《第15話》女子トーーーーーク!

「いらっしゃい」

 ドアのベルが鳴り、反射的に声をかけるが、視線はその先にはなかった。

 カウンターへと移動している莉子は、ドリンクのオーダーに動いていたのだ。

 現在の時刻は18時。

 陽に赤みがさしはじめる。


「カウンターでもいいですか?」

 どうぞー、とカウンターの下でケーキを探りながら顔を上げたとき、

「あら、奈々美さんと優さん、お久しぶり」

 お互いスーツ姿で仕事上がりなのがわかる。

 できる女の代名詞とも言えそうな二人の姿に見惚れていると、

「今日、巧くんと、瑞樹くんと待ち合わせしてるんです」

 奈々美が腰高の椅子に腰をかけながらそう返し、

「なんかちょっと時間かかりそうだって言われたから私たちがこっちに来て待ってることにしたんです」

 優が隣の席にカバンを置きながらさらに付け足した。

「したら、ご飯はみんなで食べる感じだね。

 何か飲んどきますか?」

 声はかけるが、彼女の手は動き続けている。

 ケーキを盛り付け、ドリンクカップを用意し、シロップを注ぎ、スチームで牛乳を温め、さらにエスプレッソコーヒーを注ぎ、と、段取りよくこなしていく。

 そんな中、二人はメニュー表を眺め、

「私、ワイン飲みたい!」優が決断した。

「したらワイン、飲んじゃおっか」奈々美さんも飲める口のようだ。

 かしこまりました。一旦、笑顔を浮かべ、出来上がったオーダーを届けに行くと、再びカウンター越しに二人の前に立ち、

「では、女性らしい華やかな白ワインがあるので、そちらを出させていただいてよろしいかしら?」


「「よろこんで」」



 オーナーは裏にあるセラーから一本のワインを持ってきた。

 ただセラーから出したばかりなので、氷を張ったバケツに入れて、少しの間冷やしておくことにする。

 おつまみとしてプリッツェルを小さなカゴに詰め、さらにナッツとドライフルーツも盛り付け、準備は整った。


 用意したグラスはピノ・ノワール用のグラスだ。

 口が大きく、香りが回るグラスである。

 優はグラスを手に取り、

「白ワインなのに、このグラスなんですか?」

「お、よく気づきましたね」

「先日いただいてから、ちょっと勉強したんです。

 普通はもっと小ぶりのグラスですよね?」

「そうなんですが、このワインはね、最初と最後で随分印象が変わるワインなんです。

 大きなグラスでじっくりと楽しんでいただけたらと思って」

 彼女は「私はこのグラスでこのワインを飲むのが好きなんだぁ」注ぎながらしゃべり続ける。

 注ぎ終えたグラスは少し曇ってしまう。しっかり冷えているようだ。

 上から覗き込むと、青かかった黄色の白ワインが多いなかこのワインは薄っすら黄金色に染まっている。

「熟成されているわけではないので、小麦色とまではいかないんですが、少し黄色味がかった色味になります」

 小さく回すと香りが立ってきた

「どんな香りがしますか?」莉子も自分用の小ぶりのグラスに注ぎ香りを確認する。

「花の香りがする」奈々美が小さく呟いた。優も奈々美の方を見て、小さく頷くと、もう一度香りを嗅いでいる。

「これ、ヴィオニエっていう葡萄で作っているんだけど、この作り手さんのヴィオニエは香りがとにかく私は好きなんだ。

 時間が経つにつれて、花畑にいるような雰囲気になるんだ。

 味も濃いからこのまま、食前酒のように軽いおつまみで飲み続けることができるのよ」

 二人に出すプリッツェルをつまみ、ワインをまた一口含んだ。

 彼女たちもオーナーにならい、プリッツェルを肴にワインを飲み始めた。


 温かくなるにつれて、すっきりした味わいから、濃厚な雰囲気へと姿を変えていく。

 さらに香りもスミレの花の香りに似ている。

 こんなにふくよかな花の香りのワインなど初めての経験で、一口含むごとに二人の表情は柔らかくなっていく。


「こんなワインがあるなんて知らなかった」優がこぼすと、

「私も。もっと酸っぱくて飲みづらいものだと思ってた」奈々美も同意する。


「ワインって私もとっつきにくかったなー……

 両親が飲んでてね、そりゃ美味しそうに。

 子供の頃なめてみたけど、渋くて美味しくなかったんだ。香りは甘そうな匂いなのにね。


 でも大人になってみると、美味しかったんだ。


 そのとき、私もすっごく驚いた記憶ある」


「時間ってすごく大事ですね」奈々美が微笑むと、優もけらけらと笑う。

 そうだ、と呟き、優がひと段落したオーナーに尋ねた。

「ねぇ、莉子さん、莉子さんはどうしてカフェ始めたの?」

「カフェはね、両親が残してくれたものだからかなぁ?

 なんか両親の影が残る場所を消したくなかったんだ。

 ここにいると、両親の笑う顔を思い出せて良かったんだよねー


 あ、暗くならないでね!

 もう昔のことだから、気にしてないことだから」


 取り繕うように言うが、二人の顔が沈んでしまったのがわかる。

 こんな素敵なワインを飲んでいるときに、暗い顔になってほしくない。


「二人は友人として長いの?」

 取り留めのない質問をしてみる。


 二人は一度顔を見合わせ、遠くを見つめる。

 思い出しているのだろう。

「なん年ぐらいだっけ?」優は指を折って数えているが、

「中学のときからだから、10年近くになるのかなぁ」奈々美がすんなりと答えを出した。

「したらベテランのお友達ですね。

 二人でよくすることってあるの?」

「旅行もそうだし、買い物とかも。

 でも奈々美は仕事忙しいから、なかなか会えないよね」

「それは優もじゃない」

「そういえば、優さんってどんな仕事してるの?」

「私はシステムエンジニアです」

「めっちゃ大変じゃないの?」

 思わず世間的なイメージをぶつけてしまうが、やはりけらけらと彼女は笑い、

「外資系なんで、そこらへんは大丈夫。

 だいたいフレックスタイムだし」

「それならよかった」

 莉子は心底安心した顔をして、だいぶ減ってしまったプリッツェルを一掴み足した。

 足されたプリッツェルをつまみ、奈々美が今度は質問をしてきた。

「私に気になってたんですけど、

 連藤さんとお付き合いされてるんですよね?」

「……いちおう」恥ずかしいのか声が小さくなる。

「本当に私のただの好奇心なんですけど、連藤さんってどんな人なんですか?」

 私も気になる! 優も前に乗り出す勢いだ。

「それはカウンセラーのあなたに私が聞きたいぐらいよ?」

「私は巧くんと一緒に会う機会が度々あるけど、割と寡黙系だし」

「めっちゃクールな大人ってイメージだよねー」優が付け足した。

「ふぅん、まぁ、うん、寡黙は寡黙なのかなぁ……

 いや、そんなこともないなぁ。

 喋るし、文句も言うし、私も言うし……

 結構冗談も言うよ?」

 全然みえなぁーい。女子二人は顔を見合わせ声を合わせた。

「聞いてよ、莉子さん、うちの会社にも連藤さんぐらいの男の人いるけど、全然だよ?

 格好よくないし、デブは多いし、チャラいし、

 スーツ出勤のときでも高いだけで似合ってなかったりとか、

 あと私服出勤もあるんだけど、気を遣ってない人ばっか。

 そんなんでご飯誘われたって行きません!」

「そういうセンスって本当難しいよね。

 同期の先生とかでも、白衣のときは素敵に見えても、

 私服になったらもうダダ崩れの人って結構いる」

「でもさ、割とこう身綺麗にしてる人とかって、

 私と同い年でも指輪してるの!

 なんなんだろ、マジで」

「そんなこと二人はいってるけど、

 服のセンスがない人とか、そういう人を改造していくのが楽しいって女の人もいるよ?」

 甘さ控えめのチーズケーキを小さく切って二人の元へ置いた。

「そーいうの、無理。

 マジ、面倒じゃない?」

「私も無理。

 そこまで面倒見たくない」

 あら意外と辛辣。

 莉子は笑うと、自分用に切り分けたチーズケーキを頬張った。

 もうお腹が空く時間だ。合間で食べなければやっていけない。

 彼女たちも莉子につられてワインを飲んで、ケーキを食べる。

 思わず声を上げる二人に莉子も笑い、ケーキが口に合ったようで嬉しくなる。


 しかし、結構お酒が回ってきてるのかしら?


「ね、莉子さん、

 莉子さんは瑞樹くんのことどう思う?」

 優からそんな質問が来るとは思わなかった。


「優さんはどう思ってるの?」


「わかんない。

 優しいし、気遣いできるし、明るいし、」


「それから?」


「でもなんか、頼りないっていうか……」


 なるほど。

 ここに瑞樹の弱さが滲んでいたか___


「奈々美さんはどう思ってる?」

 振られた奈々美は戸惑いながらも口を開いた。


「……瑞樹くんは、すごくいい人。

 だけど、自信がないのかなぁ。

 伏せ目がちになることがあるから」


 さすがですね。

 目の付け所が違います。


「で、莉子さんはどう思ってるの?」

 優に急かされるが、なんて言おうか。


「瑞樹くんは瑞樹くんなんじゃない?」


「なにそれー」優はふてくされたように言うが、

「瑞樹くんは、瑞樹くんだもんね」


 何か納得したようだ。


 ワインを流し込み、

「そーいう手伝いならいいかな」

 小さく呟いた。


「そういうってなに?」奈々美が聞くと、


「自信つけてもらうこととか、そーいうの。

 支え合いやすいでしょ? 


 私も自信ない方だし」


 あら優さんも虚勢張ってるタイプなのかしら?


 でも誰もが虚勢を張って、見栄を張って、自分を象っていると思う。


 莉子自身も見栄と勢いで生きてきたのは間違いない。



 手元で揺れるグラスのワインは花束のようだ。

 目を瞑って香りを嗅ぐと、数多の花の中に沈められた気分になる。

 鼻腔の奥から、喉の奥から、華やかで、あまったるい濃い香りがまとわりついてくる。


 優しくも存在感のあるその香りは、まるで少女である。


 純粋無垢な気持ちを思い出す。


 好きなものは好きと言っていたあの頃を___



 ドアのベルが大きく鳴った。

 飛び込んできて早々に、 

「奈々美、遅れてごめん!」

 手を合わせて頭を下げる巧がいる。

 合わせて瑞樹も一緒に頭を下げた。

「ごめんね、優ちゃん、待ったでしょ?」

「全然だよ、瑞樹くん。

 楽しく飲んでたから」笑顔が咲いた優だが、瑞樹はふと目をそらしてしまう。恥ずかしいようだ。

 巧は自分のペースで淡々としている。

「莉子さん、ここオレがもつから、カードで」

 手続きをしている間に女性二人は帰る身支度だ。

 巧と瑞樹はよく気が効くと思う。

 二人のカバンがさりげなく彼らの手の中にあるのだ。

 だからと言ってずっと持って歩くわけではない。


 彼女たちもそんな男は嫌だろう。


 準備が整い、カバンが手渡されたところで、

「これからどこに?」

「フレンチ!」瑞樹が明るく返した。

「駅三つ離れたとこなんだけど、カジュアルフレンチの二つ星の店あるでしょ?

 ようやく予約取れたんだよねー」

 瑞樹の奮闘が垣間見れる。

 満面の笑みで話す瑞樹の腕を優はすくい取り、莉子へと向き直ると、奈々美も巧の腕を掴んでこちらを向いた。

「ね、やっぱオシャレな人の方がいいよね、奈々美」

「優もそう思う?」

 三人で見つめ合うと、軽く吹き出してしまう。

 その勢いで、

「莉子さん、また遊びに来ます」

「今日のワイン、めっちゃ美味しかった!

 ごちそうさまでした!」ぺこりと優は頭を下げて歩き出した。

 4人は手を振り出発していく。


 が、後ろ姿の瑞樹はまだたどたどしい動きだ。

 まだ、付き合ってはいないはず、だものね。


 さすがハーフの子は積極的ですね!



 頑張れ、瑞樹。

 弱気の君には、ちょうどいいかもしれないぞ!

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