欠如

 華奢な体つきだ、肌が白く全体的に線が細い、しかし目つきが異常に鋭い。

 足を組んで座る彼の膝に置かれた左手には、高そうな腕時計が見えた。

 数十万の時計だろうと思う。

 高校生には不釣合いだ。

 彼は、正面を向いたまま、電車の揺れにあわせて首がコクコクと小刻みに揺れる。

 時計を見ていることに気づいたのか、彼は私のほうを見て

「いい時計でしょ。盗んだんですよ」

 とニコリと笑った。

 私の心臓が『ドクン』と大きく動いた。

 最初はお菓子や乾電池とかポケットに入るもの、いわゆる万引きから始まった。

 そのうち、アクセサリーやゲームソフトになり、服や靴、挙句にはTVも盗んだらしい。


 彼を好きになれないのは、ソレを自慢のように話すことだ。

 盗むためのリスクや、計画を得意げに話す。

 恥ずかしながら、私も最初のうちは、ドキドキしながら聞き入ってしまった。

 それほど、彼は話術に長けていた。

 欲しいものは大概盗む。

 金に換えられるものもよく盗む。

 盗めないものだけを金で買うというサイクルらしい。

 口座から金が減るのが嫌なんだそうだ。

 降ろしに行くのも面倒らしい。

「最初はねバイクを買おうと必死にアルバイトしたんですよ」

 でもね、1ヶ月働いて、20万くらいしか稼げない。

 それでも当時は大金で、嬉しかったんですよ」

「バイクとヘルメットを買ったら、全部無くなった。当然ですけどね。そうしたら喪失感が襲ってきた」

 さっきまで財布のなかにあって、落とさないように、盗まれないようにとしっかり握っていた金がレシート1枚に変わる瞬間って、たまらなく空しくなったんです。

 一呼吸して彼は、私の顔を見て、フフフと笑った。

「最初はね、欲しいものを盗んだだけなんですよ」

 食べたいからとか、読みたいからとか、純粋な欲求ですよ。

 そのうち、どうしても盗めないモノが欲しくなるんです。

 考えても、考えても盗めない。

 昔ね、担任が言ってたんです、3日考えて欲しいものは本当に必要なものだとね。

 だからね、考えたんです。しょうがないから買おうって決めたんです。

 で、買ったらやっぱり喪失感が大きくて落ち込んでしまいました。

 だからね、損失を埋めるために今度は、売ることを考えたんです。

 自分の欲しいものを盗むのではなく、お金に換えるために盗むんです。

 コレはね、誰も困らないんですよ、欲しい人に半額で売る。

 双方に利益がある単純な商売です。

 お金はどんどん増えて、100万を超えたときはうれしかったなぁ。

 私は、この短時間に何回『盗む』という単語をきたのだろう。

 少し、麻痺してきたのかもしれない、彼に対する嫌悪感が薄れつつある。

「盗まれた人のことは考えないの?」

 私は、少し諭すように話しかけた

 彼は、何を言っているのやらと言った表情で、大げさにてんを仰ぐジェスチャーをした。

「いいですか、個人商店なんて狙わないんだ、可愛そうでしょ。」

「狙うのは、大手の店、確実に保険にはいっているような店でしか盗みません」

 泥棒の美学とでもいうつもりなのだろうか、彼にはルールがある。

 それを破らない限り、自分の行為を正当化しているのだろう。


 電車が停まった駅の名は『空虚』

 高校生は降りるときに、私に言った。

「止められなかったんだよね…」

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