《第16話》経営会議 22時より
自身の手帳を眺めつつ、三井が口火を切った。
「まず、現在の営業状況から見るに、人員の増員を考えていくのが得策だと考える」
その声にすぐに反論したのは連藤である。
「人員増員とは簡単に言うが、こちらが求める時間枠に人が来るとは思えない。
ここは繁華街から少し離れているし、学生が多い場所でもない」
とは言いつつも、眼鏡を上げ直し、別な答えに行き着いたようだ。
「だが人が増えればそれだけキャパを広げることができるだろう。
現在雑貨展示に使用している場所も飲食スペースに切り替えれば、売上の確保に繋がることは間違いない」
「それであれば、回転率が上がる可能性が高く、一人当たりの仕事量の軽減も含めて、
我々は人員を増やすことを提案する」
そう告げた先には、オーナーが大きなトレイを持って立っていた。
トレイに乗せられた料理を二人の前に置きながら、
「提案するのは簡単ですが、
人件費をどこから確保しようと考えているのでしょーか?
食材費とその他光熱費を差し引いて、現在若干黒字にはなっているけど、
それは私が一人で回してるから。
人を雇えるだけのお金はありません」
トマトとバジルの、いい香りが鼻先をくすぐってくる。
皿に盛られていたのはミートボール入りパスタである。
カリオストロ風パスタと巷で呼ばれるアレである。
揚げ焼きにしたミートボールの表面が皮のようになり、トマトソースのスープがしっかり染み込んでいる。
適当なキノコも入れられ、具材が大きく散らばり、賄い料理とは言えない出来映えである。
さらに莉子はスクリューキャップをひねり開けたのは赤ワインだ。水用グラスに大雑把に注がれていく。
スキリューキャップを使用しているワインは、新世界と言われる新しめの地域であることが多い。コルクより開けやすく閉めやすいため、飲み残しが酸化しにくいのも大きな利点だろう。
今回はスペインワインという。
安価な価格でそれなりの味がするとてもお得なワインの一つだ。
キャップを開けて香りを嗅いでみるが、瓶の口から漂うのは、重く渋い香りだ。
ひと口含むと、味は濃厚でありながら、酸味は少なめ。タンニンが舌にまとわりついてくる。
もう少し時間をおいた方がいいようだ。
__そんな現在、22時。
閉店後のcafé「R」である。
「俺が週末入ることができたら、だいぶ楽になると思うんだが、
なかなかそうもならないしな」
「連藤さんが入ってどうにかなるようじゃ、この店、やっていけてませんて」
「でも実際、莉子にかなり負担かかってるだろ」
「あんたたちが連日遅くに来るからな」
閉店間際に来られるのが一番辛い。
片付けも終え、レジも閉め、鍵をかけて……というところで、何か食べ物をくださいとやってくるのだ。
仕込みの時間もあったもんじゃない。
莉子は出来上がったパスタに粉チーズとタバスコを親の仇と言わんばかりに振りかけた。
「そんなにかけて大丈夫か?」三井は心配するが、
「いいの」一口頬張ると、かなり辛い。が、今のストレスを軽減する意味で丁度いい。
連藤はフォークでするすると巻きつけ頬張っていく。
時間を少しおいて飲んだワインとも相性が良かったようだ。
どれも美味しそうな表情を浮かべている。
「連藤さん、粉チーズかけようか?」
「お願いしたい」
薄っすらと散らしすと、チーズの香りが鼻に届いたのか、満足そうに笑顔になった。
一方の三井は吸い込んでいる。
かなり、吸い込んでいる。
「三井さん、もっと静かに食べれないの?
うるさいんだけど」
「いいんだよ、日本のパスタなんだから」
「よくそんな作法で彼女できるねー」
「女の前ではやんねーよ」
「あ、そーですか」
「しかし莉子さん、あまり強情張らずにバイトを入れられた方がいいと思うんだが……」
パスタの皿を抱えながら、莉子自身、途方に暮れてしまう。
わかっているのだ。
このままでは回していけないことぐらい。
それだけお客がいることはありがたいことなのだが、一人でこなすキャパを超え始めているのは重々わかっている。
ただ平日の20時以降はまずお客は来ないし、ただ金曜からの週末、その昼から夜が一人だとかなり辛くなってきたというところ。
最近は何を聞きつけたのか、ディナーの予約も入るようになった。
おかげで仕込みの時間もかかるようになり、調理もサーブも自分でとなると、お客様にも迷惑をかけそうな勢いではある。
「予約をセーブするかぁ」
「せっかく客が入り始めたんだぞ?」
「無理してまでやることないよぅ」
「でもそこからのリピーターも増えているし、難しいところだな」
連動の眼鏡がかちりと光る。
「しっかしなんであんたたちそんなにうちの内情知ってるのよ」
彼女はワインを飲み干し、コップに注ぎ足した。
本当にうちの帳簿を見ているのかというぐらいだ。
「そんなもの、客足と料理見てればわかるだろ?」三井はけろりと言ってくる。
「経営は会社の基本だしな」連藤も会社員ならわかると言いたげだ。
普通、わかんねーよ!
莉子は心の底から突っ込むが、声には出さなかった。
「でも、もうしばらくは一人でやってみるよ。
営業時間とか工夫してみる。
だって、二人もわかるでしょ?
私、集団行動できないって」
二人の手が止まる。
考えているようだ。
そのまま止まってしまう。
私が誰かと一緒に働くことが想像できないのだと思う。
私もできていない___
「いやいやいやいや、ムリムリムリムリ……
人に料理運んで貰ってとか、全然考えられない……」
莉子の中で、料理を出すまでが注文と思っているところがある。その日の仕入れ状況やオススメなど、調理をする人間が説明するのが一番だと思っているからだ。
確かに、もしかしたらよく理解してくれるバイトが来てくれるかもしれない。
だが見てないところでのコメントがどうであったかは、信用するしかないのだ。
「信用できる人なんてなかなかいないもん……」
これが彼女のホンネのところだろう。
両親だからこそ阿吽の呼吸で出来ていたのだ。
「しかし、莉子さん、このワイン飲みやすくていいな」
連藤は気に入ったようだ。
「本当に?
これね、500円」
「「は?」」
「今はコンビニワインも捨てたもんじゃないのよ。
ちょっと前なら吐くぐらい不味かったけどね」
「俺、なめてたわー」
「俺も……」
「……実は私もだけど…」
安いワインを傾けながら、3人で大きくため息をついた。
「なかなかうまくいかないねぇ」
莉子がぼやくが、
「そうだ、莉子、
連藤と結婚すれば解決するんじゃないか?」
「確かに。
好きな日だけ働けばいいからな」
「連藤さん、そこ同意しない!」
莉子に言われたことで、改めて真意を理解したようだ。
遅れて連藤の顔が耳が赤くなっていく。
「ほんとお前ら面白いよな」
「「うるさい!」」
夜中に差し掛かる時間だが、仕込みの時間も彼らがいるとつまらなくないのが不思議だ。
邪魔だけど、助かる存在、そんな気がする。
「莉子、もう一本くれよ」
「やらん、はよ帰れ!!」
___やっぱり、邪魔だな。
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