Garden of Eden

eins(1)

 公安に配属されて8年になる。

 あまり、それらしい任務を命じられたことはない。


「キミには、この音をマークしてもらう」

『片山 崇』

 この男の資料は、驚くほど少なかった。

「これだけですか?」

 などと聞くような事はしない。

 ここは公安なのだ。

 現在、私に公開していいのはここまでということだ。

 裏読みをすれば、それほど危険な人物なのかもしれないということでもある。


 もともと、公安にマークされるような男…普通であるはずがない。

 資料が少なければ、少ないほど危険な男ということだ。

「決して逮捕はするな…あくまで監視だけだ…解ったな…」


 見失わなけばそれでいい。

 何も考えず、詮索せず、淡々とただ記録し、定期的に報告してくれればいい。


 資料には、現在5名を殺害した容疑者とされている『片山 崇』

 重要参考人となっているが、捜査本部では犯人ホシとして断定している。

 次に行動を起こせば、いつでも引っ張れる。

 そんな段階だった。

 なぜ身柄を確保しないのか?


 泳がせておくには、犠牲者が多すぎる。

 危険だ…。

 拳銃の所持だけでも引っ張れるだろうに、なぜ?


 この男には、いったい何がある…。

 命令には絶対服従、警察という縦社会において、私の意見など誰も求めていない。

 だけど、私だって警察官の端くれなのだ。

「野放しにしておいていいわけがない」


 私は、この男の監視を始めた、疑念の目を彼に向けたわけだ。

 なぜ?という疑念。


 不思議な男だった。

 特別に盗聴器などを仕掛けてなんてことは求められていない。

 私に課せられたのは、観察と報告だ。

 郵便受けを漁る、ゴミを回収するなんてことはしない。


 ただひたすらに観察し報告する。

 とくに外出時、何時に、何処に行ったか?

 それだけ…対象が容疑者でなければ、誰でもできるアルバイトだ。


 実際、しばらくは何も起きなかった。

 仕事が終われば、真っ直ぐ帰宅。

 休日もほぼ外出することも無く、気味が悪いほどに静かに暮らしていた。

 時折、女性と食事をすることがあった。

 特に、捜査対象ではないので、この女性のことは詳しく知らない。

 しかし、決まって、夜に逢い、雑居ビルの近くで別れることから、水商売、あるいは風俗嬢だと思う。

『片山 崇』が風俗を利用することは知っていたが、特定の嬢と付き合っているとはにわかに信じられない。

 この男に限って恋愛なんていう他人との関係性が想像できない。

 私にとっての『片山 崇』は心を持たないMONSTER以外のナニモノでもない。


 しかし、彼女と食事をしている『片山 崇』は、至って平凡な中年男性だった。

 独身のせいか、実際の年齢よりは若くは見える。

 そして、その中年は若い嬢に振り回されているように見えたのだ。


 その様子は、傍目はためには、少し歳の差がある恋人のようだった。

 彼女を見ている『片山 崇』の目は、とても優しく…表情も穏やかであった。


 別れぎわにキスを交わす2人の姿、彼女の髪を優しく撫でる、慈しむように…別れを惜しむように…。


 私の視線の先にいる男は、5人を射殺した容疑者…。

 いや…99%犯人なのだ…。


 視点を変えれば、5人を殺して、平気で日常生活を過ごしているわけだ。

「やはり…この男はMONSTERだ…」



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