人類よ、鴉をしばけ

アーモンド

佐々木憂紀、17歳の狩猟

はじめに―――――。

あれは今からわずか数時間前の出来ごとだ。

『カラスの高度知能化実験が成功』した世界で俺は生きていた。

俺には名前が佐々木憂紀ササキユウキの一つしかないが以下略。

……取り敢えず読んでくれ。そしたら後で何を思おうが勝手にしてくれて構わない。

何処から話そうか。

あれは俺がやらかした、その最初の日だ。




    ・  ・  ・  ・  ・




「死ねぇぇぇぇぇえッッ!!」

散弾銃が火を噴き、頭上の濡れ羽色を鮮血に染め上げた。

滑空、というより発射に近い形で翔んで向かってくるそれは、他ならぬカラスだった。

何で俺は鴉を射殺しているのか、今となってはその理由も無い。


……取り敢えず、一旦巻き戻そう。こうなった原因を教えたい。

それは俺がまだ普通に高校生をやっていた、その終焉の日の午後から始まる。




    ・  ・  ・  ・  ・




「ああだりぃ。何かもう色々だりぃ」

「まったくだ」

俺は友人の白河榛樹しらかわはるきと、教室の窓際、この五月だと一番涼しい場所を占拠して涼みつつ駄弁っていた。


「……あ、そうそう。お前の事だから知ってるだろうけど、今朝のニュース」

「無理だろ、鴉がヒト並の知能持つとか」

「やっぱり見てたかあ、感心感心」

先生みたいに言われると何故か嫌だ。

「俺は、あると思うけどなぁ。インテリ鴉」

「何でだよ?気持ち悪いだろ、そんなの」

「いやぁ、ヒトが現れた時代も、周りの奴らはそう思ったんじゃね?

『何か野性捨てたヤツいんぞ』ってさ」

思わず飲んでいたイチゴ牛乳を吹く。

流石に野性の概念もないだろ、原始時代。


「サルみたいな類人猿とかなんかさ、

『あらやだ、二足歩行だなんて』とか

『え、何あれ。マジやばめじゃん?』とか、思ってたんじゃないのかなぁ」


なんでサルに主婦やらギャルやらいるんだ。


「でもさ、人間が知能を持ってなかったら、サルとかが天下獲っててもおかしくはないと思わないか?サルが出来るなら鴉とかにだってチャンスあるだろ。きっと」


まあ、分からないではない、か。

白河と話していると、少々頭を酷使しなければならない。個人的に嫌いじゃないが。


と、昼休み終了の予鈴が響いた。

「……あ、んじゃ俺戻るわ」

「おう、また放課後な」

「おう」

まさかあれが白河との最期の会話になるとは思わなんだ。


そして憂鬱な五時間目がやって来る。

俺の嫌いな数学だった為、黒板上の式が全て踊っている様に見えて来はじめた、その時。


「――――なんだあれ、飛行機?」


生徒の一人が口を開け、全員が窓を向く。

街の中心部にあるシンボル、【工場跡】に垂直に、何かが落ちていた。

歯車を象ったタワーの頂点にやがて、それは落ちた。

そして学校は吹き飛んだ。まるでブロックで造った家を握り潰すかの如く、簡単に。

あっという間に全てが瓦礫になった。

周りには辛うじて息がある者もいたが、完璧に無傷なのは俺だけだった。

白河はというと――――即死だった。

首根っこを暖房器具のパイプで一発だった。

あまりの様に俺は吐いた。

喉を切る胃液が、憎くて仕方なかった。


だが、その後だった。俺が対峙する事になった、アイツらが来たのは。


「ばぁばぁ、ばぁばぁ」

野太い鳴き声を撒き散らし、空を黒々と埋め尽くす、害虫ならぬ【害鳥】。

時にゴミを漁り、時に肉を屠り、時に人さえも襲うソイツらの名前は、朝のニュースでも散々聴いたアレだった。

「…………鴉」

腹の底でグツグツ煮える憤怒を抑えきれず、何処かにぶちまけてしまいたかった。

手頃な瓦礫を手に取り、思いきり投げてみる。鴉は俺を嘲笑うかのようにガァガァと鳴いて避けた。

くそ、鴉のクセに生意気だぞ!

ムキになってポイポイ投げまくってみる。

ところが鴉と来たら空中でひょいと避けまくる。心なしか鳴き声が『バーカバーカ』と聞こえてきた。もう我慢ならん。

何か使える物は……と周りを見渡す。鴉といえば余裕ぶっこいて瓦礫の山に群れてやがる。

――――そういえばウチの校長、趣味で猟の免許持ってたっけか……。

「それだ!!」

校長先生、俺法律幾つか犯します。ごめんなさい(てへぺろ☆)。

瓦礫を漁ってみると、思いの外すぐにお目当ての物が出てきた。

「パッパカパッパッパーン、猟~銃~(ダミ声)」

さあ覚悟しろ害鳥共!穴ボコにしてやらぁ!

「死ねぇぇぇぇぇえッッ!!」

猟銃とは名ばかりの散弾銃が火を噴き、頭上の濡れ羽色を鮮血に染め上げる。

『この野郎、仲間を殺りやがったな!!』

鴉がヒト語を喋っているのも最早気にならなかった。

弾丸の如く飛翔してくる鴉に対し、銃口を向け威嚇する俺。

「おら来いよ、全員射殺だ!!銃さえ持ってれば、俺は敵無しだ!!!」

「バァァァァァァァッッ」

鴉が固まって飛び掛かって来る。

「集団で襲って来るとは、当て易い!!」

銃声が鳴り響く。

鮮血と硝煙が、瓦礫にこびりついた。

銃弾がとうとう切れた。

思わず笑いが込み上げる。

鴉の嘴が、俺の腹に刺さっていた。

また最後の鴉の腹も、銃弾で穴ボコになっていた。

「……引き分け、か……?」

そうして息絶えた鴉を腹から引き抜き、止まらない流血を嗤ってしゃがみこむ。

頭上にはやけに綺麗な星々が出始めていた。




白河、俺は人間の天下を護ったぞ……多分。

遠くで獣の咆哮が聴こえる。

訂正。最後は何かでかめの獣が治めるっぽいぞ、地球。

……俺、もうすぐそっちに…………。


「…………おい、目を覚ませ、おい!!」


おいおい、俺は夢でも見てるのか。

黒猫が、ヒト語を喋ってんぞ!

後ろには……ドラゴン!?


すまん白河。俺まだそっち行けねぇわ。

(了)

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