《第6話》普通じゃない日。ちょっぴりデンジャー!?
「今日はぼちぼちな感じかしらね」
彼女は一人つぶやきながら店内を清掃する。
自分の部屋などこれほどに綺麗にはしないだろう。
お金を稼ぐからこそ、綺麗にする。
自分の部屋もこれぐらい磨きあげたいものだ。
今日は仕込むものもないし、夜の営業をほどほどにして、切り上げようかと思う。
それでも21時までは営業しようか。
誰かさん、来るかもしれないし。
来ないと思うけど。
曲のセレクトをジャズからロックに変更した。今日はそんな曲が聴きたかった。
その方がよく体が動くから。
ガス周りの掃除も終え、床磨きもほどほど終えた。
その間にお客様は4名。
女性客で、デザートとコーヒーのみ。
メインの料理も食べてくれたらいいのにね。
そんなことを思いながら片付けを続けた結果、
な、なんと、
「11時ってどういうこと?
働きすぎじゃない、私?」
もう帰る。帰るんだ。
呟きながら素早くエプロンを外し、レジ周りをチェック。
ガスの元栓の確認、食器の整理を手早く済ませ、屈んだ体を起き上がらせた。
「盗まれる時って一瞬なんだねー」
扉横にいつも頑丈な鍵をかけ、置いておいた通勤用の自転車がない。
これを忽然と表現せずになんと表現しよう。
ただ、犯人は軽率すぎた。
ここには、防犯カメラというものがあるのだ!
店内に三箇所、外入り口に一箇所、入り口左手奥にある駐車場にも仕掛けてある。
すぐに警察と、さらに動画管理をしている防犯会社に連絡を入れ、店まで来ていただけるように要請した。
今登録しているセキュリティ会社は自分の店で録画しなくてもカメラ経由で別の場所で録画・監視をしてくれるのである。便利になったものだ。
さて、一応、外まで出てみるか。
男の声が聞こえる。
しかも複数!
殴られてるっ?
そろりそろりと、左手の駐車場へと向かってみる。
殴られているであろう、くぐもった声が聞こえる。
救急車も必要だろうか。
それよりも中にいた方がいいのかもしれない。
でも何かあったなら私の責任になるかもしれないし。
ぐるぐると振れる考えを巡らしながら、あっという間に到着してしまった。
ひょっこり顔を出してみた時、腰が抜けそうになる。
「連藤さんっ」
そこにはいつぞやの若者四人組に組み敷かれている連藤さんがいるではないか__!
あまりのことに言葉が詰まるが、
「お前が入店拒否したのが悪いんだからな」
何ヶ月前の話を出してんだ、このヤロー
言い返そうと口を開いた時、
「オーナー、逃げてください」
息が切れ切れの声がする。
「まだ喋れるんじゃん」
ぶちんと頭の中で音がした。
ふざけんじゃねーぞ__
「もう刺しちゃえよ」
ナイフが見えた。
思わず、飛び出した自身の身体に、彼女は驚いた。
意外と動けるんだな、と。
そして、地面に滑り込んだ時、
右腕が熱い。
反射で見てしまった。
暗闇の中で濡れて見える。
ああ、と思う。
「オーナー、大丈夫ですか!」
腕を伸ばし慌てふためく連藤がそこにいる。
水に溺れもがくように、連藤のうでは上下左右にかき回される。
なんてことをしてしまったんだ__
でも妙に冷静な自分がいて、あんなに周りが見えないのに、こんなに自分のことを心配している姿に、どうしようもない気持ちになる。
そう、どうしようもない。
「こんなの大丈夫っ」彼女は力が入らない腕を抱え、連藤の元へ駆け寄った。
さまよう腕をすくうように引き寄せると、連藤は彼女の形を確認し、素早く抱きかかえた。
背から聞こえる相手の震える口が、
「こんなこと、どうってことない」「俺の親父なら、これぐらい簡単だ」
そう続いた。
一方、連藤は彼女の身体を手でかたどりながら、その一瞬触れた感触に眉をひそめる。
「どこか怪我を?」
「何も問題ないよ」
彼女は声を潜め「もうすぐ警察が来ますから安心してください」
言い終わらないうちに、胸板に押さえつけるように彼の手が背を抱える。
その手は小刻みに震えている。
彼女の背を必死に撫でるがそれは自分へ言い聞かせているものなのかもしれない。
それほどの恐怖を与えていることに今更ながら彼女は絶望する。
目が見えないというのはどこまでも残酷だ。
安心が音で確認できない。
あまりの重さに押し出されるように視界が歪む。
嗚咽することなく、とうとうと溢れでてくる。
絶望も形になるのだと、彼女は思うが、それは止まらない。
「俺の親父って言ったが、一体それは誰だ?」
不意に連藤が問いかけた。
声音はしっかりしている。恐怖も畏怖もない。冷静な声だ。
「KDTの社長だよ。
こんなことぐらい、揉み消せるんだよっ」
「KDT……」何か考えているのか、急に顔を上げ、
「ああ、」
それだけ響いた。
どういうことだろう。
遠くからサイレンが届いてくる。
ようやくだ。
きっとセキュリティ会社が再度要請したのだろう。
チャリを盗んだ程度でサイレンを流してくることはない。
この駐車場を監視するカメラの状況を見て再度通報、判断したのだ。
四人組はサイレンの音に恐れをなしたのか、ざまあみろと吐き捨てた後、文字通り、足で走り去った。
サイレンの音の中で、「連藤さん、もう大丈夫だから離してください」そういうが、腕が緩むどころか、むしろきつくなる。
「本当にすみません」連藤の口から出てきた言葉だ。
「俺の目が見えてればこんなことに」
そんな後悔させるためにここにいてほしくない。
だが、彼の唇は次々と謝罪の言葉が紡がれる。
傷をつけてしまって、
怖がらせてしまって、
もっと安全に、
「もう、いいから!」
彼女は叫んでいた。
「こんな思いをさせてごめんなさい」
連藤の震える手を彼女は自分の左手で握り、抱きかかえた。
連藤の大きな手は冷えきっている。彼の焦りと恐怖の温度のようだ。
「大丈夫ですか!」
駆け寄る警察とセキュリティスタッフの声が遠くに感じる。
意識が落ちるってこういうことなんだ__
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