第15話 悪人正機

『カセ・コウジロウ』を始末した翌日、私は会社を休んだ。

 もう、辞める日まで決まった会社だ、気兼ねは要らない。

 雨に打たれたせいか、体調が悪い。

 それでも私は、ファッションホテルに向かった。

 誰でもいい…から私は『コトネ』に逢うために…。

 ホテルに入ってすぐに店に電話した。

「コトネちゃんをお願いします」

「出勤、20時からなのですがいいですか?」

「えぇ…お願いします」

「解りました、お時間は?」

「あぁ…120分で…」

「ありがとうございます、ではホテル入られましたらお電話ください」

「あぁ、もう部屋に居るんで、ローズの305です」

「解りました、では20時20分頃のお届けになると思います」


 まるでモノだな…。

 お届けになるか…。


 お伺いだろ…普通は。

 私が常識人だとは思わないし、教養があるわけではない、むしろない。

 学歴も高卒で、底辺工場の現場勤務、しかも、もうすぐ無職になる。

 ひょっとしたら、さっきの受付の男のほうが学歴高かったりしても不思議じゃない。


 実際、嬢のなかには、英語が堪能であったり、中国語が話せたり、高学歴な嬢もいるのだ。

 風俗嬢=低学歴・低知能ではない。

 客であるサラリーマンより、ハイスペックな嬢も少なくないのだ。

 彼女達はOLを選択しなかっただけ。

『コトネ』もそうなのだろうか…独特の間延びした話し方、そんな風には思えないが…。


 ホテルの部屋でアダルトチャンネルを垂れ流しながら、私は『コトネ』を待つ。

 何を話そうか…笑ってくれるか…そんなことばかり考えていた。

 4日前に人を殺した男が、今、風俗嬢と何を話そうかと考えている。

 壊れている。

 でも、壊れている自覚があるのだから、壊れてはいないのかもしれない。

 案外、そんなものかもしれない。


 俺は、仕事で殺しを選んでいるだけ…別に遺恨から他人を殺しているわけではないのだから。

 食べるための手段は、人それぞれなのだから…。


『コトネ』が部屋に入ってきて、笑う…服を脱いで、一緒に風呂に浸かる。

 細い身体、胸のふくらみはまったく無い細いだけの身体。

 だが…美しいと思った。

 触れてはいけないような感覚に襲われる。

 風俗嬢なのに…。


 私は、慈しむように『コトネ』の身体に触れた。


 それからも、何度も『コトネ』と逢った。

 仕事を辞めて、時間だけはあった。

 貯金が尽きるまで『コトネ』と逢った。


「なんで、アタシの名前聞かないの?」

 ある日、不思議そうに『コトネ』が私に聞いてきた。

「ん…特に本名に興味ないよ」

「変なの、みんな聞いてくるのに…興味ないのかと思ったけど、よく呼んでくれるし」

「普通聞くものなのかね」

「うん、住所とか電話番号とかね」

「教えるの?」

「人によるけどね」

「そうなんだ…」

「あのね、連絡先教えてよ」

「私のかい?」

「うん、今度、お店以外で逢いたいから」

「いいよ」

 私は個人連絡先の名刺を『コトネ』に渡した。

「名刺なんて持ってるんだ、個人の名刺なんて初めて見た」

「私からは連絡しないから、いつでも連絡してよ」

「うん、そうする」

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