第36話 削除される事実

「公には出来ない!!」

 これが警察上層部の決定であった。

 報告だけでも一般人を9人殺害している。

 警察関係者にも犠牲者は出た。


「この拳銃1丁回収するだけで、何人死んだんだ…」

「まぁいいじゃないか…ようやく、決着が着いたんだ」

「警察官が守るのは一般市民だけではないということだ…牽いては、この国の秩序を守るということだ」


 知らなくてもいい事実もある。

 知らせないほうがいい真実もある。


 この事件も数ある不都合な真実のひとつとして、記録され…沈められる。


 誰にとって不都合だったのだろう…。

 少なくとも、一般市民にとってではなかったはずだ。


「私とて、この国に暮らす、人間のひとりなのだよ…尊重してほしいものだ」


 きっと…誰かの生活を守るために、犠牲になったんだ…。

 ファイルを整理しながら、僕は、この事件をなんとか飲み込もうとしていた。


 ここに運ばれる資料は、一般には公開されないものばかり。

 警察内部では、『墓場』と呼ばれる部署、そこで勤務する我々は『墓守り』と卑下されている。

 ここで使用されているPCはネットに繋がれていない。

 ハードディスク入力用の端末にすぎない。

 資料は入力後、即座に破棄される。

 メモリの類も使用できなくなっている、もちろん持ち込み厳禁だ。


 隔離された部署。

 ここに配属されるには資格が必要だ。

 警察内部で不祥事を起こした者。

 公安の監視のもとに生活を送らなければならなくなった者。


 現在5名が『墓場』で『墓守り』をしている。


 僕が今、入力している事件も、数時間後には、事実上、閲覧不可能なハードディスクで永遠の眠りに就く。

 僕達は『墓守り』じゃない…『墓堀り』だ。


 本当の『墓守り』は、警察上層部にいる。


 不祥事とは自らに責任があるわけではない。

 偶然知った情報が…ここにいる連中は、そんな奴ばかりだ。

 云わば被害者。

 不都合な真実を知ってしまっただけの被害者。

 そして、犬のように尻尾を振ってしまった…脅しに屈した臆病者。


 狭い専用のブースを出て、身体検査をされる。

 そして、誓約書にサインして、紙資料を渡す。

 入出する際にチェックされた枚数と合致させて、3名体制で資料を燃やし、ようやく解放される。

 解放と言っても、自由になれるわけではない。

 宿舎に送られて、部屋に閉じ込められるだけ…外部との通信手段が絶たれた部屋に外側から鍵が掛けられる。


 携帯などの通信機器は、監視の前で無いと使用は許可されていない。

 この部屋に入る前に没収されるのだ。


 僕は警察官なのだろうか…囚人となにが違うのだろうか…。

 永遠の牢獄から逃れることはできる。

 この部屋は高層階にある。

 10畳のワンルームには生活に支障があるわけではない。

 そして、この部屋には窓がある。


 そう…ベランダもある。


 警察は口封じはしない。

 でも…僕がソレを選ぶことは拒まない。


 ここから逃れる術はある。

 この身を…自由にする術はある。


 選ぶのは自分だ…。


 窓辺に立って…月を見上げる。

 少しだけ、身体を前に傾ければ…

 手を伸ばしても遠ざかるだけの月は美しかった。

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