cinque(5)

「たかがナイフ?」

「そうだ、たかがナイフだ」

「どういうことですか?」

「それ以上に、何も思わないだろ?」

「はい」

「だからいいんじゃないか…たとえば…如何わしいクラブの会員証とかだったら、気にするよな?」

「えぇ…そうでしょうね」

「ソレと解らない会員証ってことなんじゃないかと思ってね」

「会員証?」

「あぁ…裏カジノの噂があったんだよ、このS市にはな…そこを仕切っていたのが、ここいらに事務所を構えていたヤクザでな…色々な噂があった街なんだココは…」

「色々な噂ですか?」

「あぁ…クスリに賭博…色々だ…」


 誰が、何者であるのか?

 全てを把握している奴なんていない。

 誰が刑事で…誰がヤクザかも…曖昧な状況じゃシノギは出来ない。

 身分を保証する『証』が必要なのは、表の世界も、裏の世界も同じなんだ。

 このバタフライナイフが会員証だなんて思わない。

 だが、何らかのグループのメンバーである『証』ではあるのかもしれない。


炎明エンメイ』が属していたグループ…もしくは彼自身が組織したグループ。


「そんな子供の遊びみたいなこと…」

「子供みたいなことだから、いいんだろ」


 翌朝、俺は、再び警察を訪ねた。

 昨日の警察官にナイフについて、覚えていることを話してもらった。

 ナイフを押収したかどうかは解らないが、取り上げたナイフは細身のバタフライナイフであったとのことだった。

炎明エンメイ』の供述は、曖昧で不明確であったため、事件の翌日、被害者の供述の方が調書には色濃く反映されていた。


 推測するに…おそらく、この調書の段階で、凶器がバタフライナイフから包丁へと変わったのだろう。

 証拠品ではないバタフライナイフは『炎明エンメイ』に返され…ホテルから包丁が改めて押収された。

 証言が変わったわけではないので、バタフライナイフの記録には残っていないというわけだ。

 警察官が、サラッと書いたバタフライナイフは、確かに刃渡りが長く、細いシルエットだった。


 駅前の定食屋で、アイツを待つ。

「カツ丼ひとつ」

「あいよ」

「あ~三つ葉…抜いてくれる?」

「はい」

 出てきたカツ丼にはグリーンピースが3個乗っていた。

(これも…嫌いなんだけどな…)

「ただいま…」

「あ~お義父さん…店から出入りしないでくさいよ…ホント」

 年配の男性が、店の入り口から入ってきて調理場に入って行く。

「あ~カツ丼には…グリーンピースは合わん…」

 そう言って、奥へ下って行った。

(まったくだ…異物以外に何ものでもないだろう…)

 ガラッと店のドアが開いて、アイツが入ってきた。

「あ~、昼ですね…同じモノ食べようかな、カツ丼ひとつ」

「どうだった?」

「はい、細身のバタフライナイフだったみたいですね…一応、覚えてるイメージでいいんでって絵にしてもらったんですけど、コレです」

「なるほど…特徴的だったみたいだな…俺の方もな」

 グリーンピースを蓋に移して、ポケットから警察官の書いたバタフライナイフの絵を見せた。

「どう思う?」

「同じモノだと思います…木目のグリップも同じです」

「だな…」

 カツ丼を掻きこんで、水で流し込む。

「お待ちどう…そのナイフ…思い出したくないわ…」

 カツ丼を運んできた、中年女性が顔をしかめる。

「話…聞かせてもらえますか?」

 俺は、懐から警察手帳を取り出した。

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