第3話 ルービックキューブ

 出勤早々、製造部長に呼ばれた。

「幹部職候補として採用しておいて申し訳ないんだが、もうしばらくマシニング部門でお願いできるか?」

「お話が違いますね」

「いや…解っているんだが……人が足りないんだ、現場は今…」

「今?ずっとでしょ、補充も考えておられないようですし…研修と称して現場で使い捨てる気ですか?」

「そんなことは考えてないよ、ただ…他の部長が、キミを部下に迎えるのを躊躇しているんだ」

「躊躇?」

「うん…恥ずかしながら、この工場は小さい工場だ…キミのように大手から来る人間を使ったことが無いので…その…まぁ、怖がっているというか…」

「それで…どの会議も1度だけ呼ばれては、2度目は無い訳が理解できました」

「あぁ…恥ずかしながら…キミの言ってることの半分も理解できないんだよ…言葉もね…」

「そのようでしたね…質問したら、資材部長がキレだしましたものね…」

「あぁ…まぁ…そういうわけで、申し訳ないんだけど…現場で、もうしばらくお願いできないか」

「御断りします。解雇だというのであれば、労基に行きます、契約不履行ということで…円満退職にしたければ、1年分の給料を払ってください、そしたら辞表書きますよ」

「あ…いや…キミは会社を脅してるのかね!」

「そんなつもりはありません…ただ…この会話も録音させてもらってますので…念のため」

「キミは!……もういい…行きたまえ…」

「失礼します」


 幼稚な連中だ。

 蛆虫みたいな連中…その中に歩を進めている私も変わらないか…。


 昼休み、車でルービックキューブをカチャカチャと回す。

 6面を揃えられない人がいるらしい。

 それは、6面を揃える気がないからだ。

 必ず、決まった位置にハマるのだから…揃わないわけがないのに…。

 1面9か所、実際に動くのは8か所。

 たかが48か所の配置を把握するだけ、もっと言えば、角の3色に挟まれた2色を覚えていればいいだけ…。

 1面しか見ていないから1面しか揃わない。

 6面を見れば6面揃うのだ。


 仕事も同じだ…。

 ひとつの事象を1面からしか見ないから、原因を見失う。

 複数の面から見れば、違う事実も浮かび上がるのに…だから、同じミスを繰り返すんだよ。


 私は会社の行事に参加しない。

 というか知らない。

 掲示板を見ないから…興味がない。

 飲み会にも参加しない…酒は飲めないし、なにより楽しいと思わない。


 私は、何が楽しくて生きているのだろう?


 楽しいって何だろう…生きていて楽しいのかな…こんな連中でも。

 私は、今、この瞬間でも死にたいと願っているのに。


 見下して…見下されて…。

 それでいいさ。

 物事は多面的、ある面では見下して…他の面では見下されて…どちらが上か、下かなんて角度によって変わるもの。

 決めつけるなんてできない。


 今日は気が乗らない…定時で帰ろう…木曜日だ…あの女を殺す日だ。


 シトシトと雨が降る…あぁいい天気だ…こういう日がいい。

 殺すには、こういう日がいい。

 音も消えるし…血も流れるし…雨がいい…雨の日がいい。

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