《第24話》最初の一杯って、意外と大事

 今日は早上がりだったということで、連藤が早めの来店である。


 が、胃をさする様子が見られる。


「どうかしました?」

 うん。と返事をする連藤だが、苦悶の表情もなかなかいいものだ。

 風情があります。

「胃薬でもいりますか? 大丈夫?」

 少しニヤけているのを気づかれないように努力してみるが、きっと言葉尻に現れているだろう。ごまかすためにも動いて話してみる。

 今日は夕方の時間だが、カフェに寄ってくださるお客様が多い気がする。

 おかげでオーダーが少し詰まってしまった。

 連藤には水を出しておいて、ケーキとドリンクのお客様をこなしてしまおう。

「連藤さん、レモン、水にさしておきました。少しスッキリするかも」

「すまない」

 グラスを掴み、グラスの口をゆっくりなぞる。レモンに指が当たると、それをつまみ絞った。

 無駄のない動きです。


 自分も負けてはいられません!


 ケーキをショーケースから取り出し、皿に盛り付け、紅茶のポットに葉を入れ、沸かしたお湯を注ぎ、ティーポットカバーをかける。

 紅茶はそれほど多くでないため、このティーポットカバーには力を入れているのだ。

 なんと、猫のフォルムをしているのである!

 カラフルな柄に猫の顔と小さな手足、そして尻尾。

 完璧なまでの猫である。

 目はつむっており、眠っている姿が象られている。


 女性客に、大ウケなのは言うまでもない。


 案の定___

「めっちゃかわいいー」

「なにこれ、すごーい」

 携帯カメラで撮影が始まる。

 葉が開く3分の時間があるので、ちょうどいい暇つぶしだ。


 そんなことより、連藤の調子が気なるところ。


「連藤さん、どうですか?」

「多分、軽い胃もたれだと思うんだがな」

「何か重いもの食べたんですか?」

「昨日接待で鉄板焼きに行ったのがこたえたかな……」

「なるほど」

 彼女はひとつ頷き、

「食前酒代わりに、ミモザでも飲んでみますか?」

「ミモザ?

 あまり甘いのは好きではないんだが……」

「騙されたと思って飲んでみてください」

 残れば私が飲みます。言い足しで彼女は動き始めた。


 細長いグラスを取り出し氷を落とすと、マドラーで氷をくるくると回す。

 グラスが少し曇ってきたところにオレンジジュースをグラス半分に注ぎいれた。

 さらに、同じ量の辛口スパークリングワインを注ぎ込む。

 通常であればシャンパンがいいのだが、そんな高いワインはおいていない。

 なので泡のキレがいい辛口スパークリングワインで代用だ。

 オレンジのスライスを飾り付け、コースターの上に乗せた。

「はい、ミモザ」

 連藤の手を取り、グラスをつかませると、あとは飲むのを待つだけ。

 あまり好きではないと言っていただけに、口まで運んでいく手が、激しく遅い。

 ゆっくりと口をつけ、一口飲み込む。

 もう一口、飲んだ。

「スッキリしてうまいな」

「でしょ?

 辛口でジュースも酸味が強いやつだから、甘すぎないと思うよ。

 今まで、カクテルだからって敬遠してたでしょ?」

「その通り」

 すいすいと飲み込んだあと、急に顔が正面に向いた。

「胃が、少し落ち着いてきた気がする」

 莉子は小さく手を叩くと、

「炭酸の効果でしょうかね?

 ミモザって食前酒にもなる飲み物なんだって。

 酸味と炭酸が食欲を促してくれるらしいよ。

 少しでも軽くなったなら良かった」

「こんな飲み方があるならもっと早くに試してればよかった……」

 連藤は一気飲みほし、グラスを小さく上げた。

 もう1杯という意味だ。

「飲むのはいいけど、同じの?」

「もう一回同じのを飲んでから、ワインにするよ」

 あら贅沢。

 莉子は呟き、再びグラスを準備する。

「莉子さんも、何か飲んだらどうだ?」

 彼女の手元に視線を落としながら言うと、

「では私はこのスパークリングワインをそのままいただきます」

 ロンググラスを再びコースターに置いたあと、彼女はシャンパングラスにスパークリングワインを注ぎ、小さく「かんぱい」と囁き、グラスを当てた。

 鈴の音のようなグラスの響きを聴いてから、連藤もグラスを取った。

「さぁ、お客さん、今日はなんにしやしょうかっ」

 寿司でも握るかの如く、手がパチリとなる。

 これからの時間はお酒の店となるのだ。

 アルコールを飲むことで彼女の中で切り替わるらしい。

「オーナー、とりあえずコロナ!」

 あとから入ってきたサラリーマンがカウンターに向かって声をかけ、席に着いていく。

「あいよっ! 焼き鳥は?」

「2人前で」

「はーい、ちょっと待っててねー」

 少しずつ変わっていくcafé「R」だが、彼女が生き生きとしている姿がまぶたの裏に浮かんでくる。

 連藤も軽く手を挙げると、

「俺も焼き鳥。あと赤をグラスで」

「あいよー」


 彼女のキレのある動きは続いていく。

 アルコールは彼女の動力源であるようだ。

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