インナートレイン
桜雪
ラスト・リゾート
第1話 ロッカーと紙袋
「片山さん、お電話が入ってます、事務所までお越しください」
田舎町の鉄工所。
従業員50名程度の零細企業、切削水で空気が油分を含む工場の現場で館内放送が響く。
40歳を過ぎて、転職した先が、こんなちっぽけな工場。
数年前の私なら、相手にもしなかった会社。
対人関係でトラブルを起こし、前職を追われた。
やっと就職できたのは、鉄工所の現場…情けないが、これが現実。
私は、工作機械を止め、事務所へ向かう。
安い安全靴の靴底に、ガチ、ガチと金属のキリコが喰い込み嫌な感触を足の裏に伝える。
(クソみたいな職場…そこで自分の息子でもおかしくないくらいの若造に仕事を習っている自分は…)
「失礼します」
事務所へ入り、受話器を受け取る。
「お電話変わりました…片山です…はい…問題ありません…はい…では、後日…失礼します」
受話器を置くと、社長の奥さんである人事部長が嫌味を言う。
「片山さん、仕事中に私用電話は控えてくださいね」
「えぇ、すいません気を付けます」
不細工で小太り、女子プロレスラーのような体型で厚化粧、歳は私と変わらないくらいだろう。
定時を告げる終了ベルが鳴り、機械の電源を落とす音がアチコチで聴こえる。
私も、機械の電源を落とし、黒く汚れた手を洗いに行く。
皆、無言で精気の無い顔をしている。
(ここは、人生の墓場…生きている実感が湧かない場所…)
安月給に似つかわしくない車、前職では高給取りだった。
貯金を食い潰す日々も1年が過ぎた。
転職も考えて、書類を送ることもあるが、どこも同じような理由で断られる。
『貴殿の経歴を拝見いたしましたが、弊社の規模では貴殿の能力を扱うに相応しくないと判断しました。今回は採用を見合わせていただきました…』
要するに、こんな田舎町の会社では持て余すということだ。
この会社もそうだ。
採用は決まったが、結局、配属が決まらないのだ。
どの部署でも部長が部下にするのを嫌がっているそうだ。
で…1年も研修と称して現場作業に従事しているわけだ、安月給で…。
自宅に戻りシャワーを浴びる。
スーツに着替えてネクタイを締める…自分では見慣れた姿だが、今の会社の連中が俺を見ても気づかないかもしれない。
郵便受けに、小さな鍵が入っている、『No13』
それをポケットに入れて再び車に乗り、隣の市へ移動する。
指定された無人駅のコインロッカーに先ほどの鍵を差しこみ空けると紙袋が入っていた。
俺は紙袋を助手席に放り込み、運転席でタバコを吹かす。
『DEATH』アメリカのタバコだ。
マッチで火を着けるのは私のこだわり、独特の香りが口に広がる、ひと吸いめが好きだ。
紙袋の中には写真と4枚のレポート。
中年の女…化粧が厚い、気に入らない顔をしている。
レポートには女のプロフィール 『ワタベ・マユミ』 バツ2で独身、腹違いの子供が3人。
長女は風俗嬢・長男は無職で恐喝の前科持ち・次女は引きこもり…カスみたいな家族だ。
そして1ヶ月の行動記録や、よく立ち寄る店などが記載されている。
(他愛もない依頼だ…)
紙袋の中のリボルバー、5発の弾が装填済み。
(5発も要らねぇよ…舐めやがって…)
俺は地面に吐き捨てたタバコを革靴の底でギュッと踏みつぶした。
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