第2話 厚化粧と男

 翌日から週末まで、相変わらずのクソみたいな金属加工業に勤しんだ。

 今週は、不良を2個作ってしまい、若造のチーム長に怒鳴られた。

 ISOだ、なんだと言いながら、やってることは前時代的な身体で覚えろ的な昭和感。

 ただのオペレーターである自分達を職人などと呼ぶ痛々しさには耐えられない。

 バカ…馬鹿…ばか…気づけば

 車も、家も、油臭くなった。

 この会社に入って、いいことなんて一つもない。

 それだけは断言できる。

 ここは底辺養成所、もしくは収容所だ。


 週末――俺は、『ワタベ・マユミ』の家に向かった。

 日中は大した動きは無い。

 御昼時に、タクシーから中年の男が訪ねてきた。

 小太りで小柄な男、確かレポートに写真が張ってあった――名前は『セガミ・ナオト』同じ会社の本社、開発部の課長。

 妻子ありのはずだが、『ワタベ・マユミ』と不倫関係にあるようだ。

 出張で、こちらに来ると逢瀬を重ねるというわけだ。

 あるいは、そのための出張なのかもしれない。


 しかし、息子も娘もいるのに…呆れたもんだ。


 結局、『セガミ・ナオト』が帰ったのは22:00を過ぎた頃だった。


 日曜日はともかく、『ワタベ・マユミ』は水曜~土曜の夜はスナックでアルバイトもしている。

 もちろん、会社には無届けの副業だ。

 丸い顔に厚化粧、目が小さく、おせじにも美人とは言えない、この女。

 見ているだけでムカムカしてくる。

 依頼でなくても…殺意が湧く…。


 会社でも総務という立場ゆえ、健康診断の結果を覗き見ては笑い。

 他人の給料が高い、安いと言いふらし…気に入らない奴には挨拶もしない。

 典型的な『お局』だ。

 この女が嫌で退職した社員も少なくない。


 依頼人に興味はないが…この女に恨みある元社員ってとこだろうか…。

 どうでもいいことだが。

 金さえ貰えば、別に誰でもいいんだ。

(別にアンタでも…)

 俺は、すれ違ったスーツの男に人差し指を向けて、その背中に銃弾を放つ、もちろん脳内で…。

(ターン!)


 さて…今日は、このあたりで帰ろう。

 下調べは重要だ。

 何日の何時がいいか?

 これが重要なのだ。

 殺すことは難しくない。

 殺す時と場所が難しいのだ。


 コレをしくじると、後始末が面倒だ。

 そのための銃弾5発なのだから…。


 できれば1発で仕留めたい、そのためには至近距離で手早く…殺しと逃走は繋がっていなければならない。

 すれ違い様…恨みがあると、どうしても殺しに時間を掛けたがる。

 それは素人が遺恨に根付いて殺すから。

 プロは殺しの準備に時間は掛けるが、殺しそのものには時間は掛けない。


『Smooth Criminal』

 マイケル・ジャクソンの曲じゃないが、それが一番いい。

 流れるように滑らかなる実行。

 実行には逃走も含まれる。


 しかし…少しやっかいだ…。

 家には引きこもりの次女がいる。

 無職の長男は行動が不規則だ。

 週末には長女が孫を連れてやってくる。


 殺れる時間が限定される。

 アルバイトの帰り…これが一番良さそうだ…。


 後は…何曜日の?ってとこか…。


 できれば、早いほうがいい…なぜだろう…この女を早く殺したい…こんなことは初めてだ。

(殺したい…殺したい…殺したい…殺してやる…その厚化粧の顔の真ん中に、銃弾をぶち込んで殺りたい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る