第7話 妻と子

『イシワタリ・アツシ』 38歳 妻子あり。

 なぜ、こんな平凡な男がターゲットになるのだろうか?

 特別変わった経歴はない。


 大学を出て、東京で就職、地元へ戻り転職、結婚前にもう一度転職して現職。

 嫌気が差すと我慢が出来ないようだ。

 そして決断は早い。

 小心のようで、行動力はある。


 自分に正直なタイプなのだろう。

 見方を変えれば、幼い子供の様な面があるともいえる。

 人懐っこいようで、友人も多く、転職も多いが周囲に溶け込める柔軟性もあるようだ。


 ターゲットの人柄など、どうでもいいのだが…問題は、行動的な性格というところ。

 どちらかといえば、家に籠っている性格の方が、行動を把握しやすい。

 こういうタイプは休日は外に出る、誰かと会う、じっとしていない。

 ゆえに、いつ殺るかが、完全に夜になる。

 家族を巻き込む可能性もゼロではない。


 できれば、ターゲット以外は手に掛けたくない。

 無駄な殺しは時間の無駄だ…俺は快楽殺人者ではないのだ。


 週末、彼は釣りに出かけることが多いようだ。

 レポートによれば、平日の早朝も、出勤時間前に釣りに行くこともあるようだ。

 私は釣りに興味はないが、見ている限り、ただのヒマ潰しにしか見えない。

 そのための道具が、あのような高額で売られているとは…。

 買った方が遥かに安いと思うのだが、それが趣味というものなのだろう。

 特別、趣味を持たない私には理解できない。


 給料が特別高いとは思えないが…彼の釣り道具に注ぐ小遣いの割合は低くない。


 早朝の海岸…殺るなら、そこなのかもしれない…。


 翌日から私は、出勤前に海岸沿いを車で走ってみると、思いのほか釣り人口の多さに驚いた。

 しかも、老人の徘徊じみた散歩や、犬を連れて歩いている人も多い。

 運動部の朝トレなどが行われている曜日もあった。


 結論としては、早朝の海岸は、殺しには向かない。


 寝不足が続き、職場でも身体が重いような日が続く。

『イシワタリ・アツシ』、よくこんな状態で仕事を熟せるものだ。

 事務仕事だから、やれるのだろう。

 私も、かつては事務系の職に就いていたから解る。

 パソコンの画面に並ぶ数字を追い続ける日々、メール・電話の合間にアルファベットと数字を追いかける…向き不向きはあるだろうが、私には向いていたようだ。

 特にストレスを感じることは無かった…だけど…なぜ…他人のあらを探すような業務。

 探される側からは、良く思わない。

 私は気づけば、社内で孤立していた。

 それを享受しようとして、他人と距離を置き、さらに仕事に没頭した…。

 評価は高かった…それを良く思わない奴もいる。

 特に現場からは嫌われていた。

 現場から見れば、自分たちが手を動かしているのに、管理する私の評価にしかならないのだから、反感は当然だ。


 それを、まとめられるのが優秀な管理者なのだろうが、私は違った。

 コスト管理、縮小・短縮を繰り返し、私は人間を管理しているということを忘れていた。

 数字を管理していると、その先に繋がっている人間が視えなくなる。


 当時の私は…そんな人間だった…。

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