vier(4)

 この事件を最後に、捜査本部は解散させられた。

 非公開捜査となったのだ。


 上からの指示…。

 曖昧な命令、だが絶対の命令。


 俺は、この捜査から外された。

 非公開に切り替えられたのは、俺のせいかもしれない。

 俺には自宅待機命令が出ている。

 辞職を促されているのかもしれない。

 失格だ…警察官としても、人としてもだ…。


 どちらにもなれなかった、あの瞬間…。

 後悔や懺悔じゃない、きっと失望だ、自分自身へ。


 迷う…迷った。

 間違いなく迷った…警察官の職務と、人間としての行動と、俺の天秤は揺れ続けた、そして…。

 俺は…俺の天秤はどちらに傾くことも無かった…。

 部屋で酒を煽る。

 もし…あの時、俺が拳銃を所持していたら、撃っていたか?

『片山 崇』

 この男は、殺してでも止めなくてはならない。


 この時の感情は、正義感から来たものなのか…それとも怨みからきたものなのか…俺には解らない。

 解るのは、明確な殺意が俺には芽生えたということだけだ。


 迷いはもう無い…。

 次に『片山 崇』を見つけた時に、俺は…。


 だが、拳銃はおろか、警察手帳すらも没収された俺は、今、無職に等しい。

 身分の証明すらできない状況で、『片山 崇』を追うことなど出来やしない。


 やみくもに探し回っても、見つけられるはずがない、それどころか、『片山 崇』は俺から遠ざかるばかりだろう。

 いや、その前に公安に取り押さえられるだろう…。


 きっと、探し回っているはずだ、『片山 崇』の行方を…もう見つけていても不思議ということはない。

 実際、公安なんて何人が所属しているかも正確に知る者など、ごく僅かだ。

 潜入捜査員など、互いの顔も知らなくて当然、民間企業へ身分を隠して潜入しているなんてザラなのだ。

 案外、恋人が…部下が…なんてパターンもあり得るのだ。


 どうせ、俺にだって監視は就けられているはずだ。

 俺同様に使い捨ての歯車、小さな小さな歯車。


 俺は、酒臭い部屋の窓を開けて空気を入れ替えた。

 少し陽が傾いた午後、俺は何日かぶりに外へ出た。

 向かった先は、最寄駅。

『片山 崇』を追うわけではない、まして旅に出るわけでも…。

 適当に電車に乗っては、気の向くままに降りて、街を散策して、また電車に乗る、降りたと思わせ、発車直前に戻ったりする。


 別に監視員をこうとしているわけではない。

 むしろ逆だ、寄ってきてほしいのだ。


 俺の身柄を確保されるくらいまで…。


 夜になって映画館に入った。

 上映が始まって、しばらくすると、3つほど離れて左右の席に男が座る。

 そして後ろの席から声がした。

「そのまま映画を観ていてください…観終わってからで結構ですが…ここに御足労願いたい」

 そう言って、小さな紙切れを俺に握らせた。


 映画を観終わってからでいいのだ…まぁ焦ることはない。

 俺は、少しぬるくなったコーラをを飲んで、興味もない映画を見続けた。

 内容は覚えていない。

 なんか話題作ではあったようだが。

 面白いとは思わなかった…映画を愉しむような状況ではないわけだし。


 喉が渇くのは、緊張のせいだろう…『片山 崇』、アイツも緊張で喉が渇くなんてことあるのだろうか…。

 人を殺す前というときには…。

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