第十四回 黒い影と

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 圭士は虚を突かれたように、混乱していた。


 なぜ、亜耶弥が出雲編の序盤でその言葉を知っているのか。ましてや、俺を待っていた?


「読者が読むたびに俺らは、ストーリーを旅しないといけないからな。案外、小説世界も繰り返していると飽きるもんだな」


 と、英士談。


「でも、やっと新しい展開が作れそうじゃんな、圭士」


 聖士に肩を叩かれた。


「はいはい。圭士、混乱しちゃんてるからストップ。この暗転空間もあまり長く維持してられないから無駄口禁止。それに頻繁には使えないって前から言ってあるでしょ」


 亜耶弥は子供を叱るように、英士と聖士を黙らせた。


「改めて、私は姫宮亜耶弥。というより、吹雪亜耶弥という方が正しいんだけど」


「えっ、なんで自分の本当の苗字を小説の登場人物が知っているんだ。それにこの空間、Supertailにはなかった」


 亜耶弥はニヤリと笑う。


「なんでって、それはここにいる私たちが登場人物であり、現実に存在する人間だからよ。この中に入った者を亜木霊とも呼ぶそうだけど、あなたと同様よ」


 ――ここにいる私たち。


 圭士は、暗闇にはっきり見える登場人物たちを目で一人ずつ追っていく。


 姫宮亜耶弥。


 八唐司真琴。


 吾妻弥里。


 皇英士。


 有皇川聖士。


 そして、現在誘拐されている刃隠零士。


 女が三人。


 男が三人。


 バー・ブラック・ローズの地下にあった若い男女の骨。あきれが指摘した数と合致する。


 六体の骨は彼女らのものと確定していいだろう。何より亜木霊という言葉を発言し、一小説の登場人物が与えられた自分の名前のほかに、本当の名前を知る術は作者が筆に起こさない限りない。


 小説の登場人物が、作者に生み出してもらったなど思うはずはなく、亜耶弥が現実世界とSupertailの世界を区別している以上、彼女たちは本物だ。


「ということは、双子の姉『京』を助けに来たんですよね」


「えぇ、その通り。まさか、私たちが登場人物として小説の中で書かれているとは思ってもみなかったけど。彼女は見えないものを作る力があるから、小説を書いていても不思議ではない。でも、自分がその中に入り込むことまでは、私も予想できなかった」


 ――姫宮京には、見えないものを作る力がある。


 ブラック・ローズ編の冒頭に、亜耶弥の台詞として書かれていた。まさにそれが現実になったということなのだろう。


 暗転空間が次第に明るくなっていく。だんだん、部屋の輪郭が見え始めた。亜耶弥は少し早口で話しを進める。


「とにかく目的はあなたと同じ。まぁ、聞きたいことは他にもあると思うけど、またの機会にしましょう。あと私たちを助ける方策があるなら、順番は圭士に任せる。なるべくなら、私が最後がいいけど」


 と、亜耶弥はまたニコリと笑う。


「おい、亜耶弥が最後になるとか勝手に決めるな」


 聖士が声を張って、今の話をないものにしようと手で空を振り払う。


「そうだ。いつも亜耶弥ばかり」


 と、英士も亜耶弥の行動趣旨に反対しようと名乗り上げたが、時間切れだった。


 暗転空間は消え、あたりは元の部屋の姿に戻っていた。


 聖士と英士は諦めたように力なく元の姿勢に直った。亜耶弥は、してやったりと言わんばかりに笑みを浮かべていた。


 亜耶弥が助ける順番について言及したということは、自力でSupertailの世界から出られないことを承知している。それだけの覚悟をもって、Supertailの世界に入ってきた。事前に説明を受けていたはずなのに、どうやって京を助け、元の世界に戻ろうとしていたのか。


 圭士は疑問だった。


 しかし、亜耶弥は圭士を待っていたという。亜耶弥はあらかじめ圭士がSupertailの中に入ってくることを知っていたとうことなのか。


 Supertailを読んでいる時もそうだったが、亜耶弥の考えていることについていけない、というよりは考えている方向性が人と違っているし、ずっと先のことを見ているような印象は、実際に会っても変わらなかった。


 作者が、知った人間を本人役で当て書きしているのだから相違がないのは当然か。


 ――ということは、実在の人間がSupertailの中に入ると、本人にとって変わるということになる。



- 2 -


 暗転空間から元に戻ると、登場人物は何の違和感なく流れるように物語を進めていく。


 小説に添いつつも、地の文には書かれない個人それぞれの思いを心に潜ませいてる。それをわかりつつストーリーが進んで行くことに圭士は、ある種の緊張感を覚えていた。


 また暗転空間に入ったら、自分の言動に対してあれこれ言われるのか、と。特に聖士の目には気をつけておかなければ……。


「でも、そのおかげで零士の居場所が分かったぜ」


 英士は得意気になって言った。


「それだけでどうしてわかるの?」


 弥里が首をかしげた。


「どこなんだよ」


 答えを待ちきれない聖士。


「出雲」


 ずばり亜耶弥が答えた。


「えっ、どうしてそうなるの?」


 真琴が迫真の演技で、わからないふりをする―ように圭士には見えていた。当然、零士がどこにいるかも知っているが、亜耶弥たちはここに来て、読者に読まれるたびに物語をビデオのように再生されている。実際にSupertailを読んでここにいるはずだ。だから、どんな展開になるかも知っている。


 全てをわかりきって演じている彼らを見て、圭士はおかしく思えた。


「だって零士の出身地は出雲。しかも、そんなすごい金塊、今の家にあるわけがない。もしかしたら豪邸の敷地内にあるのかも」


「さすが俺が見込んだ女だ。俺と同じ考えだよ」


「ちょっと英士! それどういう意味よ。俺の見込んだ女ですって? 誰の許可を取ってそんなこと言ってんのよ!」


 大人しい弥里が怒るとは一同思ってもいなかった。初めて弥里の口からドスの効いたセリフを聞いたメンバーは目が点になっていた。もちろん圭士は、このシーンを想像してあったが、実際目の前で音と英士の襟首を締め上げているアクションを合わせ見ると、想像以上の迫力を感じた。


「弥里ちゃん、落ち着いてよ」


 真琴が、苦しめあげる弥里を抱きはがした。


「あっ、ご、ごめんなさい。つい、カァーっとなっちゃって」


 つい、なのか? 絶対、恐すぎる。吾妻弥里を怒らせてはいけない。


 はたから見ていた圭士と聖士は、心の中で通じ合っていた。


 ガタンとイスを倒す勢いで亜耶弥が突然立ち上がった。


「行かなくちゃ、出雲に。零士が待ってるもの」


 深刻な表情でテーブルの一点を見つめていた。


「何もそんなに急がなくても」


 聖士は料理をほおばりながら言う。


「ダメ。今日の夜には出発しなくちゃ……。明日には出雲大社で八雲に会わないと」


「やくも?」


 圭士、聖士、真琴、弥里が首をかしげた。


「そう。出雲への道のりで説明するから、早く準備してきて。三十分後に出発。いいわね?」



- 3 -


 集合時間の少し前に圭士は、駅に到着した。そして物陰に隠れる。


 圭士は十分前行動をしたつもりでもない。ここで起こることを自分の目で確認しておきたかったからだ。


 待ち合わせの駅は、都心とを結ぶ線の終着点であり、隣県へ向かう線の始発駅と重なり、四本の線路が乗り合わせいる。昔から起点となる場所だったらしく、改札はそれほど広くはないが昔ながらの日本建築で作られた駅舎が観光スポットにもなっている。


 ベッドタウンでもあるため、通勤帰宅時間は多くの人々が行き交うが、休日の夜としては人がいなさすぎる。駅前はロータリーになっていて、車やバス、タクシーの出入りもあるはずだが。


 そこに聖士が一人荷物を持ってやってきた。


「おっかしいなぁ。もう集合時間のはずなのに、誰もいない」


 辺りを見回す聖士の背後に地を這う影が忍び寄る。周囲の静けさに聖士も異変に気付いているようだ。背後に影が迫った時、聖士はその気配を確信し、荷物を手放し構えた。


「誰だ」


 聖士の足元にマンホールほどの黒い影がうごめき、水飴のように地面から伸びる。聖士は伸びる黒い影を見上げて、一歩引く。そして、黒い影のあちこちに一の字の切れ目が入り、パックリと口を開ける。


 影の中は、黒水がゆっくり流れていいて、重力に引かれて口からよだれのごとく溶け落ちる箇所もあり、おどろおどろしている。


「イ……ズ……モ……ヘ……ハ……クル……ナ」


 数々の闇の口からカエルの合唱のごとく低い声が聖士を包んだ。


 そして、水が弾けるように黒い影は、パッと消え、辺りも明るさを取り戻していた。


「今のは一体……」


「あ、いたぞ。おーい、聖士」


 呆然と立ち尽くす聖士には聞こえていない。英士、亜耶弥、真琴、弥里が聖士の元にやってきた。圭士も今来たと思わせるように、何気なく物陰から出て集団の輪に加わった。


「聖士。顔色が悪いよ。大丈夫?」


 亜耶弥が声をかけたが、すぐに聖士の異変に気づいた。


「イ……ズ……モ……ヘ……ハ……クル……ナ」


 聖士は正気を失い、目は黒ずみ、口や鼻、耳から闇の煙が溢れ出ている。


 周囲は先と同じように闇が増す。


「まさか、聖士!」


 亜耶弥と英士が同時に勘付いた。二人は目を合わせて頷き、英士は弥里を、亜耶弥は真琴を抱きかかえて聖士から瞬時に離れた。


 圭士も二人に劣らぬ動きで、後方へ跳躍する。


 真琴を下がらせた亜耶弥は再び聖士の前に出て、人差し指と中指を立て、自分の口の前にもっていく。


「この者に移りし、不言の魂よ。なんじ、我が前に姿を現せ!」


 立てた二本指をビシッと聖士に向けた。すると、うなる聖士の足元に光り輝く魔法陣が現れた。その光は強さを増し、天に届くほど魔法陣から光が流れ出す。


 聖士は黒い影の呻き声を出し、頭を抱えて揺れ動く。聖士に取り憑いていた影は、光を嫌うように聖士の体から飛び出した。


 水飴のようにべっとりと地面に垂れ落ちると、また重力に逆らい、全体が上に伸びていく。魔法陣の神聖なる光を浴びて動きが鈍っていた。


「英士!」


 亜耶弥の指示を待っていたかのように英士は、すでに黒い影の前に立って構えていた。


「任せておけ! 汝、不言の魂よ。安らぎの地へ浄化せよ。悪霊退散!」


 英士も亜耶弥と同じように人差し指と中指を立て、ビシッと黒い影に指先を向けた。


 黒い影の上下に魔法陣が出現し、上下に行き交う光に黒い影は挟まれた。動きの鈍っていたその影は、ナメクジのようにゆっくりぬめぬめと動くが光の外へは出られない。


 次第に聖なる光の粒子が黒い影の体を通り抜け、影は薄くなっていく。そして、上下の魔法陣が互いに引かれ合うように、黒い影を一気に挟み込んで、黒い影は霧消した。


 最後に、光の粒子が花火のように周囲に散っていくと、辺りの闇を吸収し、光の粒子も消えていった。


 聖士の中の芯がなくなったかのように、崩れ倒れそうになると、亜耶弥は聖士を抱きかかえた。


「聖士。聖士。大丈夫?」


 聖士はゆっくり目を開けた。


 みんなが聖士の顔を心配そうにのぞき込んでいる。すぐに自分の状況を思い出した。


「あっ、今のは……」


「出雲からの使者だよ。しかも、俺たちの敵だ」


 英士がはっきり答えた。聖士が目を覚ましたことで、英士の表情にも安心という言葉が現れる。


「私たちが出雲へ行くことがバレてる。もしかして、八雲に以心伝心したのがバレたのかしら」


「いや、お前の術が失敗することなんかないだろ」


「でも使ったの、七年ぶりだし……」


 聖士の顔の真上で、亜耶弥は遠い目をしていた。


「二人とも何の話をしてんの?」


「悪霊退散などを使う、陰明士の術の話。まぁ、いわゆる魔法みたいなものかな」


 亜耶弥は笑顔で答えた。


「何で英士も使えるんだ?」


 圭士が聞く。


「俺も七年前、亜耶弥に教えてもらってさぁ」


「なんで英士だけ? 俺には? 俺も亜耶弥のそばにいたのに」


 聖士ががばっと起き上がるが、思うように力が入らない。


「聖士、まだ動くな。黒い影に体をのっとられて普通の状態じゃない。回復術を受けてから――」


 聖士は英士の言葉を無視して震える手を伸ばし、亜耶弥の肩をつかんだ。そして亜耶弥の目をのぞき込む。


「どうして……」


「それは……」


 亜耶弥は、聖士から目をそらした。


「これには要素あるんだよ。亜耶弥には全ての分野の術が使える。俺には簡単な退散術と防衛術。お前にはその素質がまだ覚醒していなかったんだよ。誰にでも、簡単に使えるわけじゃない。俺だって七年やって、やっとこれだけなんだからな」


「べつに、内緒にしてたんじゃない。教える必要がまだなかっただけよ。ごめんなさい」


 しかし、そこには亜耶弥の心内でつぶやかれる言葉があった。圭士が亜耶弥の言葉と重ねる。


 ――聖士こそ、何か隠しているんじゃなくて。


 一瞬でも黒き影に取り憑かれて、体内ないし精神は簡単には戻らない。それでも聖士は手を動かしてみせていたのだ。


「聖士が無事でよかったけど、私もそういうの使えないの?」


 真琴が亜耶弥に言った。


「これからも黒い影が現れるなら、亜耶弥ちゃんたちに任せっぱなしにしておくのも良くないし。私も零士を助ける力になりたい」


「そうね、できれば私も足手まといにはなりたくないし」


 弥里も真琴の意見に賛同する形となった。


「わかってるわ。それを確かめるために、八雲に会うのよ」


 亜耶弥はため息ひとつして言った。圭士は急速に意見が一致するSupertailの仲間意識が好きだった。


「あの、俺も」


「圭士、あなたは……。えぇ、そうね」


 亜耶弥は圭士と合わせた目線を、ニヤリと笑ってから外した。圭士は目線をそらされたことが嫌ではなかった。亜耶弥は、おそらく聖士の時と同じことを思っているのだろうと圭士は見ていた。


「その八雲っていう人は?」


 真琴が問う。


「八雲は、亜耶弥に術の覚醒をさせた本人だから」


 英士が答えた。


「それじゃ急がなきゃな。零士を救うためにも……」


 聖士はあまりいうことのきかない体で無理に立ち上がり、意思を固めた仲間たちを見つめた。

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