第12話 借屋と作業着

 レポートに書いてあった住所に出向いてみる。

 ワンルームマンション、会社が社宅として借りているようだ。

 ここの3階、304号室。

 ベランダに作業着が干してある。

 汚れが無い…つまり服を汚すような仕事はしていないということだ。


 まぁ大体想像は付く。

 そういう人間なのだろうなと思っていたというか…まぁ…ためらいなく引き鉄を弾けるってことだ。

 車から右手で人差し指を銃口に見たてて小声でバーンと呟く。

 愉しんでいるわけじゃない。

 でも最近、機嫌がいい。

 会社も辞めるし…この歳で無職になるというのに不安より解放感が私の心を支配しているのだろうか…。

 殺しに愉悦を感じてるとは思いたくない。

 いや…認めたくない。


 それにしても、厄介だ…正直、集合住宅というのはにくい。

 隣に誰が住んでいるかも知らない。

 それは、田舎も都会も同じだ。

 他人に興味を抱かないのは、時代というものだ。

 都会の人は冷たく、田舎の人は暖かい…そんなことはない。

 田舎の閉鎖間と陰湿さは都会には無いものだと私は思う。


 自分たちに染まらない者には、徹底した仕打ちを行使してくる。

 その後に染まろうとすることすら許さない。

 この街もそういう場所であり…そういう場所で育った人達の集団が会社として乱立しているのだ。


『カセ・コウジロウ』は都会の産まれだが、転勤で田舎に左遷された。

 本社では、使い物にならない…田舎に飛ばされた左遷組。

 その鬱屈した感情を周りに吐きだし、有能な社員を潰すことに生きがいを見つけた。

 そんなところだろう。

 依頼人も、コイツに追いやられた誰かなのだろう。


 俺に言わせれば、コイツも、依頼人も大差ない。

 立場が逆なら…同じことをしているんじゃないだろうか。

 会社でも辞める羽目になったのか、その報復に殺しの依頼とは…。


 そんなヤツだから的にされて…そんなヤツだから殺される…。


 俺にはどうでもいいことだが…。


 金で始末を請け負う俺も…大差ないんだ。

 今は、殺す側に立っているだけ…いずれ、こいつらと同じ…。


 だから…俺は考えない…コイツラの背景にあるものなんて…。

 だけど…なぜ、俺はレポートから背景を想像し、何かを思うのだろう?


 馬鹿らしい…私は、その場を離れた。

 下見は充分だ。

 解ったことは、仕事しにくい条件と立地だということ。


 集合住宅は音が響く。

 他人に興味は無くても、異変には興味を持つものだ。

 壁に耳を当てることくらい…ドアから廊下を伺うくらい…そんな小さな興味が、ひとつの箱の中で、いくつも暮らしている。


 レポートによれば、騒音でクレームを何度か受けていた。

 壁も、床も薄いということだ。

 サイレンサーを装備できないリボルバーとは相性の悪い環境といえる。


 至近距離で1発で仕留める。

 これがベストなのだ。

 ナイフが使えないわけではないが…どうしても、急所を一突きというわけにはいかない。

 殺るまでに時間が掛かる、証拠も残る。


 どうしたものか…。


 できればコイツは、メッタ刺しにしてやりたい。


 はてさて…どうしたものか…。

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