養源院

 養源院は前回紹介した三十三間堂の東隣にあるお寺です。

 ここは有名な観光寺ではないですが、物凄い物語の詰まっているお寺でもあって、通には魅力的なお寺です。


 1594年に豊臣秀吉の側室であった「淀殿」が、父である浅井長政を供養するために開いたお寺です。

 養源院とは「浅井長政」の院号でもあるのです。


 1619年に焼失しましたが、1621年に徳川二代将軍秀忠の妻である「崇源院(お江)」が、前年に廃城となった伏見城の遺構を本堂として再建しました。


 ここでピンと来た人もいると思いますが、お江は淀殿の妹であります。

 浅井三姉妹と言って、信長の妹「お市」と一緒になった浅井長政は三姉妹を産みました。

 それが「茶々」「初」「お江」です。

 ですから、織田信長とも縁があるのですね。

 そして茶々が秀吉の側室となって、お江が秀忠の正室となると、敵同士と言う事になりますね。


 お江は再建する際、えらい物を使って再興をしています。

 それが「血天井」と言われる遺構で、関ヶ原の戦いの前哨戦と言われる伏見城の戦いで、鳥居元忠の部下380人が最後に自刃した時の、血の海になった血痕が残った床板を、本堂の天井板として使っています。

 豊臣家と徳川家の争いを悲観したお江が供養のために奉納した物で、こうした血天井を抱えているお寺は、京都各地の豊臣家ゆかりのお寺にも振り分けられ、他に源光庵、宝泉院、興聖寺、正伝寺、天球院、栄春寺、神応寺があります。


 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いの2か月前の事。

 大老職にあった徳川家康は、何度も上洛を命令しているのに無視し続けている上杉景勝を討伐するために会津に進攻する事を決めました。

 この時すでに他の大老も崩壊し、五奉行らも失脚しているので、京の守りとして鳥居元忠ら1800人を伏見城に残して会津に向かいました。


 これを好機と思った石田三成は、反家康派の大名を集めて伏見城を攻撃しました。

 総大将は宇喜田秀家、副将は小早川秀秋で、他に毛利秀元、長宗我部盛親、長束正家などの大名が参加して総勢4万人の大軍で伏見城を包囲します。


 籠城を余儀なくされた元忠ですが、秀吉の築いた難攻不落の伏見城のおかげで、西軍側は予想外の苦戦を強いられます。

 約2週間たった時、五奉行の一人だった長束正家が甲賀衆と内通し、城内に放火をして突破口を開きました。


 元忠は鈴木孫一と言う武将に首を刎ねられて討ち死にします。

 そして残された380人の部下たちは、城内の建物に立て籠もって自刃をするのです。


 ここで不思議とは思わないでしょうか?

 少し考えれば伏見城が攻められる事は解っていたはずですが、家康は何故、少しの兵だけを残して会津に行ったのでしょうか?

 これはやはり、鳥居元忠をスケープゴートとして使ったとしか思えないですよね。

 豊臣側と徳川側をはっきりとさせ、全面対決のお膳立てを作ったのです。

 これによって関ヶ原の戦いがやりやすくなった、もしくは早まった事でしょう。




 お江は養源院を徳川家の菩提寺とした上で、浅井家と豊臣家も供養する寺としました。

 そのおかげで全国でも珍しい、桐の紋と葵の紋が並ぶ寺となったのです。


 そして寺を飾る障壁画を、浅井家の家臣の筋に当たる俵屋宗達と狩野山楽に依頼します。

 造園には浅井長政の親戚である小堀遠州に頼みました。


 特に俵屋宗達は鳥居元忠らを慰めるために力を入れていて、松の金碧障壁画と、白象と青獅子の杉戸絵を残しています。


 白象と青獅子には意味があり、仏教では白象に乗っているのは普賢菩薩、青獅子に乗っているのは文殊菩薩とされています。

 普賢と文殊は釈迦如来の脇侍ですから、宗達は釈迦如来をイメージして杉戸絵を描いていたのです。


 この手法は宗達が残した風神雷神図屏風にも同じ事が言えます。

 雷神の肌は白いですからこれは普賢を現していて、風神は青いですから文殊を意味しています。

 したがって風神と雷神の間の何もない空間には、釈迦如来をイメージ出来るのです。

 ここでも俵屋宗達にインスピレーションを与えていますよね。

 お江がただの扇絵師だった俵屋宗達を起用しなければ、琳派はなかったかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る