第5話 量刑

 河岸は真っ暗で、背の高い雑草が黒い波のように風に揺れるばかりだった。

「本当にここにいるのか?」

 片手に懐中電灯、片手に長い鉄の棒を持ってなーさんが言う。なーさんというのはもちろん本名ではなく、ハンドルネーム。俺を含め、今ここにいる三人は、とあるサイトで知り合って、今日初めて顔を合わすのだ。お互い本名は知らないが、それに不満も問題もない。

「間違いないよ。昼間ちゃんと見たんだから」

 そういう俺の手には、大きなナイフが握られている。いつか試し斬りしたいと思ってはいたものの、今まで機会がなかった物だ。まさしく今宵の虎鉄は血に飢えておるわ、という感じ。

「この先にいるんだろ? 気づかれないように明かりを消した方がいいんじゃないか?」

 アマミのナイスな提案で、俺達は懐中電灯やらスマホの懐中電灯アプリやらの明かりを消した。

 幸い、月は明るいので足元がまったく見えないというわけではない。できる限り音を立てずに歩こうとしたけれど、この雑草ではあまり意味のない努力だった。

 ふいに開けた場所に出て、胸までの葉が足首までの高さになった。目の前の草がいびつな円状に踏みしだかれ、ちょっとした場所が作られていた。きっと上空から見れば小さな小さなミステリーサークルに見えるだろう。

 その円の端に、ダンボールでできた家があった。やはり物音で勘づいたのだろう。その住人が箱の穴から顔を出している。小汚い恰好の、中年の男だった。

 その額に×印の入れ墨がしてあるのを確認して、俺達は無言で顔を見合わせ、うなずいた。

 俺達の手にある武器に気付いたか、男は外へ逃げ出した。そして全力で土手を登っていく。

 その姿に眠っていた狩猟本能とやらが刺激されたのだろう、俺達は雄叫びをあげてその後を追った。

 ちょうど自転車に乗った警官が、土手の上を白い自転車で走ってくる所だった。

「助け……助けて!」

 恐怖と息切れで途切れ途切れに男は警官に訴えた。バカな奴だ。自分が何者か忘れているのだから。

 警官は男の×印を見ると、顔をしかめ、腕をつかもうとする男の手を振り払い、何事もなかったように走りだした。

 その時の男の顔のおもしろさったら!!

 笑いながら、なーさんが鉄棒で男を突き倒す。いきなりとどめを刺したらつまらないから、俺は肩にナイフを突き立てた。

 男はお化け屋敷のお化けのように悲鳴をあげた。

 人権剥奪刑が施行されたのはもう十年も前の事だ。強盗殺人、連続殺人、誘拐殺人。そんな極悪非道な犯罪を犯した者は、額に×を入れられ、放逐される。この×がつけられた者には、一切の人権が認められない。凶悪犯罪の増加を食い止めるため、そして何より厳罰化を望む民意に沿った施行だった。他人の人権を散々踏みにじった者でも、その本人の人権は保障される。今までのそんな制度がおかしかったのだ。

 だから、どんなに訴えてもこの男を警官が助けるはずはなかった。俺達がやっているのはまったくの合法なのだから。

 アマミが太ももに銃を突きつけた。

「おい、それ改造モデルガンか? 銃の改造って違法だろ」

咎めるような俺の言葉にアマミは肩をすくめる。

「まあね。さっき警官に見つからないように必死に隠したよ。でも、人を撃ったわけじゃないから大して罪にならないんじゃね?」

 意外と重たい音がして、男の足に穴が開いた。

 男が吐いたあぶくに、俺達は笑い声をあげた。こいつが何をしたか知らないが、額に×がある以上、こいつも被害者の命乞いを聞かず、無残に殺したに違いないのだ。俺達になにをされても自業自得というものではないか。

こいつが結構しぶとかったのか、俺達の痛めつけ方がよかったのか、死んだのは昼になってからだった。


それから、数日たって、警官が俺の家にやってきた。

「逮捕? だって、あいつは人権剥奪されてたんだろ! つまり人間じゃない! 殺しても何もしても罪にはならないはずだ!」

 俺がそういうと、警官はどこか気の毒そうにいった。

「いや、それはそうなんだけどね。意外な抜け穴があったんだ」

「ぬ、ぬけあな……?」

 嫌な予感に、嫌な汗が流れる。胸が押さえつけられたようになって、まともに息ができない。

「そう、あいつは人権が剥奪されて、人間ではなくなっていた。でも、それではあんまりだと思ったんだろうね。親にペットの『犬』として登録されてたんだ。もちろん、普通の人間にはそんな事はできないけど、あいつは法律上人でなくなったからね」

「い、いぬ……」

「もっとも、親と一緒に暮らしていたわけではないようだけれど。なんというか、たとえ人ではなくても公式の書類で存在を残してあげたいというせめて親心だろうね」

 だとしたら、俺は他人の犬を寄ってたかってなぶり殺したことになる。

「で、でも俺達は人間ですよ。犬の命と同等なわけないでしょう……」

「今はほら、うるさいから、動物愛護とか? 君たちの場合、人の飼い犬を訳もなく一方的になぶり殺しにしたのだから、かなり重い罪は覚悟しないといけないだろうね。運がわるければ死刑もありえる……」

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