フライ・ミー

第16話 電車と街

「有給消化させていただきます」

「好きにしろ…」


 小さな会社の2代目社長、親が社長だっただけ…それだけの男。

 小物感が半端ない小男だ。

 依頼があれば殺したい、いや無くても殺したい。

 私は、自分が低学歴であることを恥じている。

 両親が貧乏だと、学歴は低くなりがちだ。

 もちろん、本人の努力で逆境を覆す人もいる。

 だから、両親のせいにはしない。

 要は、私は努力を諦めたのだ。

 その結果が今だ、と言われれば反論することはできない。

 人のせいにはしないし…できない。


 産まれた時からあるものは利用すればいい。

 だけど…それが自分の力だと勘違いするヤツには虫唾が走る。

 昔から金持ちは嫌いだ。

 欲しいモノは盗めばいい…盗むしかないのだから、手に入れる方法が…。


 産まれの差を埋めるということは、相当な努力が必要だと、私は思う。


 午前中で会社を去り、自宅でスーツに着替える。

 しばらくは、アッチで泊まることになるが、特に荷物は必要ない。


 俺は、一番最初に装填済みのリボルバーを鞄に入れた。

 後は、財布があれば問題ない。

 日帰り出張より身軽な移動だ。


 新幹線に乗るのは久しぶりだ。

 以前の職場では、それなりに出張も多く、新幹線・飛行機にも乗ることがあった。

 しかし、今日辞めた職場では、ただの現場作業員。

 出張などあり得ない。

 機械の前で、時間が過ぎるのを待つだけの仕事だ。

 油臭く…鉄の粉を被り、切り傷の絶えない職場。

 誰一人として、やりがいなど感じていないそんな空気が、気化した油と混じり充満している工場。

 もやのように充満した油を吸って、不満とため息を吐く職場。


 もうそこに戻ることはない。

 それだけが今の私にとって前向きな要素。

 次の仕事も決まってないままに退職した中年を雇う物好きな会社を探さなければならないのだ。

 収入も途絶える。

 よく考えれば、前向きになれる要素など何もない。


 久しぶりにスーツで新幹線に乗り込むと、懐かしい気持ちになる。

 忙しかった…けれど、やりがいはあった。

 責任も、誇りも持っていた。

 でも…失った。

 失ってみると、ソレがそんなに大事だったのか…と思わずにはいられない。

 私は、『仕事』によって形成されていたのだと、気づかされる。

 会社にとって大事なのは、私では無かったのだ。

『仕事が出来る私』が大事だったのであって、理由はどうあれ『仕事が出来ない私』は必要ないのである。

 そして、組織内で『仕事が出来る私』は嫌われ、妬まれ、疎外される。

『仕事が出来ない私』に為らなければ組織人ではないというのだ。

 与えれば熟す…じゃあ…与えなければいい。

 私は、些末な業務ですら与えられなくなった…。

 デスクに座っているだけの日々…2年間をそうやって過ごした。

 すると、会社は私に退職を薦めてくる。

 異質なモノは上からも、下からも押しつぶされて弾かれてしまうのだ。


 出来る人間というのは、こういう組織で上手に泳ぐことが出来る人のことをいうのだ。

 上も、下も、コントロールできる組織人、それが真に仕事が出来る人だ。

 私は、たまたま与えられた仕事が結果上手く転がっただけの凡人だったわけだ。

 勘違い甚だしい…。


 窓に流れる風景に緑が無くなり…グレーに変わる。

 さて…郷愁は置き去りにして、仕事をするとしよう。

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