第35話 混濁の果て

「やっと回収できたよ…長かった…本当に長かった」

「警視監、御心労、察します」

「うむ…20年以上、悩まされたからね、やっと安心できるということだ」


 当時の失態…。

 自分の部下が、情報を漏えいさせている、公安部からの報告があったのだ。

 当時、社会問題にもなっていた、イカれた教団をマークしていた公安からの報告。

 麻薬捜査の指揮を執っていた私にリークされた情報は衝撃的だった。

 捜査員がヤクザと繋がっている…。

 目の前が真っ暗になった。

 警察上層部が知る前に、ケリを付けなければならない。

 公安部は教団が標的でありヤクザには無関心だった、これが幸いだったのだが…問題は、その捜査官をどうするかということが問題だった。

 捕まえれば公になる。

 ヤクザから情報が漏れる場合もある。

 保身を考えると、双方に迂闊に手を出せなくなっていた。

 だが…運が良かった。

 手を、こまねいているうちに、捜査官が殺されたのだ。

 予期せぬ幸運。

 しかも、殺ったのは不法就労の中国人だ。

 外交的にも微妙な時期だった。

 身柄を拘束された中国人は、内々の処理だけで本国へ強制送還になった。

 被害者が私の部下ということで、私は事件の口止めと引き換えに、今の立場を手に入れた。

 もちろん、処理には尽力した。

 全身全霊を傾け、事件を闇に葬った…つもりだった。

 だが…ひとつだけ、たったひとつだけ、ほころびが生じた。

 捜査官が持ち出した拳銃が回収できない。

 公に操作は出来ない。

 たかが1丁の拳銃だ…だが…嫌な予感がしたのだ。

 このことが、後々、鎌首をもたげて来るのではないか…。

 その予感は、20年経って、私の喉元に喰らいつこうとしてきた。

 弾痕の一致。

 あれから、20年、拳銃が使用された件はもちろん、クビなし出所不明の押収品まで目を光らせていた。

 それなのに…よりによって連続射殺事件に使用されるとは…。

 後手に回りながらも、公安を使い、上層部を脅しながら、強硬とも取れる権限で事件に蓋をした。

 被害者の数は問題ではない…。

 拳銃の回収こそが最優先なのだ。


 正直、公安は諜報には長けているが…捜査には不向きだ。

 その性質上、個人で動く公安は組織戦には向いていない。

 あの中国人『炎明エンメイ』の魂に導かれる様に『片山 崇』は凶行を重ねていく。

 それを追う者が真実に触れる前に、消すことで手一杯だった。

 まったく警察官というものは、正義を貫こうとする輩が多い。


 かつての私にもあったはずだ。

 歪んだわけではない。断じて歪んでいない。

 私が守ろうとしたのは、警察の威厳だ。

 決して保身ではない。

 散っていった名もなき捜査官達も、各々の立場で、その正義を…威厳のために犠牲になったのだ。

 私は、その屍の上に立つ…立ち続けなければならない。

 それが私の責任だ…そして償いだ…。


「解ってほしい…惡を断罪するには、己も罪を犯す必要があるのだということを…」


 今日からは、枕を高くして眠れる。

 守ったのだ…私は…そしてこれからも守るのだ。

『正義』を…正しさを、清く…美しき…この金色の桜に誓おう。

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