《第17話》焼き鳥、始めます
魔女の儀式のように、大きめの寸胴鍋をひたすらに混ぜている。
色は黒く、泡は茶色い。
香りは懐かしくも食欲がそそる、まさしくそれは___
「……何故、タレを作っているんだ?」
連藤が不思議そうにカウンターから覗いている。
目が見えなくとも匂いの方向に鼻を傾けた。
今日の連藤の相手は巧だ。
ちょうど上がる時間が一緒になったそうで二人でこちらに寄ったそうだ。
「最近、サラリーマンの方も多く入るようになってですね、
『とりあえず』の方が割と多いので、それに合う焼き鳥なんかあってもいいかなってね」
ひたすら混ぜているため、息が上がっている。
厨房で火にかけておくこともできるが、現在、ドリンクオーダーの時間となっているため、カウンターから外れられないのと、初めて作っているのもあって、いつ吹き出すかもわからない。
なので対処がしやすい場所で行っているのだ。
一度泡を吹いたら弱火にしようと思っているのだが、なかなかそうはならないようだ。
というか、泡が吹くのは正解なのかどうかもわからない。
しかしながら、砂糖もそろそろ溶けた頃だろう。
「一旦休憩」
木べらを外すと、火をとろ火に落とし、一息ついた。
今日は天気がいい日だ。
日中もそれなりに温度が高く、風は涼しくすごしやすい日だった。
が、スーツの彼らはただ暑い日だったかもしれない。
巧は本日早速とカヴァを注文してきた。
ハーフサイズなのでちょうど飲み干せるいい量であるし、何より喉越しが爽やかだ。
一方の連藤も同じくスペインの赤ワインを注文していた。
先日飲んでから気に入っているらしい。
「ねね、タレ、ちょっと味見してみようと思うので、
そのグラスのお酒と合わせてみない?」
二人の動きが止まった。
「和食なんかに合わないだろ、絶対」巧がグラスを抱え込むように移動させる。
「鶏肉だったら白のほうが合うんじゃないのか?」連藤も不安なようだ。
莉子は大げさに肩をすくめ、ため息を落とす。
「君たち、何度うちでワインを飲んでいるのかね……?
まず、辛口のカヴァは、ビールと同じイメージで飲んでOKなものなのです。
ビールはどんな感じで飲みますか、巧くん?」
「のどごし、爽快感……かな?」
「このカヴァも同じようにのどごし、爽快感で飲んでいただきたい。
フルーティでありながらすっきりとした果実味は、焼き鳥の甘みをリセットしてくれて、食欲増進間違いなしです」
くるりと連藤の方へ向くと、
「そして、赤ワインと一括りにするなかれ。
スペインワインで私が選んでいるのはテンプラリーニョという葡萄がメインのワインです。基本、単一は苦手だから、ブレンドを選ぶようにしてるんだけども。これは好みね、好み。
この、重厚感がありながらフレッシュ感もあるというのは、
スペインだからと言っても過言ではないでしょう」
彼女は自分にも連藤と同じワインを注ぎ、グラスを傾けると、透かすように色を見て、さらに慣れた手つきでグラスを回し、立ち上がった香りを嗅いだ。
「果実味あふれるフレーバー。
奥のほうから樽の香りや紅茶の香りがふわりと追ってきます。
仄かな甘い香りがダークベリーを連想させますね」
口に少量含み、
「タンニンは控えめ、酸味はそれほど強くないタイプです。
なので舌触りは滑らかで、フレッシュな後味と、コクもあります。
……これは少し焦がした甘辛いタレのスパイシーな味に、しっかりとマッチしてくれることでしょう!」
言い切った途端、彼女はフライパンを取り出した。
「百聞は一見に如かず。
食べてみましょう」
少量の油を引いたフライパンに軽く塩コショウをした鶏肉を皮側から焼いていく。
ネギはオーブントースターに入れておく。
鶏肉からいい脂が滲み始めたら、タレを加える。
まだ煮詰めたりないところがあり、一旦絡めた肉は皿に取り出すと、タレだけ火にかける。
小さな泡が湧き上がり、ふちの方がカラメル状になってくる。
すぐに火を止め、鶏肉を戻し、さらに焦げ目がよくついたネギもその中にいれ、フライパンを軽く振った。
見事な照りと香ばしさ、甘辛い香りが漂ってくる。
「うちの焼き鳥は、串に刺さない予定です。
……これって照り焼きっていうのかな?
好みでコショウを振って食べてくみてください」
大変美味しそうである。
ぷるんとしたお肉に焦げ目がのり、香ばしい照りが食欲をそそる。
早速と巧が箸をとった。
続けて連藤に箸を持たせてから皿の場所を教えると、すんなりと鶏肉をつまみ、口へと運んだ。
いつ見てもこの綺麗な所作に惚れ惚れしてしまう。
見とれる莉子を置いて、二人は焼き鳥を頬張り、そして、自分のグラスの中身を煽った。
「あ、これやばい」最初に声をあげたのは巧である。
「なにやばい?」莉子はニヤニヤしながら聞いてみる。
「マジ、これ飲んだらいくつでも食えるわ。
口ん中、すげーリセットされる。
後味がすっきりしてるから、こってり味もきつくないんだな。
連藤はどう?」
「このタレと赤ワインの味が絶妙に合っている。
カラメル的なフレーバーと甘みのあるタレが、赤ワインが加わることで深みが出てくる。
料理もさることながら、ワインの味にも変化があって面白い」
莉子は、そうだろうと言いたげに腕を組んで大きく頷いた。
「それに、スペインワインはコスパがサイコーに良いのです。
それだけのスペックがありながら、コンビニでは500円なんてザラじゃありません。
デイリーワインにはもってこないなのです」
莉子も自分の分んを焼いていたのか、ひとつ口に含み、ワインを飲み込み、小さく悶えた。
「このタレに肉をつけて焼いてつけて焼いて、としていく予定なので、
これからの未来、このタレも成長していくことでしょう……
あぁ、幸せすぎる!」
単にオーナーが食べたかっただけなんじゃ……
二人は思うが、声に出さずワインと一緒に飲み込んだ。
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