第8話 ポーカーチップ

 昼休み、車の中で過ごす。

 他人と関わりたくない。

 もともと朝食も、昼食も摂らないから、居場所が無いのだ。

 車でエアコンをかけて、ただ目を閉じて時間が過ぎるのを待つ。

 少しだけ…眠れる。

 浅い眠り、夢を見るのだが、ロクな夢は見ない。

 大抵は、何かを掴みかけては、逃がす夢…。

 追われる…負われる…終われる?


 眠ることすら拒む日もある。

 目醒めがツライ…明日が約束されている人が羨ましい。

 僕が拒むのは…生か…死か…。

 自分でも解らなくなってきている。


 生きることがツライのか?

 死ぬことが怖いのか?


 人殺しが見る夢は…幸せなわけがないじゃないか…。


 眠りを拒む、昼休み。

 僕の右手で、ポーカーチップがカシャッ…カシャッと心地よい音をたてる。

 チップを回し続ける…クルクルクルクル…狂狂狂狂クルクルクルクル…。


 きっと、死ぬことが怖いわけじゃないんだ。

 ただ…死ぬ前に…どうしても…どうしても…。


 私は人としての途を踏み外している。

 それでも…人として生きている。


 気が弱いクセに、強気を崩さない。

 金メッキみたいな男だと思う。

 輝くメッキが剥がれれば、錆びだらけの地肌が露出する。

 でも、どちらも私なのだ。

 メッキで輝く私も、錆びだらけの私も、私には変わりがない。

 他人が、どちらの自分を見ているのかなんて解らない。

 知る必要もない。


 私の全てを知る者なんていないのだ…私自身だって、自分の全てを理解しているわけじゃない。


 ポーカーチップには裏も表も無い。

 同じ柄が描かれている。

 表も裏も無いものをクルクル回していると、このポーカーチップに自分を重ねてしまう。

 自分の意思は何も無い…ただ誰かのヒマ潰しに転がされて、時に地面に落とされる。

 回し損ねたポーカーチップが座席の下に転がり落ちた…。

 見失った、ただ1枚失っただけ。


 そう…それだけのこと。

 手を伸ばしてまで欲しいモノじゃない。

 そう…私も、それだけの価値しかないのかもしれない。

 この会社でも…いや、この世界の中で、私の価値など『無』に等しい。

 いや、『無』にすら辿り着けない、それすら汚す存在なのかもしれない。


 私は、この世界の沁み。


 4枚になったポーカーチップを回し始める。

 カシャッ…カシャッ…。

 回し初めは、回しにくい、でもすぐに慣れる。

 そう…1枚足りなくても、問題は無い…何も、問題は無い…。

 無くても…足りないとすら思えない。

 掌には、5枚も…4枚も同じこと。


 世界は回る。

 時計は回る。


 始業開始5分前を告げるベルが鳴る。


 そう…開始直前から働けと…5分前から準備しろと鳴るのだ。

 実際の休憩時間は45分でしかない。

 なぜ、私は、こんな底辺の会社にいるのか?

 それは、この世界を下から見上げるため、常に上を睨み、妬み、恨むため。

 生きる理由は、ポジティブでなければならないとは限らない。

 全てのネガティブが私の生きる理由。

『負』から産まれる『生』もある。

 私の心は、『負』で満たされることはない。

 常に渇き…求める。

 全てを呑み込み、悶え苦しみ…上を妬む。


 なぜ、俺は、今日も生きているのか?

 それは、明日『イシワタリ・アツシ』を殺すため…。


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