「こんなところ、いいの?」優が言うと、
「それは俺の権限」巧が現れた。
「俺、あと少ししたらこっち来れるから、それまで瑞樹、屋台行くなよ」
言いながらも奈々美の姿をしっかり確認した巧だが、うまく言葉にできないようだ。
「巧、どう? 私も大和撫子でしょ」奈々美がくるりと回って見せる。
「うん、いんじゃね」目を伏せ手を上げ去っていくが、はっきりと照れているのがわかる。
そんな様子を見ながら「かわいいねぇ」莉子はひとりごちる。そして辺りを見回し、連藤の行方を捜してみると、いた。
いたが、これは困った。
「莉子さん、どうかした?」奈々美が声をかけてくれるが、
「見て、あれ」指差す方に連藤がいるのだが、彼は外国の人たちに囲まれていたのだ。
先日のプロジェクトの関係か、海外の方を接待中のようで、彼自身も動けそうにない。
「これほど連藤さんの目が見えないことに危機を覚えたことはないです」
思いついたように瑞樹を見やるが、
「おれ無理だよ無理」
「いいじゃん、呼んできてよ」
「あのクラスはおれはいけない」
「したら私もいけないじゃん」
「いや、招待客の私達なら、ワンチャンあるんじゃない?」
優が手を叩き、おもむろに手帳に何かをメモると、莉子に手渡し、
「いってらっしゃい」
美しい笑顔で送り出された。
どうする莉子!? 英語を話すのか!??
次回へ続く。
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