zwei(2)

『片山 崇』の観察を始めて、2週間が過ぎようとしていた。

 観察を始めて、初めての異変が起きる。

 スーツに鞄ひとつで、彼は新幹線に乗ったのだ。

 行先はK県K市。

 仕事でも、旅行でもない。

 思い込みだったかもしれない、で確信していた。

 コイツは誰かを殺るつもりだ…。


 俺の様な男でも解る。

 あからさまにまとっている空気が違う。

 混雑している車内でも、誰も彼の隣に座ろうとしない。

 ビジネススーツを着た、ただの中年男性。

 だが…誰も近寄らない。


 ずっと観察していた私には、その変化がよく解る。

 昨夜までの『片山 崇』ではない。

 別人のような雰囲気の違い。


 確かに『片山 崇』は他人を寄せ付けない空気を持っている。

 今日の『片山 崇』はソレではない。

 怖いという単純な恐怖感ではない。


 上手い例えではないだろうが…ホラー映画で例えれば、西洋のホラーと邦画のホラーの差とでも言うのだろうか、視覚的な恐怖、叫びたくなるような恐怖が普段の『片山 崇』なら、今日の『片山 崇』は脳みそを鷲掴みするような、本能に刻み込まれる絶望を与えてくる恐怖だ。


 あの鞄には拳銃が入っているのだろうか…。

 そればかりが気になる。


 それに…昨日の行動…。

 仕事帰りに無人駅のコインロッカーを開けて、そのまま閉めた…。

 真夜中、ふたたび無人駅へ行き、ロッカーから紙袋を取り出した。


 おそらく、紙袋の中身は拳銃だろう。

 おそらく…。

 報告はする。

 だが、想像や憶測は厳禁だ。

 あるがままを報告するだけ。


『片山 崇』は、そのまま車で自宅へ戻った。

 そして…今朝、新幹線に乗り込んだのだ。

「あの紙袋は拳銃だったはず…」

 あんな無人駅のコインロッカーに拳銃を隠していたのか…。

 踏みこまれるのを警戒してはいるんだな、しかし…慎重とは言い難い手口、足が付かないと思っているのだろうか…。


 行動から判断するに、『片山 崇』という男が、よく解らない。

 慎重なのか…大胆なのか…。


 こうして、『片山 崇』を見ていると、自分が警察官として正しい行動をしているという自負が崩れていく。

 この男は、これから誰かを殺しに行く。

 それは間違いない。


 だが…俺は、それすら見ているだけでいいのだろうか。


『片山 崇』が動いたことは報告している…上は、なんらかの策を講じているのだろうか。

 それとも、この男を使って、何かをさせようとしているのだろうか。


 俺たちに逮捕権が与えられていないとしても、捜査員だって、この男はマークしているはずだ。

 昨夜だって…任意の事情聴取くらいはできたはず。

 疑問しか湧いてこない。

 捜査員にも圧力が掛かっているとしか思えない。

 逮捕状はもちろん、事情聴取すら出来ない、その事情とは…。


 新幹線から降りる『片山 崇』を背中を見続ける…器用に人ごみをすり抜けるものだ。

 こうやって、人生を縫うように生きてきたのだろうか…。


 この人ごみで、今、この瞬間も…。

 コイツは銃を抜くかもしれないのだ…。


 嫌な汗が、俺の頬を伝っていた…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る