sei(6)

「警察の…刑事さん?」

 俺は黙って頷いた。

「このナイフ、見覚えでも?」

 カツ丼の上に乗った三つ葉を箸で摘まんでパクッと口に入れて水で流し込んでいる。

(嫌いなら、食わなきゃいいだろうに…)

 今、思えば…こういう性格だからだったんだろう。

 嫌なものを弾く俺と、飲み込んだアイツの性格の違い…。


「えぇ…記憶違いで無ければ…昔の話ですけどね」

「あぁ、構わないから聞かせてくれないか?」

 俺は、店の椅子を引いて、中年女性に座れと無言で促す。


 中年女性の話によると、

 このバタフライナイフは、昔、若い男がよく持っていたものと似ていると言う。

 当時、高校生だった彼女は、その男のことを知っていた。

 同級生の彼氏だったのだ。

 ホームセンターに務めている社会人だと言っていた。

「それって」

 俺は、ヤツの言葉を右手で制した。

 彼女の好きなように話してもらおうと思ったからだ。


 たまに、黒いセダンで学校まで迎えに来ていたので、よく覚えているのだそうだ。

「確か『タカシ』って呼んでました…」

「『タカシ』ですか…」

「苗字は?苗字覚えてませんか?」

 カツ丼を食べながらも、彼女の話に喰いついてくる。

「苗字は…ちょっと…聞いてたかも知れませんけど…覚えてません」

「そうですか」


 彼女の『タカシ』の印象は、派手なスーツ、黒い車、タバコと、このバタフライナイフだと言う。

 よく、タバコを吹かしながら、クルクルと器用に回していたそうだ。

 なんとなく、その姿が怖いと感じていたのだそうだ。

「私は好きじゃなかったけど…結構、学校でカッコいいって言う女子もいたんですよ」


 この中年女性は、塾に通っていて帰り道に、飲み屋街を通っていた。

 その時に、幾度か『タカシ』を見ていたのだ。

 ヤクザ風の男と話している『タカシ』そのナイフで他人を脅しているところも見たことがあるようで、目が合うと、威嚇するように睨んできたそうだ。

 ある夜、エサが欲しくて寄ってきた野良ネコを蹴った酔っ払いがいて、Barから出てきた『タカシ』が、たまたまソレを見てしまった。

『タカシ』はその酔っ払いを散々蹴りまくったあげくに、ナイフで爪を1枚ずつ剥した、『タカシ』のほうが怖くて、その場を動けなかったと話していた。


 他に客が来なかったせいで、長々と話を聞かせてもらった。

 どこまで本当か、解ったもんじゃないが…『タカシ』という男の凶暴な面だけは理解できた。


「どう思いますか?」

「『タカシ』が『片山 崇』かってことか?」

「はい」

「そうだろうな…間違いなく」

「Barって言ってましたね」

「あぁ…」

「何してたんでしょうね?」

「ん?」

「いや、ほら、『片山 崇』って下戸げこだったらしいじゃないですか」

「……そうだったか?」

「えぇ…確か、捜査報告書に記載されてましたよ」

下戸げこでもBarに行くことくらいあるんじゃないのか…そうか…そのBar」

「えぇ、ほら、裏カジノとかと繋がるのかな…と…ハハハ…」

「う~ん…妄想といえばそれまでだけどな…」

「刑事のカンってやつです」

「お前、さっきの定食屋に戻って、そのBarの名前、憶えているか聞いて来い」


『好奇心が猫を殺す』

『カンのいい刑事は早死にする』

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