第11話 Turkey(ターキー)
なにか気配を感じて、俺は目を覚ました。なんとなく、枕元の置時計に手を伸ばす。明かりのスイッチを押すと、緑色のデジタル数字が浮かび上がる。
12/25/04:28。
(ああ、そうだ。今日はクリスマスか)
最近、駅前の街路樹には、イルミネーションが飾られている。店に入れば、もちろんクリスマスソングが出迎えてくる。道行く人は誰もが嬉しそうで、今日は仕事から帰るときにケーキの箱を持っている人までいた。もう、街全体が浮かれているような感じだ。
なんだか、お前がどうだか知らないが、今この地球に住むすべての人間が幸せなんだとでも言うように。
幸福なのは義務。結構最近の歌にそんなのがあったな、と暗闇の中なんとなく思い出す。
ゴソリ。ふいに、部屋の隅で物音がした。
泥棒?
心臓が不快に高鳴る。ごくりとツバを飲み込んだ。
まさかサンタというわけではないだろう。
恐る恐る、音の方に視線を向けたけれど、闇の中に家具のシルエットがなんとなく見えるだけだ。ひょっとして、気のせいだった?
ごそり。またしても音がした。気のせいなんかではない。
できるかぎり気配を消してベッドを抜け出した。そして壁に歩みよると思い切って電気をつけた。
なにか、まるっこいものが部屋の隅で動いていた。鶏よりも少し大きめの鳥だ。黒っぽい羽、鋭いクチバシの下に、ひらひらとした赤いひだ。太目の足、扇のような羽がお尻についている。
「し、七面鳥?」
子供の時に、動物園で見たことがある。
「な、なんでこんなところに」
鍵をかけるのを忘れ、仕事に出ている間に入り込んできたのか? でも、野良七面鳥なんてきいたことがない。
それとも、誰かがこっそりとこいつを部屋に入れたのだろうか? まさか。
なでようとしたのか、捕まえて追い出そうとしたのか、自分でもよく分からないまま俺は、そっと手を伸ばした。
俺のためらいが伝染したように、七面鳥はあとずさった。その拍子に七面鳥は床に転がしてあったリモコンを踏んだようだ。
テレビからCMが流れ出した。
両親と少女が、料理の乗ったテーブルを囲んでいる。クリスマスケーキ、ビーフシチュー、皿に乗っているのは、七面鳥がわりのチキン。
『誰かを笑顔にする、あなたがサンタさん!』
周りが静かなせいで、テレビの音がやたらと大きく聞こえる。隣の部屋の迷惑になったら大変だ。
テレビを消そうとしたが、焦っていたせいでリモコンを取り落とした。
そうこうしているうちに再び別のCMに変わる。
若い男女が、大きなリビングルームで酒を酌み交わしている。やはり御馳走が並べられている。
『恒例のクリスマスディナー! 今年は宅配で楽しよう、楽しもう!』
インターホンが鳴り、青年の爽やかな、でもどこか作った感じのする笑顔が画面一杯に広がっている。
少なくとも、その宅配員は自分の大切な人とクリスマスディナーを楽しむことができないのだ。生きるために働かないとならないのだから。
CMが終わり、画面は遠くの国の戦争を伝えるニュースを伝え始める。ガレキと、血と涙を流してどこかへ運ばれる子供と。なんでこんなに命を無駄遣いするのだろうと思うけれど、きっと、それで誰かが得をするのだろう。
今度こそリモコンを拾い上げてテレビを消すと、また部屋は静寂に包まれた。
七面鳥は、あたりを見回すでもなくひよひよと歩いている。
『誰かを笑顔にする、あなたがサンタさん!』
さっきの煽り文句が頭に浮かんだ。
だったら、本当だったらこの七面鳥こそがサンタなのだ。自分を犠牲にして、他人を笑顔にしているんだから。
誰かの幸せのために、みんな少しずつ不幸にされている。誰かを踏みつけにして、幸せを奪い取っている。
「……眠るか、兄弟」
俺は七面鳥を抱き上げた。羽がふわふわとしていて、その奥にある体が温かい。子供がぬいぐるみにするように、抱えたままベッドに横たわる。
朝になったら、この七面鳥はいなくなっているだろう。なんとなく、それが分かった。羽の二、三枚残っているかもしれないけれど。
「おやすみ」
俺は電気を消して、目を閉じた。
没作品集 三塚章 @mituduka
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